【第12話】自分の本当の気持ちに、気付いてねぇだけだったりしてな
休日。太陽は勉強もせず、ブラブラと町を徘徊していた。
特に目的がある訳でもない、ただ家に一人でいるのも暇だから散歩に勤しんでいるだけの事である。
あの戦いが終結してからというものの、こういった暇を持て余す日も多い。
けれど、こういう風に暇を持て余せるのは、世界が平和になった証拠なのだ。
太陽は、この退屈な時間を嬉しく思っていた。
暇な時間――というものが、好きなのだ。
大好きなのだ。
「しかしマジでやる事ねぇな……このままだと散歩だけで一日使っちまうぞ……何かやる事ねぇかな……と……ん?」
ふと、周囲に目を向けると、『鷲宮書店』と書かれた看板が目に止まった。
全国チェーンを展開している大手の本屋さんである。
「……ふむ。本屋か……」
太陽は自分のポケットに財布が入っているかどうかを確認する。
しっかり、入っているのを確認。
「よし、エロ本を買おう」
どうやらエロ本を買う事に決めたようだ。
先日、女子更衣室を覗こうと企み、愛梨と宇宙に痛い目を見せられたのにも関わらず、まだ懲りていないようだった。
「私服着てるから、店員によっては高校生だってバレないだろうし。行こう」
全然懲りていない様子である。
邪な決意を胸に、太陽は『鷲宮書店』の中へ入る。
先ずはレジ打ちをしている店員さんを確認。
(よしっ、あの人なら年齢確認なんてして来ねぇ)
どうやら馴染みの店員さんのようだった。
過去にもエロ本の購入歴があるようだった。
まだ十六歳の子供が。フィクション世界だから許される事である。
十八禁の書物は十八歳未満の方は購入禁止だ。
読者の皆様に伝えたい、ルールは絶対守る事。決して真似をしないように。
兎にも角にも、太陽は店員を確認後、即エロ本コーナーへと足を運んだ。
そして堂々と立ち並ぶエロ本を吟味する。
(どーれーに、しーよーうーかーなー……あ、この表紙の人、白金に似てる……)
ふと、太陽は、愛梨のそんな姿を想像してしまう。
そしてつい顔が赤くなってしまった。
「いやっ! 違う違うっ! 違うからっ! 決してオレは、白金とそういう事がしたいという訳では――」
「一人で何言ってるんですか?」
「えっ!?」
声がしたので振り向くと、そこに大地の姿があった。
学校をサボりがちな中学二年生――球乃大地の姿が。
「お、お前! な、ななな何でこんな所に!?」
「いや、休日なんですから、本屋にいても不思議じゃないでしょう」
(確かに!)と、太陽は納得した。
大地は頭が良い。従って、つい先程まで太陽が顔を赤くし、狼狽えていた理由を易々と看破した。
「なぁーるほどぉ……この表紙の女性、よぉーく見ると、白金さんに似てますねぇ? コレ見てどんな妄想してたんですかぁ?」
「も、妄想なんてしてねぇよ!!」
「へぇー……そうなんですかぁ」
ニヤニヤしている大地。
嘘は、彼の前では筒抜けである。
ぐぬぬ……と、歯軋りをする太陽。
こうなってしまうと、彼に出来る事はただ一つ。
「そ、そう言うお前は何を買いに来たんだ?」
話を変える事だけだ。
この強引な切り返しに、大地はニコッと笑って答える。
「ちょっと、参考書を買いに来たんです。僕も来年受験生ですから」
と、参考書コーナーに目配せする大地。
「良かったら一緒に選んでくれませんか? 先輩の意見も聞きたいですし」
「お……おう……つーか、オレに聞くより、姫とか静に聞いた方が良いんじゃね? どっちかって言うと、オレは勉強あまり得意じゃ……」
「そこで月夜さんの名前は出さないんですね。お兄さん」
「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない!」
