ワタヌキ



◆ワタヌキ



 駅前でメルと落ち合った。

「キルコの部屋で遊ぼ」

 ということで、ボクらは肩を並べて駅からの目抜き通りを下っていった。


「メルはさ」何気ない感じで聞いてみた。「すごいコスプレイヤーなの?」

「すごいって?」メルは少し笑った。「けっこうね、知名度とかはあるよ。それで仕事だってもらえたし、なんとテレビにだって出たことあるんだから」

 テレビに?! ボクにとってはそれだけでかなりすごい。

 日本中の、町で一生すれ違わないはずの人たちにテレビやネットで知ってもらうのは、どんな気分なんだろうか。

「アタシにはキルコにもそれだけの素質があるって踏んでるんだけどね」

「コスプレはしないよ」

「アタシの部屋の中だけでいいからさ」

「いたしません」

「がっくしだ。…………ああそうそう。ワタベが調べてくれたよ。ワタヌキキヨシについて」


 ワタヌキキヨシ。聖神世界のダートムアとヤジキタで、勇者たちを指揮している霊魂。

「聞いて驚かないでよ。キミの戸籍の四月一日瑠姫子は、なんとキルコの父、レームドフのモデルである山田の実の娘でした」

「えー! そんな……だってそんなの、偶然にしては」

「ね! 作為的なものを感じざるを得ないわなぁ。四月一日っていう苗字は、山田と結婚した相手のものだったの。離婚したんだけどね。山田の妻は四月一日清美。娘は四月一日瑠姫子。そして、瑠姫子のお爺さんが――――」

 道の途中にある、鳥華族を指差し、メルはドヤ顔。

「鳥華族を含めたグループ会社、ヨヨイノヨイのお頭様……ワタヌキキヨシだったわけ」

「なんと……」


 遠くにあったはずの山々が急に目の前にドーンと現れたみたいだ。驚かないわけがない。


「でね、ちょっとショッキングなんだけど、現状では山田の周りにいた人間……ワタヌキキヨシに、山田の妻の清美、山田本人、かつてのパートナーの土井はみんな死んでるんだよね。で、1人残った瑠姫子の戸籍を、なぜかキミが持っている」


 四月一日瑠姫子が、ボクのすぐ背後でほくそ笑んだ気がした。


「瑠姫子は、生きてるのかな」

 メルはボクの顔をジッと見た。

「もし……生きてたとしたら?」

 もし生きてたら――――。

「返したい気持ちもある」


 どうしてか、ボクには痛いほどに、社会的透明人間の寂寞が身に染みているのに……そんな言葉が口をついて出た。


「そしたら、アタシが飼ってあげる」

「着せ替え人形はごめんだよ」

「楽しいよ、コスプレって。演技とかと似てるのかもとも思ってる。自分が憧れたキャラクターになりきるって、すっごい素敵なことなんだよね。みんななりたい理想像がいくつもあるでしょ。それをほんの一時、思い切ってなりきるのよ」

「なりたい人間……」

「こんなはずじゃなかったのに……って、場所や時や親、学校なんかを恨む瞬間がみんなあるわけじゃん。アタシはだから、精一杯やってる。好きな、憧れな、そんな人たちになってる」


 それって、虚しくならない? 服を脱いだ時、自分が自分であると知って。

 なんてことは、聞けない。


「にしてもワタベ、仕事が早いでしょ? アイツに探させたら、男の子の戸籍もあるかもね」

「そんなのいらない!」

 自分でも変に思うくらい、ムキになってしまった。

「ゴメン。またデリカシーが無かったね」

「ううん。ボクも大きな声出してごめんね。そうだ、キルコの男説ってなんなの?」


 ボクは強引に話題を変えた。電車が横っ飛びして隣の線路に移ったみたいだ。

 メルは頭をかいて苦笑いしてから、いつもの笑顔に戻った。


「キルコの男説っていうのはさ、聖神1でのキルコの部屋のデザインから端を発しててね」

「つまり、ボクが住んでいた部屋だね」

「そうそ。一見、小さい子供の部屋……可愛いらしいものがある部屋なんだけど、そこにそぐわないものがあるんだよね。特に女の子の部屋と考えた時にさ」


 ボクはかつての部屋を思い返した。女の子だったとしたら……?


「分からない? 答えはさ、兜が飾ってあるってとこ。それってさ、日本じゃ端午の節句って言って小さい男の子へと飾るものなの」

「ああ、女の子だったらお雛様。桃の節句って?」

「そ! でね? キルコが女の子と明記されたのが、攻略本発売からなんだよね。そこではっきり『娘』と書かれたの。でもどう? 男の子ともとれるお坊ちゃん風の服装。兜の飾り」

「あの兜のデザイン、お兄さんのものと一緒だった」

「そうなのよ! ストーリーの途中で闘うキミのお兄さんの兜と同じなの。で極め付けに、実は聖神1には誤植があってね? 一ヶ所、キルコじゃなくて、キリコってなってるのよ」

「キリコ?」

「キリコってのは、19世紀のイタリアの画家なの。男のね。シュールな絵を描く人なんだけど、その絵を思わせる風景が魔王城にあることからも、キルコは本来キリコだったんじゃないかと疑えるのよ。わざわざ直してるところが怪しいと!」


 メルは大好きな聖神の話で興奮していた。

 ギクシャクし続けるよりかはずっとずっとマシだ。


「誰も気が付かなかったんだね、作ってる人たち」

「相当なテキスト量だからね。アタシは責めない。むしろ面白い。そういった理由などから、キルコ男説は生まれたわけ」

「なんで2では女王にしたの?」

「それは分からない!」

 メルはお手上げだと言うように肩をすくめた。

「道で騒いでんじゃないよ、やべこがよ~」

 あー子がボクらの間を割って入るように現れた。

「やべこ?」

「あー、ワタベのやつがやべこやべこ呼ぶから、あーしにも移っちゃってさぁ。迷惑な話だよ。紛らわしいったらないんだから、あの真面目腐った戦士と、ニート腐ったコスプレイヤーの2人はさ」


 改めて、やべこはメルが望んだ一つの人格、キャラクターなのだなと思った。初めて会った日は、メルは聖神2のキルコ、女王の姿だったけれど、それより前にやべこになりたかった時があったんだよね。


「ニートじゃない。ちゃんとモデルの仕事とか、動画配信もやってるだろがい」

「『みなさんっこんにちは。絹繭メルでーす。今日ご紹介したいのは』ってやつ~?」

「おい、野垂れ死にたいならそう言えや。今すぐてめぇの合鍵折ってやろうか」

「あーしピッキングもおてのものだからムダだよ。でもメンドーだから折らないで」

「ちっ、コソ泥が」

 仲良さそうでなによりだ。

「ねぇ、ワタベさんはそんなにいつも来るの?」

「来る来る~。仕事の休憩とか言いながらねぇ。もう気まずいったらなくて、あーしはバイト始めたんだから」

「スマホ持たせるために紹介したんだろがいコラ」


 ほんと、仲良さそうでなりより。



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