【第16話】ちょっとタレコミがあってねぇー
火焔剛士は受験生である。
とある目的の為に、とある大学に合格するのを目標に、日々勉学に勤しんでいる。
塾にも通っており、この一年間は勉強に全てを賭けており、青春とは程遠い生活を送っていた。
この日も塾で遅くまで勉強した為、帰りが遅い。
暗い夜道を、一人歩いていた。
(……コンビニで弁当でも買って帰るか……)
そう思い、近くのコンビニへと足を運んだ。
自動ドアが開き、店員さんの「いらっしゃいませー」と言う声が迎え入れてくれる。
剛士は一目散に、弁当コーナーに足を運ぼうとするのだが……ふと、視界の端っこに何かが映った。
見覚えのありそうな――何かが。
その、ありそうな、という疑念をしっかりと確かめる為、しっかりと両目をそちらへ向け確認する。
剛士の疑念は現実のものとなった。
「えへへぇー……この女優さん、えっろぉー……ぐへへ……」
太陽が、エロ本を立ち読みしていたのだ。
その様子を見てしまった剛士は、大きなため息をついた後、ゆっくりと彼に近付いていく。
エロ本に夢中な太陽は、近付いてくる脅威に気が付かない。
そして剛士は……。
「いってぇ!!」
ゴツン! と、太陽の頭に拳骨をした。
突然の出来事に驚き、痛がる太陽。ここでようやく、剛士の存在に気が付いた。
「か……火焔先輩!? な、何故ここに!?」
「そりゃこっちの台詞だ。何故お前がこのコンビニにいるんだ。このコンビニは、学校からお前ん家の方向とは逆方向の筈だが? そして何故、エロ本を立ち読みしているんだ」
「エロ本が好きだからです。あ、ひょっとして火焔先輩も立ち読みしたいとか? 痛いっ!」
太陽は、またしても拳骨を受けた。
「じょ、冗談っすよー……相変わらず固いなぁ……拳骨も、考え方も」
「お前が十八禁の雑誌を読んでいた事は、冗談ではなく事実だろう? ルール違反には鉄拳制裁――それがオレのモットーなんだよ」
「そんなモットーは是非とも持たないで頂きたいんすけど」
「もう一発いっとくか?」
「勘弁っす! それだけは勘弁してください!!」
ここで閑話休題。
「火焔先輩、こんな時間に何でコンビニ立ち寄ったんすか? タバコでも買いに来たんすか?」
「拳骨……」
「じょじょじょ冗談っすよ! でも、本当に何買いに来たんですか?」
「コレだよ」
剛士は、焼肉弁当を掴み、それを太陽に見せた。
オレは夕飯を買いに来たんだよ――そう、言わんばかりに。
「弁当……ひょっとして、それが晩飯って事っすか?」
「ああ、そうだ。一人暮らしだからな……塾が終わったら遅いし、自炊する気も起きないから、買いに来たんだよ。コンビニ弁当なら、手っ取り早く食えて、勉強出来るしな」
「え? でも……コンビニ弁当ばっかじゃ、栄養片寄るんじゃ……」
「それはそうだが……仕方ないだろう。手っ取り早さが一番だ」
そう言って、剛士は焼肉弁当の他にお茶とシュークリームをカゴの中に入れレジへと向かった。
会計を済ませ、温めてもらった弁当等を袋に入れて貰い、それを受け取る。
太陽と並んでコンビニの外へ。
「太陽、エロ本ばっか読んでねぇで、お前も勉強しとけよ」
「勉強? 何それ」
「知らないなら良い。オレは忙しいから、残念ながらこれ以上お前に拳骨をかます余裕がねぇんだ。じゃあな」
そう言って、そそくさと帰路につく剛士。
その背中を見送りつつ、太陽は返事を返す。
「…………お疲れ様です」
その翌日――
またしても剛士は、塾で夜遅くまで勉強をしていた。
(今日も弁当だな……)
またしても昨日と同じコンビニへ足を運んだ。
本棚の方へ目を向けるも、今日は太陽の姿がない。
(まぁ、そりゃそうだよな……)
そんな訳で、昨日とは違い今日はすぐに弁当コーナーへと足を運んだ。
数多く並ぶ弁当を吟味している剛士。
(お、スタミナ弁当か……何か元気出そうだし、これにするか)
スタミナ弁当に手を伸ばそうとした……その時――
「その買い物、ちょっと待った!」
「っ!?」
剛士が驚きつつ振り返る。
突然現れたその声の主は――――皐月だった。
「皐月!? お前、何でこんな所に!」
