お暇を……
◆お暇を……
朝食中、ルールおぶチーズカッターズのライブにメルと行かないかと誘うと、プルイーナは二つ返事で了承した。彼らが隣に住んでいると知ると、彼女は目を丸くした。
「どうりであの建物は温かいわけですね……」
「じゃあ長い棒を探しとかなきゃねっ」
あれはあくまでネタです。
「でもそこ、わたしの殻も入れるかなっ?」
「あなたは早く殻を卒業しなさい……カタツムリじゃなくてナメクジなんですから……」
「む〜〜っ!」頬をぷっくりふくらますナメクジ美少女。
今朝2人を起こしに行った時、エクレーアは敷布団に海苔巻きよろしくくるまって、その穴の中にプルイーナの腕を引き込んでいた。中身が飛び出ちゃったかんぴょう巻きみたいだった。
「だってだってっ、背中を守らないと急に後ろから斬りつけられるかもしれないしっ……」
「日本に侍がいると信じてる外国人ですか……」
「えっ?! お侍さんいないのっ?! 辻斬りもないのっ?!」
「いません……」
「いないんだっ。じゃあ忍者はっ?」
「忍者はいます……」
いないよ……。まぁ2人は外国からやってきたようなものだから仕方ないか。
「忍者はどこで会えるかなっ?」
「さぁ……そこまでは。キルコさん、ご存知ですか……?」
「えッ」
無茶ぶりだ。いないだなんて答えづらい。答えてはいけない。「彼らはね、今は普通の人たちと同じ格好をして暮らしてるんだよ」
「そうなんだっ! じゃあ町の人たちがもしかしたらみんな忍者かもしれないんだねっ!」
「なるほど……木を隠すには森の中、人である己が隠れるなら町の中。忍者かっこいい……」
とりあえず2人の夢をこわさずにすんだみたいだ。
だって、いると思っていたものがいないだなんてショック過ぎる。ボクだって、サンタさんが本当はいないんだよと知らされたら、ショックで寝込むにちがいない。
食後はわずかでもレヴナとやべこに稽古をつけてもらった。
「おはよう、キルコ君」
稽古後にシャワーを浴び、現世に戻ろうとしていると、ぴよきちさんが声をかけてきた。
「おはようございます。どうですか景気は」
「儲かりまっか……」
「どないやねんっ!」
「あれ、君たちは元闇黒三美神か。いやぁ僕はなかなか役に立ててなくてね。でも全体の景気はすごくいいよ。ヤジキタの方も、その隣町も賑わって来てる。人が人呼び噂が広がり、勇者たちは着々と増えてるね」
「よかったです。問題はないですか?」
「問題といったらここだけの話、ダートムアの町はほとんど出来てるんだけどね、どうにも旅人たちをこっちに流すルート確保に難ありなんだよ」
「というと?」
「なんでもね?」ぴよきちさんはもったいぶるように言った。「こことヤジキタあたりの宿場町ってさ、あの森林地帯に阻まれてるだろ?」
「そうですね」
2つの村の間には面積の広い森がある。ヤジキタまでは森を突っ切る形で、細い一本道が通っている。
「あの森にシラキラ族ってのが住んでるんだけど、こないだイザコザがあったらしいんだ。ハナコちゃんとドウジマさんあたりが会ったんだって。どうも大勢で森を通行するのに怒ってるとかなんとかでね。騒がしくするなーって感じに」
「えっ、それじゃあ……」
「そう。精進落としの旅人をこっちに流そうにも、彼らが邪魔するかもしれないってこと。難航してるわけ。しょうがないよね。交渉しようにも言葉の壁があるんだから」
数年ものあいだ外国を流浪していたぴよきちさんが言うと説得力がある。
「じゃあしばらくはヤジキタで稼ぐしかないんですね」
「うん。それでね、ものは相談なんだけど、僕を日本に連れてってくれないかな? いやさ、僕こっちにいても役に立てないし、特に今は人手も足りてるし」
彼は手の爪をいじりながら喋った。
「一緒に闘ってくれないんですか?」
