第4話 リハビリは好き

 放課後、わたしは教室に残っていた。お母さんの迎えの車を待つためだ。今日はちょっと遅くなるってさっきLINEがあった。


(一……二……三)


 わたしは今、右手で青色のハンドグリップを広げている。


(四……五……六)


 ゴムでできたそのハンドグリップは、五つの穴が空いている。それを広げて、指の筋力をきたえている。リハビリだ。


(七……八……九)


 神経が通っている右手は、リハビリをして、動かせば動かすほど筋力が戻ってきている。


(十……十一……十二)


 少しずつ、少しずつだけど戻っている。


(十三……十四……十五)


 とっても地味なトレーニングだ。


(十六……十七……十八)


 でも、うれしい。


(十九……二十……ふう)


 とってもうれしい。


 わたしは、リハビリが好き。リハビリが好きというか、体を動かすのが好き。走り高跳びや、棒高跳びとおんなじ。自分の体を思い通りにあやつることが好きなんだ。

 リハビリステーションでは、「えらいね」って言われた。リハビリが好きなんて珍しいって言われた。


 でも、わたしにとってはちっとも珍しくない。棒高跳びのときとおんなじだ。そして、多分、棒高跳びが好きな中学生の方が絶対に珍しい。スーパーレアだ。

 自分でもちょっと変わっていると思う。でも、こんな性格でよかった。おかげさまで、わたしの右手は、脊椎の損傷箇所からすると、ちょっと考えられないくらい、回復してきているらしい。


 努力が形になって、ほめられるのってうれしい。なんだっけ? たしか〝承認欲

求〟……かな? たぶんわたしは、ほかの人よりもちょっとだけ承認欲求が強いのかなって思う。だから、負けず嫌いな性格なのだろうなって思う。


 わたしは、右手を左腕にこすりつけて、右手の指にはまっている緑色のハンドグリップを手から外す。緑色のハンドグリップは、くるくるとまるまりながら、指から「するん」とはずれる。

 わたしは緑色のハンドグリップを机の上に置くと、もうひとつ机に置いてある、ピンク色のハンドグリップに持ち替えた。左指用のハンドグリップだ。


 わたしは、右手で左手をつかんで机の上に上向きに置く。そして、左手の親指を立てると、ハンドグリップをひっかける。そして、全く動かない残りの四本の指にもひっかける。


(一……二……三)


 わたしは、左手でピンク色のハンドグリップを広げている。リハビリ用のハンドグリップの中で一番弱い。


(四……五…………ろく)


 だけど、わたしの右手にはとても重い。とてつもなく重い。


(なな……はち…………く)


 わたしの右手は、親指しか動かない。その親指も、ほんのちょっとしか動かない。他の四本の指は、絶対に動かない。


(……じ……じゅう!)


 気分がしずんでしまう。たった、数センチ親指を動かすだけなのに息が上がってしまう。でも、これでも最初に比べると、ずいぶんと動くようになった。

 わたしは、リハビリが好き。自分の体を思い通りにあやつることが好きなんだ。

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