第四十四話 完全無欠の生徒会長と未成年の告白


 ――学園祭、二日目。


「お待たせ、お兄ちゃん!」

「おお、お帰り、鞘」


 午前中から昼に掛けて体育館で行われた、部活動・同好会及び委員会活動――そして、生徒会の発表式。


 それらへの参加を済ませ、残りの仕事は他の部活仲間や生徒会役員に任せてきた鞘が、緑と合流する。


「時間、作れたんだな」

「うん、みんな協力してくれた」


 本日の鞘は制服姿である。


 昨日のようにコスプレ衣装は着ていないので、またファンに捕まってしまう心配も無いだろう。


「じゃあ、行くか」

「うん」


 というわけで、約束通り、緑と鞘は二人きりで学園祭を回ることになった。


「と言っても、クラスの出し物は昨日で終わっちゃったからな……」


 二日目は、主に部活動系や委員会系の出し物なので、活動報告や実績の展覧会みたいなものばかりだ。


「昨日みたいにお祭り的な出し物は少ないから、少し退屈かもしれないけど……」

「私は、いいよ」


 うーん……と唸る緑に、鞘は爽やかに笑いながら言う。


「お兄ちゃんと一緒に、文化祭デート……あ、いや、一緒に居られるのが嬉しいから」


 鞘がそう言ってくれるなら、何も問題は無い。


 緑と鞘は、一緒に二日目の文化祭を見て回る。


 まずは、文化系の部活動のエリアだ。


 文芸部が同人誌や文芸誌の即売会をやっていたり、軽音楽部がプチライブをやっていたりする。


 緑と鞘は、それらを巡回しながら楽しんでいく。


「あ、お兄ちゃん」


 そこで、二人は演劇部の発表が行われている教室を通り掛かる。


 演劇部は、体育館で演劇の発表もやっているが、それ以外にもここでは舞台用の衣装の展示会なんてものをやっていた。


 しかも、それらの衣装は試着ができ、コスプレ体験ができるそうだ。


「なんか、うちと被ってるな」

「ふふふ……」


 生徒達が、演劇部の衣装を着て写真を撮影したりしている。


 カップルで楽しんでいる者達も見当たる。


「……でも、私が家で着た衣装ほど、エッチなのはないね」


 不意に、鞘がヒソヒソと、そんなことを耳元で囁いた。


 その発言に、緑は思わずドキッとする。


「ま、まぁな……」

「お兄ちゃん、私達も家でコスプレ撮影会する?」

「な……」


 緑が驚いた顔で鞘を見る。


「私、お兄ちゃんが選んでくれた衣装なら、何でも着るよ」


 そう言って、恥ずかしそうに頬を染めながら、微笑む鞘。


「鞘……」

「……う、嘘嘘、冗談だよ」


 変な間が空いてしまったため、鞘は慌てて誤魔化す。


(……鞘……なんだか、美紅の影響受けてきていないか?)


