食費が心配
◆食費が心配
目を覚ますと、隣で正座しているやべこと目が合った。
「おはようございます。キルコ様」
ソファで寝ると言った彼女を説得し、昨夜は主寝室で布団を並べて一緒に寝たのだ。
ボクが布団で横になりながら読書している時も同じ状況だった。メルから借りた、年季の入った聖神の攻略本を読んでいて、ボクは寝落ちしたけど、やべこ……ちゃんと寝たんだろうか。
「おはよう、やべこ」ボクは目をこすって半身を起こす。「朝ごはん、ジャムパンでいい?」
「大好物でございます!」
本当はたくさん食べさせてあげたいけど、経済的に無理だ。ごめんね。
考えてなかったけど、バイト中、やべこにはどうしてもらおうか。お店に入れるわけにもいかない。
「お店の前で待っております!」曇りなき眼でやべこは言った。
「熱中症になっちゃうからキャッカ!」
「ではせめて、退勤のお時間にお迎えに上がります。それまでは駅周辺の勇者たちを屠ります」
「退勤は夜の10時過ぎだけど……」
「キルコ様のためなら飲まず食わず、炎天下もなんのその!」
ビキニアーマーの身元不明者の訃報は聞きたくないので、5千円を渡した。
「50万ジェニー……!」
痛い出費だ。やべこの金銭感覚を案じながら、2人でバイト先へ向けて肩を並べて歩いた。
下北八幡を差し掛かった時、ボクは遠くから自転車でやってくる影を見て、やべこを鳥居の裏へ引っ張った。
「キルコ様?!」
「シーーっ!」
ペダルをこぐ音が、近づき、過ぎ、遠くなっていく。
よし、行ったようだ。
「な、なぜ警察の方から隠れるのですか……?」
「つ、ついね」
この町で一つ苦手なのが、他の町よりおまわりさんのパトロールが多いというところだった。
悪いことはしてないはずなんだけど、ボクはおまわりさんがこわい。
高鳴る心臓をしずめながら、また歩き出す。
「見つけたぞ! キルコ・デ・ラ・ジィータク・シュタイン!」
道中に、勇者の襲撃があった。
「キルコ様!」
「うん、わかってる! 異界乱造・イワフネ!」
ボクを中心に空気が一変。デザインは現世とほぼ同じだけど、ところどころドット調に切り替わる。戦闘用のご都合空間……メルと話した結果、これをイワフネと名付けた。
戦隊モノのバトルシーンで、いつの間にかに移動している岩場がある。爆破を起こすための、どんなに暴れてもいい土地。そこがイワフネなんとかって言うから。
「なんだ、ココは!? 通行人が消えちまいやがって!」
今朝の勇者はドワーフの男性だった。
「なんにせよ都合がいいぜ! 一般人を巻き込むのはゴートマ様の望むところじゃねえ! さぁ出てきな魔物ども! 狩りの時間だ!」
彼は担いでいたがまぐちの鞄を開けた。容量を無視した数と大きさの魔物たちが飛び出してくる。猫型や、猿っぽいのなど、さまざまな魔獣。
「まとめて始末する! 『タイダルフレイム』」
いっぱいいても、やべこが高波のような炎で一掃。
ボクも炎にまぎれてドワーフにこっそり近づき、尻尾攻撃。
ぶすり。一撃だ!
「キルコ様、ジェニーは拾っておきますか?」
「う、うん……。小銭を見つけた子供が車の前に飛び出したりなんかしたら危ないからね」
「なんとお優しいお方……!」
「バイトの時間もあるからボクも手伝うね」
「魔王でありながら自ら地面に屈まれるなんて……。地位を鼻にかけない謙虚なお方!」
そうこうしてるとドワーフの勇者も起きた。
「ウォーー! さすがは子供とはいえ魔王だな! 隷属魔法にかけられた途端に力がメキメキわいてきやがる! 今なら牛も素手で絞められそうだ。しかもそれを丸々食っちまえそうだぜ!」
「あははは」乾いた笑いを漏らす。
また身内が1人増えてしまった。食費がまた増えてしまう。お金が、お金が……。
「しめて93円でした!」
子供が車に轢かれずに済んだと思おう。
今日のお店もとことん暇だった。
「ニンジャの方は今日も大忙しだってさ」
昼休み、賄いのカレー(野菜もお肉もたっぷりで一律150円!)を食べていると、龍田さんがぽつりと呟いた。
ニンジャとは、oshinobi Curry Ninja,というスープカレー屋。
ボクらがいるマイコ……oasobi Curry Maiko,はそこの派生。
ニンジャはこちらとは天地の差の忙しさが日常だ。
「もごっ……!」ラム肉にかじりついていたため、僕は返事が遅れた。
「なんかさ、こんなにスローな時間を長く味わうとさ、余計なこと考えちゃうよね」
龍田さんスマホを触りながらため息をついた。指の動きで、この頃ハマってる、ゾンビだらけの世界で街を作って生き残るアプリをやっているようだ。今朝がたゾンビの襲撃に遭い、街の一つが滅んだと言っていた。
「そうですね」ボクは増加の一途をたどる食費について考えていた。
だから150円で栄養豊富な大盛りカレーにありつけるこの昼休みは、ボクにとって金銭的にも健康的にも重要なイベントだった。
「うちさ、ギターやってんだけど、なんかハタチも過ぎたのにいつまでそんなことやってんだろとか思っちゃうんだよね、暇だと」
そんなことないですよ、と言いたかったけど、言えなかった。
「……ボクんちのお隣さんも、芸人さんやってますけど、ハタチ過ぎで」
「んー」
そういうことじゃないよ、と言いたそうだったけど、龍田さんはそれきり黙った。
彼女が時たま、駅前の広場や町角の地べたにあぐらをかき、ギターを弾いて歌っているのは知っていた。人が頑張っている姿は好きだから、実は影で聴いていた夜もある。
だから……というのもある。ボクはやっぱり、そんなことないですよ……と言いたかった。
ボクだって、何年も停滞感や、鬱屈とした悔しさを味わっていたし。
こうも暇ですることがないと、自分が給料泥棒をしている罪悪感で押し潰れそうになるし、やっぱり環境を変えてみるべきなのかなと悩む日もある。
バイトを変えようと思ったりもするけど、そのためには面接がある。高校生の見た目なのに、履歴書に年齢が31と書いてあったら、相手もツッコマずにはいられないだろう。
コレは本当にあなたですか?
こわいことだ、それは。
「なにか資格や特技などは」と聞かれても、「HPが高いです」と答えるしかない。
ここの会社の人事の方は、「まぁ細かくはきかないわ」と採用してくれたけど……。
怪しい人物は雇われない。
この町は好きだ。けれども、仕事も場所も、もっと選択肢が欲しかった。まぁ追放者だから仕方ないよね。最高の生まれから、最低の身分になっても。
出自を探られることのないように、ひっそりとした、隠居を強いられた魔王。
朝からの、長く遅く感じる12時間が過ぎ、閉店のお掃除を始める。
だけど今更お掃除をするところもなく、いくらもしないうちにボクはタイムカードを切った。
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