第三十三話 完全無欠の生徒会長と夏祭り


「おー、久しぶりに来たけど、やってるなぁ」


 建ち並ぶ屋台に、吊り下げられた提灯。


 祭囃子のBGMが流され、夕方の時間帯ながら老若男女が行き交い活気に溢れている。


 緑の暮らす地区にある、結構大きめの神社。


 その近くの商店街や空き地を使って、盛大に夏祭りが開催されていた。


「凄い。私の想像だと、もっと小規模なものだと思ってたから……」

「何気に参加者が年々多くなってて、徐々に規模が拡大されてるんだってさ」


 緑は、隣の鞘に説明する。


 鞘は今、先日買った浴衣を着ている。


 白地に、紫と桃色がグラデーションを描く、朝顔の彩られた浴衣。


 赤い帯の上には腰紐が巻かれており、手には和風な小物入れ。


 足下は足袋と草履。


 髪を巻き上げ簪を挿し、うなじを露わにしている。


 かなり本格的な装いだ。


 普段学校で見せる凜然とした、大和撫子な印象の強い鞘だけあって、こういった和装がよく似合う。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、改めて似合ってるな、と思って」


 緑が言うと、鞘はカッと頬を染める。


「あ、ありがとう。お兄ちゃんも、似合ってるよ」

「そうか? 無理に褒め返さなくてもいいぞ」


 かくいう緑も、今日は全体的に夏の外出用の格好をしている。


 青地でワッフル素材のカットソー。


 下は白のクロップドパンツ。


 涼やかで、夏らしい爽やかな格好だ。


「そんなことないよ。なんだか、夏祭りデートみたい」


 モジモジしながら、そう呟く鞘。


 そう言われてしまうと、緑もなんだか恥ずかしくなる。


「と、とりあえず行くか」

「う、うん!」




 ―※―※―※―※―※―※―




 緑と鞘は、夏祭りの屋台を見て回ることにした。


 しかし改めて、本当に多くの人々が集まっているのだということに気付く。


 親子連れ、友人同士、老夫婦、様々な年代のグループを見掛ける。


 中でも一番多く見るのは、やはり若いカップルだ。


 しかも、周囲を行き交う人波の中には、鞘達と似たような服装の組み合わせのカップルが多い。


『なんだか、夏祭りデートみたい』


 そう言った鞘の言葉を思い出し、緑は顔に熱が発生するのを自覚する。


 無料でもらったうちわで、顔を仰ぐ。


「あれ? 今のって……」


 そこで、どこかから微かに声が聞こえた。


「今、会長いなかった?」

「会長って、静川会長?」


 そんな、男同士の会話が耳に届いた。


 緑達の学校の生徒だろうか?


「ああ、すげぇ綺麗な浴衣姿だったけど……あれ、どこ行った?」


 そんな彼等の会話も、人混みの中に消えていく。


 どうやら、顔見知りが何人か参加しているようだ。


(……大丈夫かな? 俺が一緒に居て)


