第十話 完全無欠の生徒会長と学食です


「ごめん! 本当にごめん!」


 国島家において、両親が不在である事の多い緑と鞘は、互いのスケジュールを確認し合い、食事の用意をする当番を決めていた。


 しかしその日の朝、朝食と弁当の当番だった緑は、誤って寝坊してしまったのだ。


 つまり、朝食に加え、昼の弁当も無し――ということになってしまったのである。


「俺としたことが、どうして今日に限って寝坊しちまったんだ!」

「仕方がないよ……わ、私のせいかもしれないけれど」


 ……昨夜は、鞘に罰ゲーム付きババ抜きでのリベンジを申し込まれたのだ。


 それで深夜まで盛り上がってしまったのも、原因の一つかもしれない。


 しかし、いつまでも悔やんでいても仕方がない。


 鞘と緑はカモフラージュのために登校時間をずらしている。


 今日は緑が早めに登校し、少し遅れて鞘が家を出る予定だったので、もう緑は出発しないといけない時間だ。


 出発が遅れれば、鞘にもこれ以上の迷惑を掛ける事になる。


「本当に申し訳ない。この埋め合わせは絶対にするから」

「そ、そんなに気にしなくても大丈夫」


 玄関で出発の準備をしながら平謝りの緑に、鞘はフォローをする。


「お昼ご飯に関しては、食堂もあるからそこを利用すればいいし」

「あ、そうか」


 今まで、学食を使ったことが無かったのですっかり忘れていた。


 何はともあれ、鞘とそんな会話を交えつつ、緑は大急ぎで家を出たのだった。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――そして、お昼の時間。


 緑は、校内の学生食堂に訪れていた。


 学年問わず、多くの生徒達で賑わう食堂は、結構広い。


 何気に、ここを利用するのは初めてだ。


 学食は、なんだか陽側の人間がたむろする場所というイメージがあり、そこに緑が来るのは場違いな感じがあったので。


 いや、それ以前に、いつも昼食は自分で用意していたので、必要なかったと言えばそれまでだが。


 何はともあれ、緑は適当にランチのカレーライスセットを購入すると、お盆を持って席を探す。


 ほとんどの座席が既に他の生徒達で埋まっている中、運良く空いている席を発見する事が出来た。


「あ、せんぱいだー」


 着席したところで、隣の席から聞き慣れた声が聞こえた。


 嫌な予感がして視線を向けると、真横の席に小花が座っていた。


 彼女も学食を利用していたようだ。


 小花以外にも、今時の陽キャっぽい見た目の女子生徒が三名ほど、同じ席を囲んでいる。


 友人達と昼食中だったようだ。


「こはく、誰ー?」

「ほら、国島せんぱい。あたしのクラスの」

「ああ、いつもこはくが話してる留年したせんぱいねー」


 小花は、どうやら他のクラスの友達にも緑のことを話していたようだ。


 まぁ、多分ネタにしてたのだろうということは、その友人達の表情と反応を見ればわかる。


「珍しいですね、せんぱいが食堂に来るなんて。あ、もしかしてボッチっすか?」

「弁当作ってくるの忘れたんだよ」


 相変わらずの調子で絡んでくる小花に、緑もいつもの感じで返す。


 そんな緑に、小花はわざとらしく溜息を吐きながら。


「しょうがないなー、寂しい先輩もこっちの席で一緒に――」


 と、言おうとしたところで、不意に周囲がザワつき始めた。


 皆が、一点に視線を向けている。


 見ると……。


(……鞘)


 生徒達の視線の先には、鞘がいた。


 彼女も食堂にやって来たようだ。


 そう、鞘も今日は弁当が無いため、学食利用である。


 会長が学食に来るなんて珍しい――と、皆が驚いている。


 鞘は、注文したハンバーグランチセットの乗ったトレイを持ち、席を探している様子。


 そこで、緑がいることに気付いた。


 瞬間、鞘が緑の席に真っ直ぐ向かってくる。


「相席、いいですか? 国島先輩」

「え?」


 そして、緑の向かい側の椅子に座った。


 周囲のざわつきは、更に強くなる。


「おい、なんだあいつ」

「なんで会長と一緒にランチタイムを……」

「一体、何者だ?」


 そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。


 隣の席の小花達も、ポカンとしているようだ。


 一方、目前の鞘は「ふふふ……」と、嬉しそうに微笑みを零している。


「どうしたんだよ、鞘……」


 そんな彼女の行動に、緑は声を潜め慌てて問う。


「他の席で食べれば良いだろ……俺と一緒に居たら、こんな感じになっちゃうって……」


 とは言え、彼女が学食を利用する原因となったのは自分の寝坊のせいだ。


 あまり強くは言い出せない。


 というか、皆の注目が集まる中であまり大声は出せない。


「ごめんなさい、お兄ちゃん」


 鞘も、緑にしか聞こえないくらいのヒソヒソ声で会話する。


「でも、私はなんだか楽しい」


 鞘……この秘密の関係を共有する状況を、どうにもエンジョイしている様子である。


 危機感が薄いのか……。


 いや、別に危機感とかは緑が勝手に心配しているだけと言えば、そうなのだが。


 しかし、彼女も彼女で、中々好奇心旺盛というか……。


 学年問わず結構な数の生徒達から注目を集めるこの状況は、緑としては慣れない環境であるし、気が休まらない感じもある。


「え……え?」

「こはく、国島せんぱいって会長と仲良いの?」

「………」


 一方――向かい合って昼食を取る鞘と緑のそんな様子を、小花と友人達は始終、驚いた顔で見ていることしかできずにいた。




 ―※―※―※―※―※―※―




 ――その夜。


「お兄ちゃん。私、明日もお兄ちゃんと一緒に学食でいいかな」

「……いや、ちゃんと弁当は用意するよ」


 どこかウキウキしている鞘に、そう断言する緑。


 もう絶対に寝坊はしないようにしようと、心に決めたのだった。




―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―




 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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