「えへへー、ちょっとタレコミがあってねぇー。とりあえず今日は、そのスタミナ弁当は諦めてもらおうかなぁー」
「は? いや、でも……これ晩飯なんだが……」
「良いから良いから、今日剛士くんがコンビニで買って良いのはお茶だけ。分かった?」
「……? お、おう……」
剛士が渋々頷くと、皐月はニッコリと笑って。
「じゃあ私、外で待ってるからさー、さっさと買い物済ましてねー」
「へ?」
そう言い残し、彼女はコンビニの外へ。
剛士は首を捻りつつ、言われるがままペットボトルのお茶だけを購入し、外へ出る。
「お、早かったねぇ」
「そりゃ、さっさと買い物済ませろって言われたからな」
「うん、相変わらず、お願いに忠実で素晴らしい男性ですな」
「冗談言いに来たのか? あのなぁ、オレはお前と違って受験勉強に忙しいんだよ。悪いが、一緒に外食する時間とかは取れねぇぞ――」
剛士が先ず考えたのは、外食への誘いの可能性だった。
先程、皐月は『タレコミがあった』と言った。恐らく、その情報源は太陽だろう。
太陽が、コンビニ弁当ばかり食べている剛士を気遣い。皐月に情報を流した。
だからこそ今、皐月がこのコンビニの前にいる。
そして太陽が、わざわざ自身ではなく、皐月を出向かわせた理由として考えられるのはただ一つ――
(
だが――
それでも、剛士には時間がない。
悠長に外食をしている時間が惜しい。
皐月との外食――皐月と一緒に居られる時間を捨ててでも……。
剛士には――
何としても叶えたい目標が、あるのだ。
「――だから気持ちだけ、受け取っておくよ……ありがとう」
「へ? 外食? 何の事?」
キョトンとしている皐月。
どうやら、剛士の予想が外れているようだった。
「違う、のか?」
「そりゃそうでしょ、剛士くんにそんな時間がない事は知ってますよー。だからね、はい、コレどうぞ」
「え?」
手渡されたのは、弁当箱だった。
猫の可愛らしいイラストが描かれている風呂敷に包まれている弁当箱だった。
皐月の――手作り弁当だった。
「お前……これ……」
「コンビニ弁当ばっかりじゃ栄養摂れないし、頭も回んないよ?」
「お、おお……」
剛士が、弁当を受け取る。
すると皐月が苦笑いを浮かべた。
「えへへ……とは言っても、家帰って余り物の食材使って急いで作ったやつだから、あんまり美味しくないかもだけど……」
「いいや、それでも嬉しいよ――ありがとう」
皐月の苦笑いが、満面の笑みへと変わった。
「じゃ、目的の物は渡せたし、私は帰ります。勉強、頑張ってね!」
「いや待て皐月」
「え?」
「…………もう夜も遅いし、一人で帰らせるのも気が引けるから……その……途中まで、送ってくよ……」
「それは嬉しいけど……お弁当冷えちゃうし、勉強の時間が……」
「弁当は冷えても食べられる。勉強時間については……まぁ、気にするな」
「気にするなって……」
「勉強する時間を割いて、こうやって他人の世話に気を回したのは――お前も同じだろ? だから送ってくよ。お前を送って行く時間は……オレにとって、必要な時間だから」
「……! そっか……なら、お言葉に甘えちゃおっかな」
「おう、甘えろ甘えろ」
「それじゃあ、お願いしまーす」
そんな訳で、剛士と皐月は並んで夜道を歩き出した。
火焔剛士は、勉強の為に青春を捨てた。
けれど……そんな彼の夢を応援しつつも、少しでも青春を送って欲しい、そう思う者達もいるのだ。
この状況を根回しした、太陽もその内の一人なのである。
そして皐月も……。
「ねぇ……剛士くん」
「何だ?」
「今回はお弁当だったけどね……? その……合鍵くれたら、晩御飯だけ、作りに行っても良いよ?」
「へ……?」
「それに……その後一緒に勉強するのも……良いかなぁーっとかも、考えてたり……ど、どうかな……?」
「そ、そりゃあ……み、魅力的な話だけど……い、良いのか?」
「うん……剛士くんが、良ければ……だけどねっ」
「……か、考えとく……」
「うん……お願いします……えへへっ」
二人共、顔を真っ赤にしている。
剛士はどうやら……そう簡単に、青春を捨てさせては貰えないようだ。
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