第29話 あっというまの夏休み

 郵送した書類の選考結果が出るのは、八月の末ごろらしい。結果が出るまで、私たちは遊梨ゆうりの所属する陸上部と同じ時間にクラブ活動をやって、お昼からは、アリアちゃんの家に集まって、ゲームをしたり、宿題をやったりして夏休みをすごした。


 クラブ活動は、いつものチェックポイントレースと、VRゴーグルを使ったスピードレースの練習を半分ずつ。夏休みだから、教室の他にろうかを使わせてもらう許可をもらって、ふたつの教室でスピードレース用の周回コースを作った。


 念の為、階段の踊り場の目のつくところに、「ドローン部練習中!」の張り紙をはっておいた。だけど結局、夏休み期間中にドローン部意外でこの教室に来たのは、遊梨ゆうりしかいなかったけど。


 コースは、最初に教室を前のドアからろうかに出て、隣の教室には後ろのドアから入る。そして、今度は窓から廊下に出て、同じく窓から元の教室に戻ってくる。これを三周。ただし最後の一周だけ、出入りする窓は上の小さな窓からでないとダメなルールにした。

 スピードをたもちつつ、スロットルをあげて、高度を調整する練習をするためだ。


 スピードレースの練習は、一応交代でやるけど、レースにエントリーしたわたしがメインでやる。代田だいだくんとアリアちゃんは、ドローンの動きや、ノートパソコンのドローン視点で動きをチェックしてくれた。


 代田だいだくんは、


「やっぱり斑鳩いかるがは、スロットルの感覚が天才的だ。ここだけは、多分全国レベルだと思う。ここでタイムを稼ぐことができれば、コース次第だけど、ひょっとしたら本戦にいけるかもしれない」


 とらぬ狸の皮算用だ。まだ、書類選考に通るかもわかんないのに。

 でも、スロットル操作が他の人よりも得意なのは、はっきりと自覚ができていた。

 左指があまり動かないのは、本当に有利だ。他の人だと、かなり微妙なスティック操作が必要なところを、わたしのほとんど動かない左の親指は難なくできる。


 あとは、多分だけど、〝高さ〟の感覚が人よりも優れているんだと思う。VRゴーグルをつけて飛んでいても、わたしは高度がなんとなくわかる。これって結構特殊な能力らしい。


 ドローンは、「高さ」「前移動」「横移動」の三つの動きを同時に制御する必要がある。(さらにテレビの撮影用ドローンだと、カメラの視点を替えることもできるらしい)とにかく、この高さを変えながら移動するのはかなりの慣れが必要らしくて、わたしはそれが直感でできている。


 これはもう、棒高跳びをやっていたたまものだと思う。だって、身体に、前進しながら上昇する感覚が染み付いているから。

 事実、上の狭い窓に、わたしはドローンを全速力で突っ込ませることができる。これが、代田だいだくんやアリアちゃんには、そうとうに怖いことらしい。

 アリアちゃんは、ノートパソコンで見るのすら怖いって言っている。だからこれは多分、わたしの最大の武器。いろいろ大変な目にあったけど、そのきっかけになった棒高跳びに感謝だ。


 あと……一応これも報告。


 わたしと、代田だいだくんの関係は……特に変わっていない。両思いなのを知っているのは、遊梨ゆうりとアリアちゃんだけ。学校では内緒にする予定だし、しいていえば、代田だいだくんがいるときに、遊梨ゆうりが絶対にわたしの介助をしてくれなくなったことくらい。わたしが代田だいだくんに支えられたり、おんぶされたり、お姫様だっこをされている姿を見て、ずっとニヨニヨしている。


 となりでニヨニヨされると、なんだか気恥ずかしいから本当にやめてほしい。ごめん、ウソついた。じつは結構うれしい。心のどこかで、遊梨ゆうりに「どうだーうらやましーだろー」って思っちゃっている。もちろん遊梨ゆうりには絶対に言わないし、代田だいだくんには口が裂けても言えない。この秘密を知っているのは、アリアちゃんだけ。


 アリアちゃんが、ぽろっと「いいなぁ……」って言った時に、告白しちゃった。でもこれは、わたしとアリアちゃんだけの秘密にしてほしいってお願いしている。アリアちゃんは「……はい」って、照れながら了解してくれた。


 そんなこんなで、夏休みは結構忙しかったり、照れくさかったりして、わりとあっという間にすぎていった。

 そして、書類選考通過の報告メールが届いたのは、夏休み、最後の日のことだった。

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