ヒーロー達の青春後日談〈春〉

【第1話】万屋太陽と白金愛梨


 アダンとの、人類の存亡を賭けた最終決戦から早半年。

 人類を、そして世界を救ったヒーロー達は、何気ない日常へと戻っていた。


 戦いも何も無い……普通の日常に。


「太陽くん、おはよう」

「おお、白金か……おはよう」


 高校への登校中、万屋太陽よろずやタイヨウ白金愛梨しろがねアイリに声を掛けられた。

 春休み明けである為、太陽は気だるそうに挨拶を返した。


「なぁに? どしたのどしたの、元気がないねぇ」

「んな事ねぇよ。元気有り余ってんよ」

「ううん、全然だよ。元気のげの字も感じられない。むしろ、死んでると言っても過言ではないわ」

「過言にも程があるっつーの……つーかお前は元気モリモリ過ぎだろ……何でそんな元気なんだよ」

「え? だって春休み明けだよ? 元気溢れてるに決まってるじゃん」

「普通は憂鬱になるんだよ……」

「宿題出来てないから?」

「何故知ってる!? ……あ、いや、……」

「えへへ」


 白金愛梨は、他人の心が読める。

 故に、彼女の前で隠し事は出来ない。

 全てが看破されてしまうのだ。

 良い事も……悪い事も。


「あ、それともアレかな?」

「何だよ……」

「皐月さんに、ベッドの下に隠してあるエロ本を発見された事を病んでいるのかな?」

「ばっ! おいっ! 読むな読むな! 人の心を覗き見るな!!」

「月夜ちゃんには黙っててくれるんだってねー。優しいお姉さんだね」

「そうそう、見つかったのが皐月姉で良かったよ。月夜なら命はなか――っておい!! だから心を読むなっつってんだろうが!!」

「えへへっ、分かりやすく狼狽えてて面白ーい」

「何も面白くねぇから!!」


 ここで太陽が大きく溜息を吐く。


「戦闘の時は頼りになったけど、いざ日常に帰ると、その力程厄介な能力はねぇな……おちおちエロい想像も出来ねぇわ……」

「え? 私今褒められてる?」

「褒めてはねぇよ」


 やれやれ……といった表情の太陽。


「相変わらず……すげえ能力だよなぁ……読心」

大概だと思うけどねー」

「……まぁな……」

「……あの戦いから、もう半年も過ぎちゃったんだね……」

「ああ」

「普通の日常にはもう慣れた?」

「お前は聞かなくても分かるだろ……流石に慣れて――」

「うん、そうだね。随分慣れたみたいで何より。

 だからこそ昨日、宿題を疎かにしてまで、木鋸くん、土門くんと一緒に、楽しそうに買い物してたんだよねー?」

「……白金?」

「えーっとぉ……確か、『高校一年買い収め』とか、言ってたっけ? 何の買い収めなのかなぁ?」

「白金!」

「あ、アレかな? 今、部屋のクローゼットの中に隠されているエッチな……」

「白金!!」


 冷や汗をダラダラと流す太陽。

 片や、そんな彼の姿を見て、クスクスと笑っている愛梨。


「えへへっ、冗談よ。冗談」

「マジでやめてくれ……オレのプライベートが丸裸だ……」

「あれ? 本当に嫌がってる?」

「嫌に決まってんだろ!! 普通に心を読まれるだけならともかく! の動向までバレるって考えたら、健全な男子高校生として生きてる心地がしねぇよ!!」

「でも、太陽くんは――



 こんな私の事が、好きなんだよね?」



 太陽の目が大きく見開かれ、更に顔が赤くなる。

 「な……そっ……ん、なわ、わわわわ……!」言葉が上手く出て来ない。


「ふぅーん……」


 愛梨はニヤニヤとしながら、そんな太陽の姿を見つめている。


「もぉー、なに本気で狼狽えてるのよー。冗談に決まってるでしょー」

「いやホント……そういう冗談やめてくれ……」

「あれ? ひょっとして本当だった? どうしよう、私としても、太陽くんの事は良い人だと思ってるけど……」

「し、ろ、が、ねぇー!!」

「はいはい、分かった分かった。ちょっとからかい過ぎたわね、反省してますゴメンナサイ」

「……ごめんなさいに心が籠っている気がしねぇんだよなぁ……」

「大丈夫、籠っていないように見せ掛けて、かなり込めてるから」

「何故そこで見せ掛ける必要があるんだよ……ありのまま謝罪しろよ……」

「いやいや、私があなたの事をからかっちゃうのは、あなたの責任でもあるのよ? 太陽くん」

「意味わかんねぇんだけど……」

「だってさ、太陽くんとこうやってやり取りするの、楽しいんだもん」

「へ?」

「だから……つい、ね……」

「へ……へぇ……そ、そうなのか、へ、へぇ……」


 照れ臭そうに目を逸らす太陽。

 相変わらず、顔は赤いままだ。

 愛梨は言う。


「で、実際の所、どうなの?」

「ああ? 何が?」

「私の事――実際、どう思ってる? って事」

「ぶっ!!」


 太陽は何かを吹き出した。

 そして、気持ちを落ち着かせる為、深い深呼吸を三回した後……意を決して答える。


「の……ノーコメント……です」

「そっかぁー。なら、いつかよろしくね。コメントお待ちしておりますので」

「勘弁してくれ……」

「あ、太陽くん! 大変だよ!! もうこんな時間! 新学期早々の遅刻しちゃう! 急ごう!」

「お、おう!」


 走り出す愛梨と太陽。

 目の前を走っている彼女の姿を見つめながら、太陽は先程の質問を思い返す。



『私の事――実際、どう思ってる?』



(どう思ってるって……んなもん、だろうが……。だからこそ、言える訳ねぇだろう……すき――)

「っだぁ!! あっぶねぇ!! 心の中で言っちまう所だったぁ!!」


 驚いたように振り返る愛梨。


「ど、どうしたの!?」

「い、いや……何でもない……気にしないで走ろう」

「う、うん……」


 今度は太陽が愛梨の前を走る形になった。


『だからこそ、言える訳がねぇだろう……すき――』


 当然、愛梨には読まれていた。

 心の声を……読まれていた。

 彼には見えない所で、彼女はいつも顔を赤く染めているのである。


 前を走る太陽の姿を見つめながら、愛梨は聞こえないように呟いた。


「私も――だよ……」

「あ? 何か言ったか!?」

「ううん。何でもない! さ、急ごう!」

「おう!」


 二人は走る。

 学校へ向かって……走る。


 世界の平和の為に戦うヒーローとして、ではなく――


 普通の高校生として、二人は走る。


 万屋太陽と白金愛梨――この二人の、高校二年生としての日常は……このように、慌ただしく始まったのであった。

 慌ただしく……そして――


 甘酸っぱく。

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