顔を鬼のように変化させる太陽。
そう、大地は月夜に惚れている……らしいのだ。
従って、大地は太陽にとって敵という認識なのである。
可愛い可愛い妹を誑かす――憎き恋敵。それが太陽にとぅての、球乃大地なのだ。
恋敵……というのも、可笑しな話ではあるのだが。
「まぁまぁ、そんな風に目くじらを立てなくても良いじゃないですか。未来の弟なんですから、もっと優しくしてください」
「お前もう月夜と結婚する気なのか!?」
「はい、もちろんです。月夜さんラブです」
「ぶっ潰すぞ?」
「怖いですね」
「まぁ、そんな確定した未来の話はさておき」と、大地がこの話は終わり――と、言わんばかりに歩き出す。
「参考書選び、手伝ってくださいよ」
「…………おう」
太陽は大地の後ろを着いていく。
目的地は参考書コーナーだ。
「なぁ? 大地」
「……何ですか?」
「お前、参考書買うのは良いけど…………学校、ちゃんと行ってるのか?」
「…………」
大地の足が止まった。
ニコッと微笑みながら振り向く。
「嫌だなぁ、行ってるに決まってるじゃないですかぁー。義務教育は中学まであるんですよ? 行かない訳にはいきませんよ」
「義務教育だからこそ、気になったんだよ……ひょっとしてなんだが、分身だけに学校行かせて、本体のお前は行ってないみたいな事、してねぇだろうな?」
「…………ひょっとして、月夜さんから何か聞きました?」
大地の表情が、少し曇る。
「月夜から?」
「いいえ、何でもないです。さ、こっちに来て僕の参考書選びをしましょう」
「…………」
今、太陽はしらを切った。
本当は月夜……ではなく、皐月から聞いている。
大地が学校へ分身を通わせ、自身は家でゲームをしていた事が何度かあるという事を。
しかし敢えて、その話題を口にするのをやめたのだ。
それは――『大地は大地なりに思う所があるのだろう』という太陽の気遣いでもあった。
(大地は、月夜の事が好きらしい。だけどオレは絶対に認めないし、認められねぇ……いくら頭が良くても。こんな嘘吐きは、月夜の相手に相応しくない)
そんな事を思いつつ、太陽は数ある参考書の内の一冊に手を掛ける。
「コレなんてどうだ? 丁寧に解説してくれて、分かり易かったぞ」
「え? それって僕も読みましたけど、小学校低学年向けの本じゃなかったんですか!?」
「…………」
「冗談ですよね?」
「………ああ、冗談だ」
「ですよねー」
「あはは……冗談が通じない男だなぁーお前はもー」
太陽は乾いた笑みで、その参考書を本棚へと戻した。
(ちぃっ! 生意気な餓鬼め! お前に月夜はやらん!!)
まさに負け犬の遠吠えだった。
ここで太陽は意地を張り、かなり分厚く難解そうな参考書を手に取った。
太陽では当然理解不能な書物。けれど、『オレはコレ見て勉強したぜー』と言わんばかりに、自信満々を装いつつ、それを大地に手渡した。
「こ、コレ、なかなか難しかったけど、歯応えはあったなぁー」
白々しく嘘をつく太陽。冷や汗ダラダラである。
しかし、対する大地は――
「確かにこの本は、ちょっとだけ難しかったかもですねー」
「え?」
「この本……僕はもうクリアしちゃってます」
「は?」
太陽は、ポカンとしてしまう。
(その難しそうで分厚い参考書を? オレでは全然理解出来そうにねぇのに? そもそもそれって、大学受験用のやつなんじゃ……)
そして更に、大地は本棚を見渡しながら、衝撃的な発言をした。
「まぁ、パッと見ただけで分かったんですけど。その本棚に並べられている参考書……多分――僕は全て目を通した事があります」
「はぁ!?」
(す……全てだと!? この数の参考書を!?)
