第35話 決勝戦

 飛びたかった。わたしは、だれよりも高く跳びたかった。


 でも跳べなかった。わたしは、走り高跳びの選手で、記録は一五九センチ。埼玉県の中学一年生の中では一位だったけど、全国の中学生の中ではそれほどだった。


 わたしは飛びたかった。でも跳べなかった。自分の身長と同じ、一六〇センチが、どうしても跳べなかった。 


 だから、棒高跳びに転校した。でも、そこで、調子に乗って北風にふき飛ばされた。そして二度と飛べない身体になった。


 でも、代わりに、機械の羽のことを教えてもらった。

 ドローンを教えてもらった。大好きな代田だいだくんに教えてもらった。


 わたしはけっこう動く右手で、親指しか動かない左手をつかんだ。そして、胸の高さまで持っていくと、つかんだ左手を手放す。

 力なく落下する左手の親指が、心臓に「トン!」と突き刺さる。そして左手の親指にありったけの力をこめて、「くいっ」って上にあげる。左手がほんの少しだけ上を向く。


 気持ちが落ち着いていく。中学新記録の四メートルを飛び越えることができた無敵のルーティーン。その効果はいつでもどこでも抜群だ。


 わたしは今、アリアちゃんにつけてもらったVRゴーグルでドローンカメラの映像を観ている。

 わたしは今、ドローンになっている。わたしには、今、四つの羽がついている。代田だいだくんに整備してもらった、機械仕掛けのプロペラがついている。イカロスのプロペラだ!


 飛びたい。わたしは、だれよりも早く飛びたい!  絶対に優勝したい‼️


 司会の人の声が聞こえてくる。


「各選手、準備が整ったようです。それでは、決勝戦、いよいよスタートです!」


 わたしにだって、充分に優勝できるチャンスはある。絶対にある!

 代田だいだくんが、背中を押してくれたんだ!


 発音のいい英語のアナウンスが会場に流れる。ざわついていた会場が静かになっていく。


「ファイナル、ラウンド……………………ゴー」


 会場に、まるでゲームのようなBGMがひびきわたって、わたしはドローンを飛び立たせる。


 うん! カンペキ!


 わたしは、プロポの右スティクを思い切り前に倒した。

 最初にスラロームは、チョンチョンと左右に右スティックを細かく倒してすり抜ける。そして上部が密閉したゲートをくぐる。


 ここまでの操作はカンペキだ。


 そしてカンペキなのに目の前は赤いLEDライトを光らせたドローンが飛んでいる。去年のチャンピオンの林田はやしだ選手だ。


 だめだ、速すぎる!


 普通にやっていたら絶対に勝てない。レベルが違いすぎる。ここで勝負するしかない! 最大の難所、急上昇からの切り返し!


 わたしは、すぐに左スティックを思い切り前に倒す! そしてそれと同時に右スティックを下に倒す! 


「おーっと、ここで斑鳩いかるが選手がトップに立った!」


 やった! やった! やった!


 ギリギリをすり抜けた、危なかった。あと数センチ、〇コンマ一秒切り返しが早かったら柱にぶつかっていた。でも成功したんだ!

 結果オーライだ。ここから先は、しっかり安全運転!


 いい感じだ。わたしの前には誰もいない。わたしが一位だ!

 慌てるな。このまま、このまま、このままだ!


 わたしはゆっくり息をはきながら、大きなカーブと、ふたつのゲートをくぐる。


 二週目!

 

 突然、目の前に赤いLEDライトが割り込んだ! 林田はやしだ選手だ!


 ずっとわたしのドローンの後ろにつけていたんだ。

 このコースの中で、一番簡単なスラロームで抜き去るつもりで!

 悔しい! でも大丈夫だ! また抜き返してやればいい。

 上部が密閉したゲートをくぐると、最大の難所が現れる。ここでまた抜き返してやる!


 わたしは、ちょうしに乗った。一度成功して完全にちょうしに乗っていた。


 あんな奇跡的な成功、そうそう起こりっこない。そんなこと、知っていたつもりなのに、ついさっき、一周目でそう思ったばっかりなのに、わたしはちょうしに乗ってしまった。


 ちょうしに乗ったわたしは、後頭部から柱にぶつかってクラッシュした。

 ドローンはあっけなく真っ逆さにおっこちて、目の前が砂嵐になった。カメラが壊れたんだ。


「あーっと、ここで斑鳩いかるが選手クラッシュ!」


 砂嵐の中、アナウンスが聞こえていた。


「さあ、ここで残り三台、林田はやしだ選手が磐石の走り、二位以下をどんどんつきはなす! これはもうほぼ確実だ。アップダウンを抜けて、最後のストレートで風を切る! フィニッシュ! 優勝は林田はやしだ選手! チャンピオンの二連覇だ!」


 砂嵐のなか、司会の人の興奮した声が聞こえる。


「いやー強い! レベルがちがいます」


 解説の人のおちついた声が聞こえてくる。

 砂嵐がだんだんとぼやけてくる。ぼやんぼやんになって、目の前が灰色一色に変わっていく。

 すると突然、わたしの頭に、誰かがふれた。


「イヤッ!」


 わたしが叫ぶと、


露花ろか?」

「……露花ろかさん……?」


 遊梨の心配そうな声と、アリアちゃんの消え去りそうな声が聞こえてきた。そして、


「ナイスフライト」


 代田だいだくんのやさしい声が聞こえてきた。

 わたしは、VRゴーグルを外したくなかった。絶対に外したくなかった。

 泣いているところを見られるのが、絶対に絶対にイヤだった。


 わたしは、とにかく負けず嫌いな性格なんだ。

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