第2話 車椅子のイカロス
わたしはイカロスだ。ちょうしに乗ったイカロスだ。自由に羽ばたくロウで出来た機械の羽根を手に入れて、ちょうしに乗ってどこまでも高く飛ぼうとしたイカロスとおんなじだ。
強化プラスチックでてきた、自分の背よりはるかに高いポールを手に入れて、ちょうしに乗ってどこまでも高く跳ぼうとした。ちがうのは、ちょうしに乗ったわたしにバチを与えたのが、太陽じゃなくって、北風だったってことくらい。
でもね、わたしは運がいい。だってわたしは生きている。車椅子だけど、下半身はまったく動かないけど、右手はちゃんとしっかり動く。握力は半分くらいになっちゃったけど、しっかり動く。左手は親指くらいしか動かせないけど……一応は動く。それに首から上は、バッチリカンペキに動く。
ロウでできた羽根を太陽に溶かされて、落っこちて死んでしまったイカロスとはおおちがいだ。
それにくらべて、わたしは本当に運がいい。だって今、わたしは休憩時間にひとりでトイレに行けている。
わたしは、多目的トイレのボタンを親指しか動かない左手で押して、かなり自由に動く右手で車椅子のハンドルをあやつってトイレに入ると、トイレの中から、親指しか動かない左手でボタンを押してドアをロックした。
そして、ふんばりが効く右手をトイレの横のバーにつっぱって、車椅子から体をスライドさせてトイレにすべりこませる。
わたしは、ひとりでトイレにいける。本当にラッキーだ。
あんな大事故だったのに、右腕の筋力が生き残っていてくれた。本当に本当にラッキーだ。
障害者施設が充実している千葉県の浦安市に引っ越しを決めてくれた両親には、とっても感謝している。埼玉のマイホームを売っても、通勤時間が二倍になっても平気だよって言ってくれたお父さんと、毎日車で、学校のおくりむかえをしてくれるお母さんに、本当に感謝している。
わたしは、トイレから出ると、同じ階にある擁護教室に移動する。
学校は今から三時間目、わたしのクラス二年二組は体育の授業だ。だから、わたしは擁護クラスに行く。擁護クラスでグラウンドを見ながら自習する。
わたしは本当に運がいい。ちょうしに乗って、自分の不注意であんな大事故を起こしたのに、生きているんだもの。空から落っこちて、海に消えたイカロスとはちがう。わたしは生き続けることができているんだもの。
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