「ん~~、闘う気はあるんだけどさ……まぁ、みんなには悪いけど、ちょっとお休みをいただけないかなーというお願いでした。だめだよね、すいません」
ぴよきちさんが立ち去ろうとするのをボクは呼び止めた。
「いいですよ。むしろ任せっぱなしですいませんでした」
「ほんと? ひょっとしたらどっかで野垂れ死んで帰ってこないかもよ?」
彼の言葉は、もうここには戻ってこないことを意味しているようだった。
「もし……そうしたかったら、ボクはそれを許可します」
「…………そうか。わるいね、キルコ君」
ボクはぴよきちさんを現世に送った。
空気が合わないところに居たくない気持ちは、ボクにだって分かる。
プルイーナがインターホンを押すと、チーズカッターズは例のごとく3人並んで顔を出した。
「はい」「あ、ルキコちゃん」「おはよう」
「おはようございます……」
「おはようございますっ!」
扉を開けたら麗人と美少女がいるものだから、3人は面食らっていた。
「夢か?」「天の迎えかも」「もっかい寝ちまおうか」
プルイーナが是非ご挨拶をと言うので訪問したのだ。
話すうち、昼あたりにビラ配りをして観客を募ると言うので、プルイーナとエクレーアはその手伝い。お目付役でやべこを残すことにした。
「でもマジ期待しないでね」「無料ライブだし」「だいぶ寒い空間だから」
3人はどこか申し訳なさそうだった。
「自信を持ってください……」プルイーナは胸に手を当てた。「みなさんは人の心を温める力をお持ちです……」
彼女は微笑んでいた。期待感たっぷりに目を輝かせて。こんな顔をするのかとボクは驚く。彼女以外の5人も、あまりの温度差の違いに、一瞬の沈黙。エクレーアが慌てた様子で口を開く。
「あっ、あのっ、プルちゃんは万年寒がりでしてっ、でもでもっ、みなさんのネタを見て感動してたんですっ。その、だから、そのっ、失望させないでくださいっ!」
ものすっごいプレッシャーをかけるじゃないですか、雷電かつゆさん。
フォローしようとしたのは分かるけれども。
「がんばるわ!」「きばるわ!」「ふんばるわ!」
幸いにも、チーズカッターズの顔にいつもの明るさが戻った。
心配が尽きないけど、ボクはぴよきちさんと歩いて町へ。
「あの若い3人は夢に向かい頑張ってるんだねぇ」
ぴよきちさんは真っ白な入道雲に目を細めた。
下北八幡を過ぎる。子供たちが走り回って遊んでいた。あぁ、今日は休日なんだ。フリーター生活だと曜日感覚は皆無だから混乱する。
「普段はゲームばかりしてるんですけどね」
「ゲームは必要だよ。美味しいものを食べたり、旅行に行ったりじゃなくて、生きることに無駄な行為の代表みたいに言われるけど、必要だよね」
ゲームに対して「何の役に立つの?」という質問もよく耳にする。ぴよきちさんは言外に、じゃあ他のことはどうなんだと聞いているようだった。
ただ生きるためなら、ボクみたいに野菜の端材の焼きうどんを食べていればいい。お金をかけて海外に行く意味もない。
「キラキラした若者たちがね、へらへらとさ、旅行してるのはどうなんですかって」
ぴよきちさんは爪を噛んでぶつくさと呟いた。海外で流浪している時、若者たちを睨みつけている彼の姿が目に浮かぶ。鬱々とした空気が漏れてくる。
「ぴよきちさんもゲームするんですか?」
明るい調子でたずねると、彼は口元から手をどけて答えた。
「やるねぇ。よくゲーセンに行ってたんだよ? 銃のやつが好きでね」
「へぇ」そうだったんだと息をもらす。ひよこにしか興味がないのは誤解だった。
「じゃあ僕はここで」駅に着く少し前に彼は言った。
「お元気で」そんな言葉が口をついた。
彼は苦笑いをした。ポッケに手を突っ込むと小走りで去っていく。
ポケットからは、ジャラジャラと楽しげな小銭の音が聞こえた。
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