親が再婚した結果、完全無欠の生徒会長に「お兄ちゃん」と呼ばれるようになった

機村械人

第一章 出会い~夏休み編

プロローグ 生徒会長と落第生

 静川鞘(しずかわ・さや)は完全無欠の生徒会長である。


 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、品行方正……生徒教員、男女問わず、皆が憧れる美貌の才人だ。


 長い黒髪。


 切れ長の目。


 羽のような睫。


 スッと通った鼻梁。


 ほんのりと赤い唇。


 彼女は今、教室窓際の自分の席に座り、授業前の予習をしている。


 教科書に視線を走らせる姿が、絵になるとは正にこの事。


 それは誇張表現などではなく、彼女の向こうの窓の格子がそのままキャンバスとなって、まるで一枚の絵画のように見えるのだ。


 思わず、見惚れてしまうほどの名画である。


「今日も美しいな、会長は」


 ふと耳をすませば、そんな彼女を見て同じような感想を抱いた者達の、感嘆と賞賛の声が聞こえてくる。


「すげぇよな、この前の中間テストでも学年一位だったし」

「というか、一年の頃から試験はずっと一位を取って来てるんだぜ」

「所属してるバレー部でも、去年からレギュラーで活躍してるし」

「綺麗だよねぇ、静川会長。肌もきめ細かくて、プロポーションも整ってるし」

「それに、性格も良いし」

「あんな娘と付き合えたら幸せだよな」

「お前じゃ釣り合わないって。それに、絶対カレシいるだろ」

「いや、なんでも男が苦手なんだって。男慣れしてなくて、触られたりしたら固まっちゃうって本人が言ってたとか」

「何それ、かわい過ぎん?」


 そんな賛美が、男女問わずあちこちから聞こえてくるくらいには、やはり彼女は完全完璧な優等生――高嶺の花といった存在なのだ。


「おやおや? どうしたんですか? 国島(くにしま)せんぱい。ボウッと空中を見詰めちゃって」


 一方、そんな静川鞘を見詰めていた彼――国島緑(くにしま・みどり)の頭を、ペムペムと叩いてくる奴がいる。


 隣の席の小花こはく(こはな・こはく)だ。


「ポカポカ陽気に当てられてボウッとしちゃったんですか? だからって授業中は寝ちゃダメですよ。また留年しちゃいますからねー?」

「うるさいな、小花」


 ケラケラと笑いながらイジってくる彼女を、緑は溜息混じりに見返す。


 黒目がちな丸い瞳に、ボーイッシュなミディアムヘア。


 髪色は明るく、それが美少女と呼んで差し支えない彼女の容貌を華やかに彩っている。


 スタイルもスラリとしたモデル体型で、十分かわいい。


 しかし、それはあくまでも見た目だけの話であって――。


「それとも、静川会長に見惚れちゃってたりして」


 にししし、と口に手を当てながらジト目を向けてくる小花。


 性格の方は、こんな感じである。


「まぁ、見惚れちゃうのも無理は無いっすよね、会長と先輩じゃスッポンが月を見上げるようなものですから」

「文学的にディスりやがって」


 隣の席からウザ絡みしてくる小花を、緑はいなす。


 ふと、そんな緑達の姿を遠目から見ている数名のクラスメイトに気付く。


 しかし、緑がそちらに顔を向けると、彼等は慌てて視線を外した。


 まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。


 緑は嘆息を吐く。


 ――国島緑は、諸事情により留年している。


 この二年生のクラスにはいるものの、年齢は彼等よりは一歳年上である。


 更に留年した事情が事情なので、どうにも接し難い雰囲気を出してしまっているようだ。


 きっと、年下の同級生達にとって緑は、異分子――腫れ物のような存在なのだろう(小花は例外だが)。


「………」


 視線を窓際へと戻す。


 静川鞘は今、他のクラスメイト達と仲良く話をしている最中だった。


 小花が言うように、彼女と自分は雲泥の存在だ――と、緑は素直に思う。


 かたや学年、男女を問わず、教員達からも羨望される完璧人間。


 かたや留年し、年下の同級生に囲まれ、意地悪な後輩にはウザ絡みされる落第生。


 きっと、自分のような人間と彼女のような人間は、この先関わることも交わることもないのだろう――。


 そう思っていた。


 ………。




 ――




「ただいま」


 学校が終わり、自宅へと帰宅した緑は、玄関の前に立つ。


 そして、扉を開けた。


 本来なら、自分のような普通……いや、普通以下の人間は未来永劫、静川鞘のような人間と交わることはない。


 ……その、はずだった。


「お帰り、お兄ちゃん」


 緑が帰ってきた事に気付き、リビングから現れたのは。




 私服の上にエプロンを着け、純粋無垢な、いつものキリッとしたものではなく自然な笑顔を表情に湛えた、完全無欠の生徒会長――静川鞘だった。




「……ただいま、鞘」


 やはり、まだ慣れないこの状況に、緑は若干ぎこちなくそう答える。


 鞘は柔和な笑みを浮かべた顔を、更にふにゃりと破顔させ、緑が手に持つ学生鞄を受け取る。


「お疲れ様。ご飯の準備が終わるまで、くつろいで待っててね」

「あ、ああ」


 何故、こんなことになったのか。




 ――時は、少し前……緑の父が、新しい母と再婚すると言い出した日に遡る。




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 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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