第四十二話 完全無欠の生徒会長と学園祭とマジ妹来襲
――そして、学園祭当日。
「いらっしゃいませー」
「二年二組、コスプレ喫茶へようこそー」
この学校の学園祭は、二日間開催される。
初日は主にクラスの出し物。
二日目は部活や生徒会、委員会活動の発表と全校イベントがあり、その翌日は後片付けとなる。
緑達のクラスは、滞りなくコスプレ喫茶を展開していた。
クラスメイト達がシフトに合わせ交代交代で店番に入り、接客をする。
その際には、好きな格好に着替えることになっている。
事前に用意されているコスプレ用衣装でもいいし、自分で持ってきたものでもいい。
コスプレが恥ずかしい場合は、制服でも、私服でもOKという形だ。
「いらっしゃいませー」
ちなみに、緑は裏方である。
一応、裏方でもコスプレ喫茶のコンセプト上、衣装を着ることになっているので、着替えてはいるが……。
「うーん……国島先輩、もっと他の衣装でもよかったんじゃないですか?」
「なんていうか……地味ですよねー」
大正の女学生の格好をした女子生徒と、チャイナドレスを着た女子生徒が、緑の格好を見てそう辛辣な感想を漏らす。
ちなみに、二人は鞘の友人達である。
今更ながら名前を紹介すると、大正の女学生のコスプレをしている方が一河(いちかわ)さんで、チャイナドレスを着ている方が二科(にしな)さんという。
「そ、そうかな……」
そして、一河と二科にそうコメントをされた緑のコスプレは……スーツである。
普通のスーツ。
サラリーマンみたいな格好だ。
それもその通り、サラリーマンのコスプレである。
「まぁ、二人に比べれば地味だけど、俺は接客要員じゃなくて裏方だからさ。それに、これくらいの方が俺には似合う……」
「それじゃあコスプレの意味ないでしょう!」
「そうそう! 妹さんを見て下さいよ!」
一河と二科が、店内を指さす。
「鞘さん! お客様がご指名でーす!」
「い、いらっしゃいませ……」
囚人服のコスプレをしている、鞘の友人三人目に呼ばれ――ちなみに、名前は三ノ宮(さんのみや)さん――鞘が、新規のお客さんの机に行く。
鞘の格好は、メイド姿。
しかも、数日前、準備期間の時に着たものとは違う――古風な、クラシックタイプのメイド服である。
「似合ってるよねー、鞘さん……本当にプロのコスプレイヤーみたい」
「鞘さん目当てのお客さんで、満員御礼だし」
そう――コスプレ生徒会長の宣伝効果はすさまじく、緑達のクラスの出し物――コスプレ喫茶は、中々の繁盛を迎えていた。
お陰で、裏方の緑も大忙しである。
「国島せんぱい! 三番席の注文用意が遅れてますよ! ボサッとしない!」
「ああ、わかってるって」
同じく同時間にシフトの入っている小花が、トレイをバンバンと叩いて緑を急かす。
ちなみに、小花のコスプレ衣装は、天使である。
全身を白いふわふわなドレスで包み、背中から羽を生やしている。
頭には天使の輪……の代わりに、ティアラが乗っている。
「………」
「なんすか? ど、どうせ似合ってないとか思ってるでしょ!」
そんな小花の格好を黙ってジッと見詰める緑に、小花が若干赤面しながら蓮っ葉に噛み付く。
「まぁ、確かに小花ならどっちかっていうと小悪魔って感じだよな」
「あー、絶対言うと思った! 絶対に言うと思った! 本当に想像通りの言動しかしないですね、せんぱい! せんぱいなんて地味リーマンじゃないですか! 本当に将来うだつの上がらない平社員になりそう!」
「冗談だって」
元気に騒ぐ小花に、三番席の注文――アイスコーヒー二つを渡しながら、緑は微笑む。
「似合ってるよ。天使の格好した小花、なんだか印象が変わって可愛いな」
「……~~~バカ!」
怒らせてしまったようだ。
小花はトレイを持って、早足で三番席へと向かっていった。
―※―※―※―※―※―※―
さて。
そんな感じで時間は流れ――。
「そろそろ交代の時間か」
緑のシフトが終了する時間まで、あと五分ほど……。
腕時計を見ながら、緑は時間を確認していた。
そこで――。
「お兄ちゃん、手を上げろ」
背中に、ふにゅっと、何か柔らかいものが押し当てられる感触。
そして、聞き覚えのある声が。
「……その声は、まさか」
緑は振り返る。
「……美紅」
「美紅ダヨー」
美紅だった。
以前緑の家に来た時と同じ、サイズの大きい白いパーカーに、ホットパンツ、そして首にヘッドホンを巻いた、あの格好の美紅がいた。
ちなみに、背中に押し当てられていたのは美紅の胸だった。
「お前、どうしてここに……」
「学園祭やってるって聞いたから、遊びに来た」
真顔でピースサインしながら、美紅が言う。
「将来的には美紅も通うことになる高校だし、予習ということで。ダメ?」
「まぁ、別に来ちゃダメだとは言わないけど……」
「え? 誰、その娘?」
「国島先輩の知り合い?」
そこで、緑と一緒に居る美紅の存在に気付き、クラスメイト達が集まってくる。
(……ああ、面倒だな……)
この妹を紹介するのは、中々に気力を使いそうだなぁ。
そう思いながらも、紹介しないわけにはいかないので、緑は口を開く。
「えーっと、俺の血の繋がった妹で……」
「はじめまして、岡部(おかべ)美紅といいます」
