【第14話】嘘に決まってんだろ


 最近、月夜は帰宅すると耳を澄ます。

 誰か来ていないかを声で確かめるのだ。

 誰か――と言っても、嫌悪している対象は一人だけなのだが。

 今日も今日とて、月夜は玄関に入り耳を澄ませる。

 ここ数日、来客は無かったのだが……油断大敵である。


(あのは、いつ、どこで現れるか分からない神出鬼没な女……油断は出来ない……)


 すると、リビングの方から、明らかに家族のものでは無い声が聞こえて来た。


「っ!?」

(ま、た……居るのね! あの女ぁーー!!)


 月夜は、怒りに震えた。


(また兄貴を誑かして……! 今日こそ許さない! あいつを追い出してやるんだから!!)


 ドスドスと強く足音を立て、月夜はリビングへと向かう。

 そして力いっぱい扉を押し開け、登場した。


「さっさと出て行け!! このスケベ魔女がぁーー!!」

「……奇抜な挨拶だな」

「へ?」


 リビングのソファーに座り、お茶を飲んでいたのは――透士郎だった。

 月夜はキョトンとすると共に、ホッと胸を撫で下ろした。

 ついつい言葉に出てしまう。


「……何だあんたか……」

「それが久々に会った先輩に対する言葉か? 随分と冷たい奴になっちまったんだな、お前」

「仕方ないでしょ……気が抜けちゃったんだから。紛らわしくこの家に居たあんたが悪いのよ」

「オレが悪いのかよ」

「そう、あんたが悪い……まぁ、良かったわ」

「オレ? つーかさっきから、オレを誰と間違えてたんだよ。すげー事言いながら帰って来たよな? お前」

「…………」


 月夜は鞄を床に置き、制服のままソファーにどかっと座り足を組んだ。

 そして言う。


「誰だと思う?」

「……どーせ白金だろ?」

「何故分かった!? ひょっとしてあんたにも、あの邪悪な力が潜んでるの!?」

「んな訳あるかぁ……お前も一緒に戦った仲間だから知ってるだろうが、オレの力は透視だよ。それ以外の力は、オレにはねぇ」

「……じゃあ、何で分かったのよ……」

「お前、入って来る時『スケベ魔女』って言ってたろ。お前がそこ迄、罵るような奴は、白金くらいしか知らねぇ」


 「ちぇっ」と、口を窄める月夜。


「分かってるなら、わざわざ聞かないでよね……」

「あははっ、すまんすまん」

「……もうっ」


 ここで、台所の方からパタパタと足音が聞こえた。

 皐月がひょこっと顔を覗かせる。


「月夜、おかえりなさい」

「ただいまー」

「言わなくても、もう知ってると思うけど、今日は透士郎くんも一緒にご飯食べるから」

「……でしょうね」

「透士郎くんがスーパーで楽しそうに買い物してたから、ご馳走してあげたくなっちゃって……捕まえて来ちゃったの」

「捕まえられちゃったんだ……」


 透士郎が乾いた笑みを浮かべる。


「相変わらず皐月さんのの圧迫感は凄まじいよな……」


 やれやれ……とため息を吐く月夜。

 そんな彼女を見て、皐月がニコッと笑う。


「そんな訳で、ご飯出来上がるまでもう少し時間がかかるから、二人お話しててねー」

「はーい」


 皐月が去り、またしてもリビングで透士郎と月夜が二人きりになる。


「なぁ……月夜」

「……何よ」

「お前、制服のまま足を組むとな? パンツ見えるぞ」

「っ!?」


 月夜が咄嗟に足を揃え、スカートを押える。

 そして顔を真っ赤にさせ、叫ぶ。


「最っ低!! この変態っ!」

「自分から見せといて、どの口が言ってんだよ……見たくねぇわ、そんなお子様パンツ」

「だっ、誰のパンツがお子様ですってぇ!!」

「お前の、パンツが、お子様パンツ」

「あ、あんたやっぱり見たのね!! 直に……いいえ、もしかして……その透視能力で……!? ひょっとして私、あんたに対しては常に丸裸状態なんじゃ!?」

「兄妹揃って思考回路が似てんなぁ……だから興味がないって言ってんだよ」


 そう言われたら言われたでムッとする月夜。


(興味がない? それはそれで失礼じゃない!?)