驚く太陽を横に、大地が言う。
「参考書を選びに来たって言うのは……数ある参考書から一冊を選ぶって意味ではなく、読んだ事のない本がないかを見つける――という意味です。あれ? ひょっとして勘違いさせてましたか?」
「勘違いも何も……『参考書を選ぶ』と言われたら、普通は前者の方だと思うんだが?」
「ですよね。僕の説明不足でした、すみません」
さも、『凡人の気持ちは分からない』と言わんばかりに、大地は苦笑いを浮かべた。
「いや……別にいいけどよ……」太陽は、ポカンとしながら参考書が立ち並ぶ本棚を見上げる。
(こんだけの参考書を、全部……)
「それが本当だとして……いつ、こんだけの本読んだんだ? 時間足りねぇだろ?」
「しょっちゅう暇してますから、時間なんて山ほどありますよ」
大地はそう答えた。
しょっちゅう暇してますから――と。
「さっきは嘘吐きましたけど……本当は太陽さん、知っているんでしょ? 僕が、学校に行ってないって事」
「……ああ、知っているし、聞いている」
「さっきは月夜さんを話題に出して眉をひそめていたから、皐月さんから聞いたんでしょうね」
「すまん、オレも嘘ついてた。皐月姉からも聞いてたし、月夜からも聞いてた」
「……そうですか。なるほど……優しいですね。太陽さんは……白金さんが惚れるのも無理はないと思います」
「えっ!? 白金ってオレに惚れてんの!? マジマジ!?」
「…………」
思いのほか食いついてきてしまったので、大地はスルーする事にする。
「とにかく僕は学校に行ってないので、参考書読み放題、ゲームし放題という訳なんです。学校行かなければ時間は山ほどありますので、書店の参考書コーナーの本全部読み切るのなんて、簡単な事ですよ」
「いや、簡単な事ではないと思うけれども……」
先程の話をがっつり逸らされ、少し落ち込む太陽だったが、思い浮かんだ疑問を口に出し、話を進める事にした。
「何で学校行かないんだ?」
「時間の無駄だからですよ」
「時間の無駄?」
「そうです。学校の先生も、正直言って、僕より頭悪そうですし……他の生徒達も……ねぇ?」
「やめろよその言い方、月夜や静、姫達まで纏められているみたいで不愉快だ」
「すみません、そんなつもりはなかったのですけれど……」
少し怒った様子の太陽を前に、大地は苦笑いで頭を下げる。
「……ったく」太陽は問う。
「お前さぁ……本当に月夜の事好きなの……――」
「あぁーっ!! こんな所にいたぁー!!」
「へ?」
「げっ!」
突然声がしたので振り向くと、そこには姫の姿があった。
怒り心頭といった表情の、姫の姿が。
ほっぺたを膨らませ、太陽に……いや、大地へと詰め寄って行く。
二人に近付き……。
「あ、太陽さん、ご無沙汰しております。月夜さんにはいつもお世話になっております」
太陽には、満面の笑顔でそう挨拶をする。
「いやいや、こちらこそ」
「聞いてますよぉー、太陽さぁーん。相変わらず、愛梨さんと至る所でイチャイチャしてるそうじゃないですかぁー。くっ付くまでカウントダウンって所ですかぁー?」
「白金とはそんなんじゃねぇから!!」
「あははっ、照れちゃってぇー。とまぁ? こんな感じにぃ、太陽さんの恋バナを聞きたい気持ちもあるんですけどぉー今はぁ……」
姫は、ぐるんっと、大地の方へ般若のような表情を向け、言い放つ。
「この糞ガキに説教しなきゃなので、今日の所はコイツ連れて撤退したいと思います」
鬼の様な形相を浮かべる姫の前で、大地がまるで蛇に睨まれた蛙の如く震えている。
流石に、太陽も顔が引き攣る。
「ほ……程々にな?」
「はいっ! 努力しまぁーっす。……さぁ来い、大地」
言葉の前半と後半で、声色と威圧感の差が半端なかった。
首根っこを掴まれ、引き摺られるように大地は連行されて行く。
「おい姫! 待ってくれ! 今僕は太陽さんと話を……」
「待ちません! 私がどんだけ探し回ったと思ってるのさ! 今日は私に勉強教えてくれる約束だったでしょっ!」
「あれ? そうだったっけ?」
「忘れるなんてサイッテェー! 行くよ! ほらっ!」
「だから待ってくれってば! おいっ、姫――」
騒がしく店内から消えて行く二人の姿を見送りながら、改めて太陽は思う。
(やっぱり……大地は月夜の相手に相応しくねぇな……)
「へっ、大した大嘘吐き野郎だな……大地は……」
太陽は、大地が月夜に好意を持つ事を認めていない。
その理由は――
大地が、嘘吐きだから。
そう……大地は嘘をついている。
いや、ひょっとすると……。
(いや、もしかして……大地の奴……)
こうも考えられる。
(自分の本当の気持ちに、気付いてねぇだけだったりしてな)
そんな事を思いながら。
太陽は、まるで痴話喧嘩をしているかの如く本屋を去って行った二人の背中を、見送ったのだった。
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