イカロスのプロペラ

かなたろー

車椅子のイカロス

第1話 飛びたかった

 飛びたかった。わたしは、だれよりも高く飛びたかった。


 でも跳べなかった。わたしは、走り高跳びの選手で、記録は一五九センチ。埼玉県の中学一年生の中では一位だったけど、全国の中学生の中ではそれほどだった。

 わたしは飛びたかった。でも跳べなかった。自分の身長と同じ、一六〇センチが、どうしても跳べなかった。 


 だから、棒高跳びに転校した。逃げ……かもしれない。でも、棒高跳びはすっごく楽しかった。ポールを大きく曲げて、その力を真上に跳び上がる推進力にする。わたしは、すぐにコツをつかんだ。そして、あっという間に三メートル二〇を飛び越えた。

 わたしがどうしても跳び越えることができなかった一六〇センチの壁を、いとも簡単に、しかも二倍の高さで跳び越えた。


 わたしは棒高跳びに夢中になった。毎日毎日練習した。棒高跳びをやっているのは、陸上部でわたしひとり。だけどそんなのちっとも平気だった。練習すればするほど、上手に自分の力をポールに伝えるようになっていく。そしてポールは、わたしを高く高く、上へ上へと押し上げてくれる。ポールは友達……いや、わたしの体の一部だった。


 だれよりも高く飛びたい。そんなわたしの願望をかなえてくれる、かけがえのない、わたしの体の一部だった。


 最初の、そして最後の大会は冬だった、わたしが棒高跳びを初めて、まだ一ヶ月だった。わたしはいきなり中学生女子の新記録、三メートル九五センチを叩き出した。わたしは一躍有名人になった。「天才中学生あらわる!」って、ちっぽけだけど新聞にも掲載された。


 わたしは、うれしかった。うれしくて、うれしくて、仕方がなかった。でも、うれしすぎて、ちょうしに乗りすぎてしまったんだ。

 わたしは、ちょうしに乗った。ちょうしに乗って、毎日毎日練習した。そしてちょうしにのって、雨がふって、風が強い日にも練習した。屋外にしか練習スペースがないのに、危ないから絶対に禁じられている、雨がふって風が強い日にも練習をしてしまったんだ。


 忘れもしない。あれは、二月二十日。午後二時二十分。わたしのラストジャンプ。今までで最高のジャンプができた日だ。  

 雨と風が舞うなか、わたしは大きく深呼吸をすると、いつものルーティーンをした。


【1】親指を立てた左こぶしを胸元にもってくる。

【2】左手の親指を心臓に「トン!」と突き立てる。

【3】親指をじくにして、こぶしを上に「クイッ」と持ち上げる。

 ↓

【1】走りながらポールを持ち上げる。

【2】ポールを「ボックス」に突き立てる。

【3】自分の身体を真上に放り上げる。


 この二つのタイミングを、完全にシンクロさせるんだ。

 ルーティーンでジャンプの成功イメージをつかむ。これがわたしの集中力(コンセントレーション)の高めかた。


 ブルブルッ!


 寒いんじゃない。緊張でもない。なのに、どうしてなんだろう。なぜだかわたしの身体は小刻みにふるえていた。

 わたしは、大きく深呼吸すると、ポールをもって走った。そして、ポールをボックスに突き刺すと、自分の身体を真上に放り上げた。


「やった! 中学新記録‼︎」


 わたしの身体はキレイに宙をまって、カンペキに四メートルのバーを跳び超えた。でもその直後に事故が起きた。わたしは、強風で倒れてきた棒高跳びのスタンドにぶつかって、そのまま、まっ逆さまに地面に頭からおっこちたんだ。そして、意識を失った。


 わたしの名前は斑鳩いかるが露花ろか。脊椎を損傷して、半身不随になった中学二年生だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る