BDP



◆BDP



 歩いていって、下北八幡の前を通ると、子供たちの笑い声が聞こえてきた。


「だーるまさーんがころーんだっ!」

 エクレーアがいた。大樹の下で、だるまさんがころんだに鬼役として興じている。背負った大きな殻の分、かなりハンデがあるようだ。


「全種類のフレーバーを混ぜる場合、倍の値段、百円をちょうだいします……」

 木陰ではプルイーナがかき氷の販売をしていた。許可、あるんだろうか。氷はほぼ無限だろうから、一杯五十円でも儲けるかもな。


「そこ! ブランコに乗るなら順番を守りなさい! 君! 危ないから滑り台は階段から上りなさい!」

 プールの監視員よろしく、やべこは全方位を警戒している。


「おーい、闇黒三美神! 我が勇者ー!」

 メルが呼びかけた。

 3人と合流し、ゾロゾロとお部屋へ。

 玄関を開けると、ボクは飛び上がった。


 パンっ、パンっパパンっ!


「誕生日おめでとーう!」

 パーティクラッカーが連発された。


 色とりどりのテープに絡められて、ボクは状況が飲み込めずにいる。ぴよきちさん、チーズカッターズの3人がクラッカーを持ち替え、追い撃ち。モンブランケーキ模様にテープが更に絡まる。


「キルコ、今日お誕生日でしょ!」

 メルに押されて部屋に入る。壁には色とりどりの折り紙チェーンと、多種多様なパンツが飾られていた。

 あぁ、今日は8/2。パンツの日か。

 ボクの誕生日だ。


「みんな……」

 忘れていた。瑠姫子じゃなくて、キルコの誕生日なんて、もうずっと忘れていた。


「さ! まずは聖神世界に行け!」

「メルは?」

「アタシはここにいるよ。前も言ったけど、大好きなゲームの世界に入ったら二度と現世には戻りたくないって駄々っ子になっちゃうしさ。準備は万端」


 ピザとビールがテーブルにどーん。それだけでも一人分とは思えないのに、インターホンが鳴って、次々と料理が届けられる。


「アタシはここにいるから、早くみんなを連れてきて」

「分かった!」

 みんなとはいかなかったけど、ハナコさん、ドウジマさん、それから芸人の3人と、レヴナを現世に連れてきた。


「じゃー、揃ったようですので――――」

 みんながグラスを掲げる。

「乾杯!」

 賑やかな声が部屋中に満ちた。


 テーブルに置ききれない異世界料理が、備え付けの靴箱の上、調理台の上、冷蔵庫に乗っけた電子レンジの上にまで乗っけられた。


「なんだこの肉!」「うめぇうめぇ!」「異世界メシやべぇ!」

 チーズカッターズも大興奮。さっき外から見えたけど、彼らの部屋のベランダには例の長い棒がかけられており、満艦飾に洗濯物が下げられていた。

 聖神世界の云々のこと、誰か説明したんだろうか。

 ま、いいか、彼らは。


「異世界のビール美味すぎ。樽で買い溜めしてぇわコリャ」

「あーしも第三のビールは飽きたってぇの~」

 メルもあー子もお酒をぐびぐび。


「てか、キルコは何歳になったの?」

「17歳だよ。こっちに来て約8年になるね。9歳の誕生日のすぐ後に魔国を追放されたから。闇黒三美神はもうその時から闘ってたの?」


 辛い思い出にまつわることを、不思議なことに、こうやって話せるようになった。きっと、メルややべこたちのおかげなんだと思う。


「いいえ……闇黒三美神が組織されたのは、その後の勇者勢との闘いに際してです……。エクレーアに誘われて仕方なく立候補したんですよ……」

「だってだって、お母さんが勝手に応募しちゃったんだもんっ。1人じゃ心配でっ」


 そんなアイドルみたいな理由で幹部になったんだ。


「そっからだよな」レヴナが鳥の丸焼きを丁寧に切り分けながら言った。「聖神世界に俺らが現れ始めたのもよ」


 みんなの飲み物がなくなったりしたら声をかける。意外と言ったら悪いけど、彼女は女子力をちょいちょい発揮していた。


「たしかァ、ありゃ6年前だっけか?」ドウジマさんが鳥肉を口に運ぶ。「旨ぇな」

「あたいはひたすら爆弾を作らされてたね。汚ない花火をさ」

「僕はひよこを分けてたな。家畜用と、騎乗用に。2、3年もさ。長かったよ。ゴートマが全然力をつける前に、戦争始めちゃうからさ。聖剣を壊したからってイイ気になっちゃって」