 そんな彼女を見て、思う緑だった。




 ―※―※―※―※―※―※―




 その後――。


 園芸部が作った果物の試食会や、茶道部でお茶会体験なんかもして――気付けば、時刻は夕方。


「あ、そういえば、そろそろ校庭でキャンプファイヤーが始まるんじゃないか?」

「うん、行こう」


 キャンプファイヤーと共に、校庭では文化祭の閉幕式が開かれる予定だ。


 緑と鞘は、早速向かう。


 既に火が灯されており、巨大な篝火が校庭の中央で上がっていた。


 火を囲んで、周りで踊っている生徒達も見える。


「みなさーん! 盛り上がってますかー!」


 するとそこで、校庭に設置されたステージの上から、一人の女子生徒がマイクを持って叫ぶ。


 彼女は、放送委員会の人間だ。


「それでは! これから文化祭最後の大イベントを始めますよー!」


 司会の女子が、勢いよく叫ぶ。


「その名もー……『未成年の告白』! 今日、是非この人に言いたいことがあるという方は、ステージに上がって大きな声で告白してください!」

「随分、思い切った企画やってんなぁ」


 校庭の端で、その光景を緑と鞘は眺めている。


『未成年の告白』


 司会者に煽られ、次々に候補者達が手を上げる。


 そして、ステージに上がり、大声で告白を開始する。


 最初は、友達への隠し事や、黙っていた嘘を告白するような流れだったのだが……。


「佐藤(さとう)さん、俺、ずっと前から佐藤さんが好きでした!」


 遂に、この場のノリに押されて愛の告白をする者が出てきた。


 ステージの上から、集まった生徒達の中の相手に向かって、男子生徒が告白をしている。


「おお、やるなぁ……」

「ごめんなさい!」


 しかし、玉砕。


 佐藤さんに見事振られた男子生徒は、ステージ上で膝から崩れ落ちている。


 かわいそうだが……まぁ、良い思い出になることだろう。


「結構、勇気ある行動だよな……鞘?」


 そこで、ふと緑は鞘を見る。


 全校生徒の前での大告白――その光景を見詰めながら、鞘は胸の前で拳を握っている。


「お、お兄ちゃん……もし、私が……」

「?」

「……いや、なんでもない」


 言い淀み、誤魔化す鞘。


 そうこうしている内に、『未成年の告白』は終了する。


「あ、鞘さんだー」

「国島先輩も」


 そこで、鞘の友人達――一河、二科、三ノ宮を初めとした、クラスメイト達がやって来た。


 彼女達も、校庭に集まっていたようだ。


「鞘さん、国島先輩と回ってたんでしょ? 楽しめた?」

「あ、ああ、お陰で……」

「皆さん、お待たせいたしましたー!」


 そこで、ステージの上の司会者が声を上げる。


「今回の文化祭のクラス出し物、総合ランキングを発表します!」

「お、来た来た!」

「あたし達、これを聞きに来たんだよね」


 総合ランキング。


 売上金や出口アンケートの投票数、それらから総合的に判断される、文化祭の出し物の順位だ。


「栄えある、今年の一位は……」


 一拍置き、司会者は優勝者の名を口にする。


「二年二組、コスプレ喫茶!」


 わぁっと、一河達が声を上げる。


「やったぁ!」


 大盛り上がりである。


「やったな、優勝だ」

「うん!」


 無論、緑も鞘も嬉しくないはずがない。


 彼女達と肩を抱き合いながら、喜びを分かち合う。


「では、二年二組には賞品として、全員に学食の割引券五千円分をプレゼント! 誰か代表の方、ステージに受け取りに来て下さーい!」

「やばっ、誰が行く?」

「そんなの、鞘さんに決まってるでしょ」

「鞘さん目当てのお客さんが多かったし、初日に鞘さんがお店の外でも写真撮影したり、宣伝してきてくれたのが大きかったんだから」

「ほら、国島先輩も、鞘さんと一緒に」


 クラスメイト達に押され、緑と鞘が賞品を受け取りに行く流れになった。


「し、しかし……」

「鞘さん、行こう」


 緑は、鞘を連れてステージに上がる。


 鞘は、校長から賞品を受け取った。


 クラス全員分の学食割引券が入った、大きな祝い袋。


「あ、ありがとうございます」

「では、静川会長、何かコメントを!」

「えーと……」


 司会の女子生徒にマイクを向けられ、鞘は言葉を探す。


「その……今回は、私達のクラスに、このような名誉をいただきありがとうございます。これも、二年二組の皆が力を合わせた結果だと思います」


 お堅いコメントだ。


 それも、彼女らしい。


「とのことですが、お隣のお兄さんはどう思われますか?」

「んな……」


 司会者の言葉に、緑は言葉を失う。


 そう、既に緑と鞘の関係は、広く校内に知れ渡っているのだ。


「お兄ちゃーん!」

「国島せんぱーい!」

「お兄さーん! 鞘さんを俺に下さーい!」


 と、ステージ下の生徒達の中から声が聞こえてくる。


「あー、えーっと、そうですね……鞘さんは……」


 いきなり振られ、流石に緑もテンパる。


「とても、頑張ってくれました。ああ、クラスのみんなも」

「ですねー。アンケートでは、静川会長のメイド姿がとても好評とのことでしたが」

「ああ、その、彼女のメイド姿は、とても綺麗だったので、そうですね……見ていない方は、勿体なかったですね」


 緑のコメントに、校庭に集まった生徒達の中から笑い声が上がる。


 隣の鞘は、顔を真っ赤にして照れている。


 さっき、家でコスプレ撮影会をしよう、なんて言っていた人間とは思えない。


「だ、そうです、静川会長。お兄さんも、会長のメイド姿を絶賛していますよ」

「あ、その、う、嬉しい、です……」


 鞘は、あわあわしながらコメントを返す。


 まずい……と、緑は思う。


 こういう状況になると、鞘は結構地雷を踏むようなことを喋る確率が高いのだ。


「兄に気に入ってもらえて、光栄です」

「また、家でも着てあげて下さいね」

「は、はい、是非」


 ……かなりギリギリの会話が継続している。


「では、今回優勝した二年二組を代表して、静川会長と国島さんでした!」


 司会者が、そう締めの言葉を言うと、全校生徒が拍手する。


 よし、終わった。


 そう、緑も鞘も安堵した、その時。


「――では、最後に静川会長から、何か国島先輩に告白したいことは!」

「え!?」


 いきなりの無茶振り。


 もう終わったはずの未成年の告白が、鞘に振られる。


「え、ええ、えー、え……」


 パニクる鞘。


「鞘さん、落ち着いて――」


 と、言おうとする緑に対し、鞘は――。


「す、好きです!」


 そう、叫んだ。


「お兄ちゃんが、好きです!」


 ――全校生徒が集まった校庭が、静まり返った。




 ―※―※―※―※―※―※―




「………」

「………」


 その夜。


 国島家。


 リビングで、鞘はソファの上で体育座りをし、クッションに顔を埋めている。


『あ……ああああー! 無論、家族として! 家族としてという意味で!』


 あの告白の後、慌てて鞘はそう付け足した。


 しかし、全校生徒の前でとんでもないことを言ってしまったがゆえに、彼女は家に帰ってくるまでも、帰って来た後も、緑の顔を見られずにいた。


「鞘……あの告白に関しては、気にするな。大丈夫だって」

「………」

「あくまでも家族として、妹と兄としてって意味だって、みんなわかってくれたはずだから」

「うん……」


 まぁ、明日以降、どんな風にイジられることになるかはわからないが。


「……お兄ちゃん」


 そこで、鞘が静かに言う。


「お兄ちゃんは、どう思った?」

「え?」

「……私が、本当に、お兄ちゃんに告白したら、どう思う?」

「そ、それは……」

「……う、ううん、なんでもない。ご、ご飯にしよう」


 そう言って立ち上がる鞘。


 そこで、彼女の制服のポケットから、紙切れが落ちる。


「あ……」


 それは、先日の恋占いの紙。


 落ちた拍子に、紙が広がる。


「………」


 緑は慌てて、その紙を拾い、閉じる。


 見たいような見たくないような……。


 でも、見ちゃいけないと、なんとなく思った。


 兄と妹という一線を、越えないためにも。


(……俺が、ちゃんとしないと……)


 とりあえず鞘には、パニクっても変な事を言わないようにさせないといけない。


 そう、緑は結論をした。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ※次回更新は8月20日(土)を予定しています。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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