第十一話 完全無欠の生徒会長とホラー映画part2
「お兄ちゃん……」
――その日。
夕食を食べ終えた後のリビングにて、鞘が真剣な表情を浮かべ、緑に向き合って来た。
「ど、どうした? 鞘」
「……お願いが、あるんだけど」
いつになく鬼気迫る雰囲気の彼女に、若干気圧され気味の緑。
そんな緑に、鞘はバッとテレビの方を指さし、宣言する。
「また一緒に、ホラー映画を観て欲しい!」
「……え?」
「ホラー映画に再挑戦したい!」
胸の前で両手を握り、懇願するように鞘は言う。
「私も、その……お兄ちゃんと一緒にホラー映画を楽しめるようになりたいから……だから、ホラー映画を観られるように克服したい」
一生懸命、決死の覚悟のように訴えてくる鞘ではあるが、その動機はあまりにもかわいらしすぎる。
そんな理由で迫られたら、断るのも野暮というか、かわいそうな気もする。
「まぁ、別に大丈夫だけど……」
というわけで、若干心配はあるものの、緑は鞘と共に、また一緒にホラー映画を観ることになった。
テレビを点け、ホラー映画のラインナップの中から一つを選ぶ。
以前、まだ鞘と家族になって間もない頃、偶々彼女と一緒に観ることになったものだ。
あの時は、直後に鞘から思い掛けない告白を受け、二人の関係性が大きく変わることになった。
そちらの方の印象が大きく、あまり記憶に残っていないかもしれないが。
しかし、一度観ているのだから、これならまだ大丈夫だろう……と思い、緑は選択したのだった。
だが……。
「あ、うぅ……」
ソファに座った緑の隣。
相変わらず、鞘は膝を抱えて体育座りをし、顔を半分膝に埋めながらテレビを観ている。
直視を避け、時には目を瞑り、ビクビク震えている。
そして、大きな効果音と共に悪霊が現れるビックリシーンが来ると――。
「きゃあっ!」
「わ!」
鞘は驚いて、緑に抱きついてきた。
「ご、ごめんなさい……あうあう」
恐怖と羞恥で、目をグルグルと回している鞘。
普段の彼女からは全く連想できないほど、情けない姿だ。
「ダ、ダメだ……全然克服できない……」
落ち込む鞘。
「いや、別にいいんじゃないかな」
そんな彼女を見て、緑はフォローするように言う。
「ホラー映画なんだから、怖がって当然。むしろ、作った側からしたらこれだけ怖がってくれるなんて、鞘の方が良いお客さんかもしれないし」
「怖がって、いいのかな……」
「ああ、怖かったら、思う存分抱きついてきていいぞ」
そう冗談交じりに言うと、鞘は「……も、もう」と、真っ赤になってジト目を向けてくる。
そんな彼女を見て、緑は笑う。
その瞬間、再び爆音と共に恐怖シーンが訪れる。
すると、今度は鞘が「きゃー!」と、勢いよく緑に抱きついてきたのだ。
遠慮無しで、胸や太腿や、体を密着させてくる。
「わ、ちょ、鞘……」
「えへへ……」
どこか楽しそうに微笑む鞘。
(……もしかして、俺に抱きついて甘えるために怖がるという楽しみ方を見出している?)
あたかも、ジェットコースターとかの絶叫マシンのように。
そんな緑の想像を肯定するかのように、その後も、度々鞘は勢いよく緑へと抱きついてきた。
そうこうしている内に、映画も終了。
「ああ、面白かった。すっかりホラー映画も克服できたし」
「いや……最後まで、ずっと抱きつきっぱなしだったけど」
エンドロールが流れる画面を前に、鞘は緑に引っ付いている。
そう言われ、彼女も「えへへ」と照れ臭そうに笑う。
「……あ」
そこで、鞘が何かに気付いたように声を漏らす。
彼女の視線は、緑の手に向けられていた。
不自然に空中に持ち上げられた両手。
緑は、抱きついてくる鞘を意識しながらも、手を上に上げて彼女の手首や肩を不意に触らないように注意していたのだ。
「もしかして、私に触れないように、気を付けてくれてた?」
「あ、まぁ……」
目線を逸らしながら答える緑。
「……優しいね、お兄ちゃん」
そんな緑に、鞘は微笑む。
「ありがとう、でも……」
そこで、鞘は緑の手を取り、自分の肩や手首に触らせる。
華奢だが肉付きの良い、彼女の柔らかな肉体に触れ、ドキリと、緑の心臓が高鳴った。
「私、お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
「………」
しかし、そう言って穏やかに微笑む鞘を前に、緑は心が暖かくなる感覚に見舞われた。
それだけ、彼女は自分に心を許してくれている――ということだ。
「そうか、よかった」
「お兄ちゃんのお陰だよ」
……静かな空間。
しばし、二人は黙って見詰め合う。
その時だった。
暗くなったテレビ画面から、不意に爆音が轟いた。
瞬時、緑は思い出す。
そうだ、この映画……エンドロールの終わりに、不意打ちで最後のビックリシーンがあるんだった。
「―――!」
完全に気を抜いていた鞘は、声も発することなく、兎のように飛び跳ね仰天。
そして、今度は緑の胸に顔を埋めた。
「………っ」
「……………………ビックリした……」
胸の中で、鞘が囁く。
「俺も……ドキドキした」
「…………聞こえる」
緑の胸に顔を当てている鞘には、心臓の鼓動が伝わっているようだ。
でも、このドキドキは、ホラー映画の演出のせいだけではないと、そう思う緑だった。
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