 聖剣が壊された。

 昔、勇者がかかげていたのを思い出す。

 平たい鉄の棒、お父さんを斬り伏せた。

 勇者たちがゴートマの愚痴や昔話に花を咲かせる。

 各トピックの後に「その点キルコは」とボクが持ち上げられて、嬉しいけれども恥ずかしかった。

 ボクはさりげなくゴミを片付けたり、空いたお皿を洗ったりしながら、みんなと楽しく話した。

 レヴナも手伝ってくれた。その横顔が穏やかで、「レヴナは良いお母さんになりそうだね」と言うと、

「急になんだよ」と顔を赤くした。

 言ってから、レヴナが母になるつもりはない考えの持ち主だったらと心配したけど、杞憂で済んだ。


「あぁキルコ様! お手を煩わせて申し訳ありません」

「いいよ。座ってて? ボク掃除が好きだから」

「キルコよぉ、そんなん後でいいじゃねえかよ」とドウジマさん。

「後にしたら油が固まって洗いにくくなるの!」

 つい熱が入って言い返した。

「お、おう……、ワリィな」

「キルコの方こそお母さんみたいだそ」

 笑いが起こった。


「なぁキルコ、ここ禁煙かい?」

 ハナコさんがキセルを手に聞いてきた。

「うん。ごめんね、出たところに灰皿があるから」

「じゃおれも」「ちょっくら」「失礼して」

 チーズカッターズの3人と、ハナコさんが外へ。


「ぴよきち、おめぇそういやァいつのまに仕事休んでるそうじゃねえかよ」

「いいじゃないですかドウジマさん。僕にできることなんてほぼないですし」

「海外を数年さまよった経験を活かしてよ、シラキラ族の情報を探しにいくとか色々あんだろ」

「ハハハ……」

 メルがボクに「何の話?」と聞いた。ボクはシラキラ族のことを話した。

「あー」メルは懐かしそうに笑った。「アイツら強いのよね」

 ルートが確保できないので困っているのだ。

「レヴナさんの言う通り、もうその赤樺の森なんて焼き払っちゃえばいいんじゃないですか」

「おいこら、俺じゃなくてワタヌキだよ言ってんのは。俺は無駄に血が流れるのを好まない」

 服が返り血だらけのレヴナが言うと説得力が……。

「ちなみにな、赤樺の森じゃなくてアパカバーの森な。せめて話は聞いとけって」


 それを聞くと、ぴよきちさんは自嘲的に笑った。

「フッ。お元気ですかの森か」

「あ? 何のことだよ。お元気ですか?」

「マレー語ですよ。僕がさまよっていたマレーシアの公用語。アパカバーはお元気ですかーって意味でしてね。アイムファインサンキューだよ、まったく。……え? なっ、なんですか?」


 密度の濃い沈黙がほんの数秒、流れる。

 ぴよきちさんが耐えられなくなり、

「あー……それで、元気ですって答えるのはカババイッ、って言うんですよ」

「おいおいおい、これが活路なんじゃねえの?」

 レヴナがぴよきちさんに詰め寄った。

「ちょ、やめてください! 暴力はやめてください!」

 慌てたぴよきちさんは一人で勝手に椅子から落ちる。

「ひょっとして、シラキラ族のシラキラってのもマレー語なのか?」

「あっ、たしかに」

「なんて意味だ」

「えっと、お勘定お願いします……」

 ぴよきちさんはコソコソ立ち上がり、すごすご立ち去ろうとする。

「帰らせねえよ」

「お勘定お願いします!」

「だから帰せねえぞ!」

「だからー! お勘定お願いしますって意味なんですよ!」


 シラキラ族は、マレー語を使う部族だったんだ。ゲーム設定段階からそうだったのかな? 山田たちが好きだったとか?