「ふぅーん……そんなに、私の下着姿に興味がないのなら、今ここで私が着替えても、何の問題もないわよね?」

「は?」


 月夜が突然、制服を脱ぎ始めた。

 これには流石に、ここまで無表情を貫いて来た透士郎も慌てる。

 というか、ドン引きしていた。


「ちょ、ちょっと待て! お前はアホなのか!?」


 完全なる下着姿のみになった月夜を見ないよう、目を伏せる透士郎。

 そんな風に恥ずかしがる彼の姿を見て、『勝った!』と言わんばかりに、月夜は「にひひ」と笑った。


「あれぇー? どうしたのぉー。私の下着になんて興味がなかったんじゃなかったのぉー?」

「……良いから……さっさと服を着ろ……この露出狂……」

「あれまぁ、恥ずかしがっちゃってぇ」

「良いから!」

「はいはい、服を着ますよーっと」


 月夜はニヤニヤした表情のまま、部屋着に着替える。


 そんな事がありつつ、ふと月夜は疑問に思った。


「あれ? そう言えば……バカ兄貴は? まだ帰ってないの?」

「太陽なら、お前の嫌いな白金とラーメン食いに行ったぜ」

「はぁ!? あ、の、糞女ぁ!! 隙あらば兄貴を誑かしやがってぇ!! どう始末してやろうかぁ!?」


 憤る月夜。

 そんな彼女を見て、ため息をつく透士郎。


「お前さぁ……何でそこまで白金を嫌うんだよ」

「ムカつくからよ!!」

「まぁ? 理由は聞かずとも分かるけどよ。お前、ブラコンだし」

「私はブラコンじゃない!!」

「いいや――お前はブラコンだ。自覚しろよ」

「っ!?」


 透士郎は言う。

 真剣な表情で、まるで忠告のように、言う。


「くれぐれも、アイツらの仲を引き裂こうとか思うなよ。アイツらは両思いだから……お前が辛いだけだ」

「……分かってるわよ……」


 月夜が声を絞り出す。


「別に引き裂こうなんて……思ってないわよ……ただ……」

「……ただ?」

「お兄ちゃん……兄貴が――――遠くに行っちゃいそうな気がして…………嫌な気持ちに、なるのよ……」


 月夜のその言葉を、透士郎と、台所から聞き耳を立てていた皐月は神妙な面持ちで受け止めていた。

 口を開いたのは透士郎だった。


「そっか……お前は寂しいんだな」

「いや、寂しいって訳では……――」

「それならこういうのはどうだ?」

「へ?」

「オレが、太陽の代わりになる――それじゃ……ダメかな?」

「え……?」


 透士郎のその言葉を聞いた瞬間……月夜の顔が、リンゴのように真っ赤になってしまう。


「ちょっ! あんた……え、えぇっ!? そ、それって……!」

「プッ! あはははっ!!」

「……!?」


 彼女の予想外の慌てように、透士郎が笑ってしまう。

 むず痒そうな表情の月夜。


「なっ、何で笑ってんのさ!!」

「あはは……いや、すっげぇ真に受けてパニクってたからさ、すげぇ面白くて……」

「ぱっ、パニクってなんか……」

「冗談だよ」

「え?」

「冗談に決まってんだろ。オレに太陽の代わりなんざ出来ねぇよ……」

「そ……そんな事……な……」


 月夜は、口から出そうになった言葉を、すんでのところで飲み込んだ。


「そっ、そうよ! あんたなんかに、兄貴の代わりが務まる訳ないでしょっ! 兄貴はカッコイイんだから!」

「ブラコン」

「なっ、何ですってぇー!!」


 元の月夜に戻った。

 一連の会話に聞き耳を立てていた皐月が、クスッと笑う。


「ほーんと、仲が良いわね。この二人は……」


 その後、三人は仲良く、夕食を食べたのであった。

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