 別に、近所の夏祭りに兄妹で参加しているだけなのだから、何も問題は無いのだが……。


「あ、お兄ちゃん、見て見て」


 一方、鞘はそこで、ある屋台を発見して緑に話し掛ける。


「冷やしパインだって」


 鞘の言う通り、それは冷やしパインの屋台だった。


 大きなブロック状の氷の上に、串に刺さったパインが並んでいる。


「ああ、冷やしパインだな」


 特段珍しいものでもないので、そう緑は普通に返す。


 すると、鞘は驚いたような顔になった。


「え……冷やしパインって、もしかしてそんなに珍しいものじゃないの?」

「鞘、もしかして知らないのか?」


 そう言うと、鞘は恥ずかしそうに顔を赤らめ「あ、あまり夏祭りに来た事も無かったから……」と、呟く。


 そんな鞘が可愛らしく、緑は自然と微笑みを浮かべていた。


「ちょっと、食べてみるか?」


 緑は、屋台に並び冷やしパインを購入する。


「ほら」

「うん、ありがとう」


 鞘は緑から冷やしパインを受け取り、一口囓る。


「おいしい! パインのシャーベットみたい!」

「かなり冷えてるからな」


 生まれて初めて食べる冷やしパインに、鞘は感動したのか、目を輝かせている。


 すると、鞘がそこで、緑に冷やしパインを差し出してきた。


「お兄ちゃんも、食べる?」

「お、じゃあ一口」


 鞘から受け取り、緑もパインを囓る。


 口の中に含んだパインは、噛む度にシャリシャリと音を鳴らし、確かにシャーベットのようだ。


 それでいて、しっかりと果肉はある。


「俺も結構久しぶりに食べるな、これ」


 緑は、鞘に食べかけの冷やしパインを返す。


「あ……」


 そこで、鞘が気付く。


「どうした?」

「間接キス……だね」


 鞘の言う通り、二人の口を付けた部分が重なっている。


「あ、すまない。嫌だったか?」

「ぜ、全然! 嫌じゃないよ!」


 緑が謝ると、鞘は慌てて否定する。


「その、なんていうか……もう、慣れちゃってるのかな、俺」


 何せ、普段からほっぺにチューが当然のようになってしまった関係だ。


「そ、そうだよね、家族同士なら、口を付けたかどうかなんて、別にそんなに意識しないよね……」


 どぎまぎしながら、鞘が言う。


「………と、とりあえず、他の店も回るか!」


 空気を切り替えるため、緑はそう言い放った。


 その後も、緑と鞘は、夏祭りの屋台を見て回る。


 射的や型抜きに挑戦したり、リンゴ飴やチョコバナナを食べたり。


「夏祭りって、こんなにいっぱい楽しいことがあるんだ……」


 鞘はそう言って、楽しそうに笑う。


「お、もうすぐ神社だな」


 そんな風に歩き回っている内に、緑と鞘は神社に到着。


 それと同時だった。


 ヒュー……という、甲高い音が聞こえたかと思うと、一拍の静寂の後、空が色鮮やかに染まった。


「お! 花火が始まった!」


 打ち上げ花火だ。


 一拍遅れ、ドーンという重低音が響き渡る。


「凄い迫力!」

「ああ、どこかで、ゆっくり見られるところはないかな……」


 緑は周囲を見渡す。


 人混みの中で立ったままでは、いまいちリラックスしながら見られない。


 けれど、ちょうど良いところのテラス席や椅子などは、もう埋まってしまっている。


「……そうだ」


 そこで、緑は思い出した。


 ずっと昔――まだこの夏祭りが、ここまでの規模ではなかった頃。


 幼少の頃の緑が参加した時、綺麗に花火を見られる特等席を発見したのだった。


「鞘、こっち」

「え、お兄ちゃん?」


 緑が、鞘の手を引く。


 向かった先は、神社の境内奥の森の中。


「足下に気を付けて」

「う、うん」


 緑と鞘は、森の中をどんどん進んでいく。


 やがて、木々が拓ける場所に出る。


「思い出したんだ。ここに、花火を観るのに絶好のスポットがあったって」

「わぁ……」


 この神社は、小高い丘の上に建造されている。


 森の奥には、町並みを見下ろすことのできる、標高の高い場所がある。


 そこから、真正面で打ち上がる花火を観ることができるのだ。


「綺麗……」


 空を染め上げていく色彩豊かな花々。


 それを前に、鞘はうっとりと目を細める。


 そんな彼女の横顔が、和装も相俟って、色気に満ちていて……。


 緑は、花火よりも、むしろ鞘に見入ってしまった。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「あ、いや……」


 鞘の顔を凝視していたことに気付かれ、緑は慌てて視線を逸らす。


「……お兄ちゃん、この浴衣、似合ってるって言ってくれたよね」


 そこで不意に、鞘がそう呟く。


「あ、ああ」

「も、もしかして、見惚れちゃった? ……な、なんて」


 指先と指先を合わせ、そこで鞘は、冗談交じりにそんなことを口にした。


 彼女が言うには珍しい台詞だ。


 それだけ、気分が高揚しているのかもしれない。


「……否定は、しない」


 緑は、そんな鞘に、正直に返す。


 ドン、と、空に花火が上がる。


 その光で照らし出された鞘の顔は、真っ赤に染まっていた。


 大きく目が見開かれ、目前の緑を驚いたように見上げている。


「……お兄ちゃん」

「……ん?」


 そこで、緑は不意に、気付く。


 周囲――森の中の木々に隠れるようにして、あちこちから囁くような声が聞こえてくる。


 誰か、いる?


 しかも、あちこちに、複数人。


 その正体は、次に上がった花火の光によって、明らかとなった。


 カップルだ。


 あちこちで、カップルが引っ付き合い、顔を近付け、互いの体に手を回し、中には浴衣の隙間から手を差し込んで、嬌声を漏らしている者も――。


(……しまった)


 この森、恋人達の盛り場になっていたのか。


「お、おに、お兄ちゃん……」


 鞘も、その事実に気付いたのだろう。


 あわあわと、声にならない声を上げている。


「お、落ち着け、鞘。とりあえず一旦脱出――」

「おい、本当にこっちに来たのか?」

「本当だって! さっき見掛けたのは、やっぱり静川会長だったんだよ!」


 急いでこの森から脱出しようとしたところで――だった。


 近くから、そんな声が聞こえてきた。


(……この声は――)


 緑には、聞き覚えがある。


 先刻、鞘と一緒に人混みを歩いている際に聞こえてきた声。


 多分、緑達と同じ学校の男子生徒。


「この森に入っていくところが、見えた気がしたんだよ」

(……まずい!)


 鞘が緑と一緒にいるだけなら、まだ言い訳が立つ。


 しかし、この場所が悪い。


 こんなところに、鞘が男と――しかも、緑と一緒に居るところを見られたら――。


 良かれ悪かれ、どんな噂が立つか。


「お兄ちゃん、今の声――」


 花火が上がる。


 周囲の光景を照らし出す。


 声の主達――ラフな格好をした男子達は、すぐそこまで来ていた。


 しかも、こちらに視線を向けている。


 緑はすかさず、鞘の腕を引っ張る。


 そして、近くの木に彼女を押し当て、自分が前に立ち、壁になる。


 体を密着させ、できる限り自分の体で、鞘の姿を隠す。


「お、おに……」

「鞘、静かに……」

「あれ? 今の――」

「おい、待て! ここって……」


 そこで、二人組の男子の片割れが、ここが恋人達の盛り場だと気付いたのだろう。


「やべぇって、帰るぞ!」

「いや、静川会長が……」

「会長がこんなところにいるわけねぇだろ!」


 背後、二人組が急いで元来た道を帰っていく音が聞こえる。


「……もしかして、学校の?」

「……ああ、危なかったな」


 密着させていた体を離し、緑は鞘の手を取る。


「とりあえず、俺達もこの森を脱出しよう。別の出口を知ってるから」


 緑は鞘を引っ張り、森を進む。


 そして、出口に到着。


「ふぅ……」


 そこまで来て、一安心したように息を吐いた。


「ありがとう、お兄ちゃん。私を守ってくれて」

「ああ、あんな場所で俺達が一緒に居るところを見られたら、よからぬ噂が立てられそうだからな」


 そう苦笑する緑。


 一方鞘は、視線を地面に落とし――。


「私は……それでも、よかったかな」


 緑にも聞き取れないほどの小さな声で、そう呟いた。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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