お笑いライブ
◆お笑いライブ
またぞろ龍田さんと2人での勤務だった。
ふと、彼女はランチタイムで上がりだったのを思い出した。
「あの、今日お隣さんのトリオ芸人がライブやるんですけど」
「ワタヌキさんちの隣、芸人住んでるの?」
「はい。愉快な人たちが住んでて。駅前のスーパーの上で、無料でライブ観られるんですけど、どうですか? 何組か出るんですよ」
「お笑いかー、よく駅前でチラシ配ってるよね」
あーこれは興味ないな、という印象。
ドアベルが鳴った。「いらっしゃいませ」と振り返るとプルイーナが立っていた。
「お仕事中失礼します……。本日3時からお笑いライブがございまして……」
なんでここまでチラシを配りに。
「噂をすればかー」
「プルイーナ、ここに来ても集客は見込めないよ。ここが集客できてないんだから」
「まぁそう言わずに……」プルイーナは各テーブルのメニューにチラシを勝手に挟んで去っていった。
「見かけによらず強引なんだね。可愛いから許すけど、うちにやっても宣伝には――――」
とかなんとかのうちに、お客さんが来た。
「いらっしゃいませー」と言った直後に新たなお客さん。
芋づる式にご来店の連続。あっと言う間に満席御礼。
かつてないほど忙しく、てんてこ舞いのランチタイムだった。
一区切りの3時にお客さんはきれいにはけた。龍田さんと2人で顔を見合わせて笑う。
「みんなお笑いライブのチラシ見てましたね」
「なんか気になってきたわ、ライブ」
唐突な忙しさに刺激されてか、2人とも不思議なテンションになってきた。片付けもそこそこに済ませ、ボクらは2人でお店を出た。
お店から5分もかからなかった。
会場は駅前のスーパー。の、古いエスカレーターを上がって、「ほんとにこっちで合ってる?」と不安に駆られる細い通路を通ってった先。笑い声が聞こえたことが、ボクらを安堵させた。
そこは、ほんとに質素な空間だった。
普段は会議にでも使われていそうだ。シンプル。演出や小道具は古びた低い舞台と、めくりと言うのか……演目台くらいな物のみだった。驚くことに、決して広くないその部屋に、人が肩をぶつけるほど密に集まっていた。
「ものすごい三密じゃん」
ライブはそこそこ、ウケていた。温かい空気が満ちていて、「これそんな面白い?」ってボケも誰かが笑うので、釣られて他も笑う。その誰かが誰かと思えば、
「うふふふふふ……」
「あはははははっ!」
氷雪おろちプルイーナと、雷電かつゆのエクレーアだった。
このような者を、俗にサクラと呼ぶのをボクは知っている。
そして、満を持して――――、
「お次はァ! すかしっぺの三銃士! ルーーーールおぶぅチーズカッターズ!!」
司会も芸人さんがやってるらしい。さっきまで腹芸をやっていた人がTシャツを着て現れ、お隣さんをご紹介。
「この人たち?」龍田さんがボクの耳元で囁いた。
「はい」
黄色いシャツで揃えたチーズカッターズの登場。ボクの心はまるで、仕事で行けないはずだった運動会に駆けつけた母親が、徒競走で息子が転ばないことを祈るそれだった。
「どーも! あれ、なんか臭い?」「屁こいたろ?」「ルールおぶチーズカッターズです!」
自分で自分の背中をさするような、そんな心持ちだった。
結果、徒競走云々で例えると、ずっこけたって感じだ。ゴールテープは切れなかった。コースに誰もいなくなった後、遅れてゴールし、拍手だけが起こったみたいな。
長い棒……以外のネタもたくさんやったけれど、ナンセンスなネタはやっぱり難しい。
一生懸命に、意味の分からないことやり遂げた3人。
は? ん? なに? なんてふうに、はてなマークがポップしていた。
帰る段となる。
出入り口にはいつの間に箱が置かれていた。「活動支援金」と書かれている。
おひねり、だ。
「じゃ、おつかれ」
龍田さんはどこか思い詰めた顔で箱に小銭を入れると、足早に去っていった。
振り返ると、予期せぬ集客に喜ぶ芸人たちがいた。チーズカッターズはなんとも言えない顔をしていた。笑っているけれど、悲しそうだ。
プルイーナとエクレーア、やべことメルが3人と話している。
「こちらをどうぞ」
代表なのか、やべこがチーズカッターズに物干し竿を渡していた。
あっ、長い棒だ。
「長い棒じゃん」「見つかったよ」「じゃーこのネタはおしまいだなー」
自然な笑いだった。
みんなといくらか言葉を交わす。帰りしな、ボクはくすみのない綺麗な百円玉と、ギザ十を箱に入れた。ギザ十は前からとっておいたものだ。
マイコに戻る。
井荻さんと働いて、夜の10時過ぎ、退勤した。
不思議と夜もお店は混んで、だいぶ疲れた。朝晩の訓練のせいもある。
帰ったら少しでもいいから訓練しなきゃな。
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