「通訳がこんなとこにいたとはなぁ」ドウジマさんが笑った。

 ぴよきちさんはゆっくりと、浅く椅子に腰かけた。

「あぁ……じゃあ僕も役に立てるんだ。あの辛い日々は無駄じゃなかったんだ」

 小さな呟きだった。

「そうですね。無駄じゃなかった」

 僕は心から同意した。


「おーーい!」

 窓の外で声がした。

「キルコ様、準備が整ったようです」

「準備?」

「こちらへ」

 ボクは促されるままにベランダに出た。

 同時に、夏の夜空に大きな花火が咲いた。 

「わぁ!」

 次々に打ち上がる色とりどりの光の花。

 さすがは異世界クオリティで、複雑な形をしたものも多い。

 圧巻の美しさと、これらがボクの誕生日のために用意されたという事実に胸が熱くなった。


「あらためてキルコ、お誕生日おめでとう!」

 下の開けたスペースからハナコさんとチーズカッターズの3人が手持ち花火を点火。

「車に気をつけて乗ってくれー!」


 花火で照らし出されたのは、ミニベロと呼ばれていたろうか、小さいタイヤの青い自転車だった。


「みんなからの誕生日プレゼントね」メルがボクの肩を叩いた。「欲しがってたでしょ」


 驚きで声が出なかった。背後でぴよきちさんが「コレは僕個人から」と大きなサメのぬいぐるみを差し出してきた。

「そのサメ、ゲーセンの景品だけどね」

「余計なこと言わないでくださいメルさん。それにサメじゃなくてモササウルス。恐竜です。強いんですよ」

「ありがとう!」とても嬉しかった。「みんなありがとー!」


 下のみんなに大きく手を振った。

 こんな素敵な日が来るとは夢にも思っていなかった。ボクなりに優しい気持ちで頑張ってきたおかげなのかな。


 パルフェさんが優しくしてくれなかったら、今のボクの気持ちもなかったんだ。

 心まで貧しくならなくて本当によかった。



 みんなが帰り、やべこたちが寝静まった夜。

 ボクは絵日記を読み返すみたいな懐かしさを抱きながら、聖神の攻略本を開いていた。

 勇者たちの職別のステータスや、魔物たちの情報、世界地図などをゆっくりと読み込む。

 付箋や書き込み、ドッグイヤーの折り目がたくさんある。それを行なった本人は酔い疲れて隣で眠っている。胸までシャツがめくれていたからボクはそっと戻した。

 書き込みなどが最も多いのは魔王城に関してだった。

 壁の中に伸びている隠し通路は元々本に載っている以外にもあるようで、どうやって確かめたのか詳細な地図がメルによって作られている。

 実行する前に入念な計画を立てる空き巣みたいで、ちょっと執念すら感じた。

 そしてかなり驚いたのは、ボクが部屋から見下ろしていた死樹海迷宮の変化パターンが事細かに記されていることだった。あの迷路に詳しいのはボクだけじゃなかったか。

 ストーリーの攻略チャートにまでページが進む。オープニングからエンディングまでを流し見していく。もう寝ようかなと思ったところでページをめくる指が固まった。

 メルの顔を見て、それからやべこを。

 本によると、エンディングで子供1人を救うために、勇者が命を落とすらしいのだ。

 聖剣で魔王にトドメをさすか、崖から落ちそうになっている子供を助けるかの場面に勇者は陥る。


『この聖剣を手にしたら、俺様を滅ぼせる

 しかしその子どもは死ぬだろう

 その子どもを助けたとしたら、俺様はこの聖剣を手にするぞ

 さぁ、どうする勇者よ』


『聖剣を手にする』か『子どもを助ける』か。

 プレイヤーが子どもを助けるとゲームはエンディングを迎える。

「世界は分け隔たれる必要はない。お前もそう思うだろ、レームドフ。だが、私とお前では、世界のまとめ方が違うんだ!」

 勇者は子どもの代わりとなって死んでしまう。その後、魔王は聖剣を手にするが、勇者が聖剣を壊す魔法をかけていたことにより、魔王は聖剣と共に消滅する。

 光と闇の世界の隔たりが無くなり、世界は一つにまとまり、平和を迎える。


 ボクは攻略本を閉じた。バポンっ、と思いのほか大きな音が出て、みんなを起こさなかったかと振り返る。

 大丈夫だ。

 ボクとゴートマの戦いは、聖剣神話のストーリーとは違う。

 けれども死ぬ定めである主人公勇者のやべこに、消せない呪いがかかっている気がしてしまう。

 そしてメル。メルは勇者に憧れていた。その理由は、『かつて友達を救えなかったから』

 大丈夫だよね……?

 払拭できない不安がボクを苛んで、熱帯夜の時みたいに朝までほとんど一睡もできなかった。

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