ぺこりと、美紅は皆に頭を下げた。
「国島緑とは同じ親の兄妹で、数年前に離婚した母方の方に引き取られました。本日は、兄の通う高校の文化祭に興味を持ち、お邪魔させていただいた次第です」
「………」
礼儀正しく喋る美紅に、緑は戦慄を覚える。
完全に猫被ってる……。
「へー! 国島先輩の、本当の妹さん?」
「かわいい! 今何歳なの?」
「中学三年生です。来年、この高校を受験しようと考えています。先輩方にご挨拶できて感激です」
いじらしく言う美紅の姿に、皆はハートをキャッチされてしまったようだ。
「へぇ、美紅ちゃんっていうんだ!」
「来年、うちに来るんだって!」
「美紅ちゃん、どこの中学?」
「お菓子食べる?」
「………」
これが、天性の愛され体質か。
瞬く間にクラスメイト達に囲まれて可愛がられている美紅を見て、緑は内心で思った。
「美紅ちゃん、今日は一人なの?」
「はい。兄を訪ねに来ましたので」
「そうだったんだ」
「国島先輩、もう交代の時間ですよね? あれだったら、美紅ちゃんを案内してあげたらどうですか?」
「え?」
クラスメイト達からのいきなりの提案に、緑は驚く。
そんな緑の元へ、美紅が帰ってくる。
「美紅、お前……」
「美紅は策士。計画通り」
外堀を埋める作戦だったか……。
「さぁ、観念するのだ、お兄ちゃん。美紅と学園祭デートをするのだ」
ヒソヒソ声でそう迫ってくる美紅。
すると、そこで――。
「あ、鞘さん」
そんな声が聞こえ、緑と美紅は振り返る。
「美紅ちゃん?」
気付くと、鞘がそこにいた。
美紅が居ることに驚きつつ、緑の方も見ている。
「あれ? 鞘さんも、美紅ちゃんのこと知ってるの?」
「あ、ああ、一応……」
「うちは前の母方とも良好な関係を続けられてるから、美紅も鞘さんと面識があるんだ」
余計な気遣いを避けるため、緑は先に宣言しておく。
「あ」
美紅も、鞘に気付いたようだ。
鞘の方へと近付いていき――。
「お久しぶりです、鞘さん。兄がお世話になっております」
そう、恭しく挨拶をした。
「う、うん、久しぶり……美紅ちゃん」
先日からの変貌ぶりに、美紅も戸惑っている。
「メイド服、とてもお似合いですね」
「あ、ありがとう」
「この後、美紅はお兄ちゃんと学園祭を見て回る約束がありますので、では」
「え、え?」
美紅の言葉を聞き、鞘は目に見えて狼狽える。
「おに……国島先輩と?」
「あ、もしあれだったら、鞘さんも一緒に行く?」
そこで、友人の一河がそう発言した。
「せっかくだから、兄と妹達、水入らずで」
「そ、それは……」
一河の発言を受け、動揺しながらも、ちょっと嬉しそうな鞘。
一方、美紅は若干頬を膨らませている。
「あ、でも、鞘さんってまだシフトが入ってたよね?」
「そうそう、お客さん達、鞘さん目当てだし」
「あ……」
そう、当初の予定で、稼ぎ頭の鞘は、限られた時間の中、可能な限りシフトに入るように計画されていたのだ。
「そ、そうだった、仕方がないけど……」
目に見えて落ち込む鞘。
「……いやいや、大丈夫でしょ」
そこで、三ノ宮が声を上げた。
「鞘さんに頼りっぱなしっていうのもアレだし、あたしらだけでも頑張らないと!」
「そうそう、っていうか、今のところまでで正直予想以上に稼いでるし、もう全然全校一位取れるんじゃない?」
続いて、一河が。
「というか、鞘さんがメイド服着て校内を楽しそうに歩いてたら、それだけで宣伝になるし!」
二科も言う。
「というわけで、鞘さん、遠慮無く!」
「行ってらっしゃーい!」
「国島先輩、お願いしまーす!」
友人達に後押しされ、鞘は緑と美紅と共に、教室の外へと押し出された。
「……気を、使われちゃったかな」
「多分な」
廊下に出た鞘と緑は、一河達の言動を思い出し、顔を見合わせる。
「……良い友達だな」
「……うん」
そして、共に微笑を浮かべた。
「むー」
そんな二人の間に、美紅が割って入る。
「しょうがないなー、鞘は余計だけど、一緒に付いてきていいよ」
「美紅ちゃん……」
「ただし、お兄ちゃんに迷惑が掛からないように、きちんと節度を守った妹でいること。いい?」
「節度を守った妹って何だ」
相変わらず偉そうな美紅の頭を、緑はぽむっと叩く。
「わ、わかった、おに……国島先輩に恥じない妹でいるよう努める」
「真面目に取り合わなくて良いよ、鞘さん」
美紅の言葉に真剣に頷く鞘を見て、緑は一抹の不安を覚えるのだった。
―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―
※次回更新は8月16日(火)を予定しています。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作を読み「おもしろい」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、★評価やレビュー、フォローや感想等にて作品への応援を頂けますと、今後の励みとなります!
どうぞ、よろしくお願いいたします(_ _)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます