第5話 気高き強者、真逆の存在

気品ある佇まい、金のかかっているであろう服、装飾品なのか鎧なのかすらも定かでは無い高品質な物に身を包んでいる女が一人、インジュを認識した途端に目を細めた。


「褐色肌にの銀髪・・・あなた」

「ッ・・・!」

「話しに出ていた感染者・・・ね」


握られたステッキが視認できない程に早く振られる。ステッキのリーチではない、それでもインジュは本能的に左手を前に出し、即座に簡魔力防護を起動しつつ。


「ぐぅうぅうぅ!!!!」

「あら、防ぎ切ったのね驚いたわ。魔力が使えないって報告にはあったけれど、誤りのようね」


何メートル飛ばされた? インジュはつい瞑ってしまった目を開く。

地面にはインジュが引いたあまりにも長い二本の線がくっきりと残り、それを見て唖然とした。自分が今立っているのが不思議に思えるほどに。


「少年、残念だが撤退だ」

「でも先生!」

「あれは無理だ、今のウィザライトも今の君も、全てを含めても無理だ。どうやらあのお嬢さんは君を殺そうとしてるらしいねー。今はとにかく尻尾を巻いて逃げるが得策」

「・・・けど!」


「妄言は、もう済んだかしら?」


再びルージェルトのステッキが振られる。先ほどのはお遊びと言わんばかりの一撃。ルージェルトが放つ刃撃、剣の刃に似た物体がインジュに襲い掛かる。

多少距離が離れた、それに何の支障があるのかとルージェルトの攻撃に迷いは一切ない。


「ライゼーション!!」

「そんな魔力任せの防御で」

「ッ・・・!?」

「わたくしを妨げられるかしら」


感染者を相手にした時よりも多く魔力を消費して作った鎖。ルージェルトが放った魔力の刃撃へ向けて伸ばしたはずだった。

目に映る光景は、何もなかったかのようにインジュに向かって進むルージェルトの刃撃だった。


「ぐぅぅうううー!!!!」


強いのは理解していた、先生の言葉もしっかりと加味していた。それでもインジュは侮ってしまった。

目の前の女性、ゆっくりと歩んでくる”強敵”を。


「あら? 凄いわね、今のでも軽傷で済ませたなんて、寸前で強引に避けたようね凄いじゃない。ダークエルフ君」

「・・・あの、どうして僕は狙われているんですか。なんで殺されなくちゃならないんですか」

「命乞い・・・。独りでに妄言を垂れ流す感染者は多く見てきたけれど。語り掛けてくる感染者なんて初めてですわ」

「ぼ、僕は感染者じゃ」


一閃。

まるでインジュの口を閉じさせたかのように見えない牙突刃撃が頬を掠めた。


「わたくし耳が結構良くてね、あなたの言葉のどよめきが手に取るようにわかったわ。それに真偽はここで問うものではないの。あなたという存在を処理する、ただの決定事項なの。意味わかるかしら?」

「・・・わかりたくありません」

「でしたら、潔く散りなさい」


交渉の余地は最初からなかった。浅はかな希望を抱く余地も無い、そもそもルージェルトはインジュの事を人として見ていないのだから。


「先生・・・!」

「わかってる、視覚情報に帰還ポイント映す。一応言っておくが下水道に繋がる場所ならば何処からでも転送できるが、下手な逃げ方をするなよ。いくら魔力で私の場所を隠蔽しているからと言っても限度があるからな」

「何とかしてみせます!!」


ルージェルトがいる逆方向。背を向ける形にはなるも全力で逃げるのであれば間違いの無い行為、ここで下手に留まりルージェルトを相手取っても絶対的な実力差を縮めるのは不可能。

今はただ、逃げて逃げて。生き残る、その事だけに集中するのだった。


「あら、お相手してくれないのでしたら、これで」


ステッキを地面に刺し魔方陣を展開するルージェルト。次第に魔方陣から魔力で作られた影が姿を現わす。


「うわっ! 眷属召喚!? やばいぞインジュ少年、これは本当にキツいぞー!」

「鳥型、しかも10体は軽くいる!」

「さぁ行きなさい、フレグランスワロー。卑しき戦に香料を加えに」


ルージェルトの号令と共に光鳥が飛び立つ。ほぼ全羽が全力で逃げるインジュの後を追い掛ける。

インジュは魔力で跳躍しながら高速で逃げている。だが光鳥の速度はそれを上回る。接触までの猶予はほぼ無い。


「トップセレクト「パイル」!」


人の身で魔力で作られた眷属を振り切れないのは重々承知、迎撃の心構えは出来ていた。

感染物との戦いと同じ、ルージェルトを相手取るよりも100倍もマシに思えていた。


「外したぁああー!!」

「こんな高性能の眷属、文献でも見た事ないですよ!」

「王位継承様様だね~、次来るぞ!」


光鳥が目にも留まらぬ速さで空を切り、インジュの右肩の貫く。


「少年!」

「大丈夫・・・です! 誘導お願いします!」


光鳥の速さ、そして攻撃力をその身で知った。人の体に穴を開けるなんて簡単に出来る程の脅威。そんな物が複数同時に襲って来る

感染物と同じ、そう身構えていたのにも関わらず決定的に違う物が光鳥にはあった。

それは、統率力だった。

光鳥の攻撃は素早く威力のある物、しかしウィザライトでその軌道をズラせば何とかはなる程度には防げるが、学習能力があまりにも早く、1体の攻撃でインジュの体勢を崩しその隙を瞬時に付いてくる。一撃で仕留められないと知ってか、徐々にインジュの身を削り取るように確実に仕留める方へ移行していた。


「エネミーロック!」


そんな相手でも今は足を止める訳にはいかなかった。少しでも速度を落とせば簡単に包囲されてしまう。

同時に迎撃の手も緩める訳には行かなかった。


「バインド・・・」


放たれる鎖の速度を嘲笑うかのように光鳥は最小限の動きでインジュの攻撃をさける。

だがインジュもそれは理解していた。


「今だ! デタッチ・テイルセレクト「パイル」!」


左手から伸びる鎖を切り離すと同時に鎖の尾を杭へ変化させ避けた光鳥を串刺しにする。


「よし! まず一匹!」

「はい!」


インジュの反撃が続く。仕留めた鎖をそのまま最後尾の光鳥の背後から攻撃しようと試みる。

当然光鳥はいち早く感づき行動を起こす。高度を上げ襲い掛かる鎖を避ける。


「これで・・・ブランチ!」


光鳥の下を通り過ぎる鎖が突如分裂し枝分かれを起こす。その一本は鎖の上を飛ぶ光鳥を貫き、インジュを追い掛ける他の光鳥へと伸びる。


「ふん! 私のアドバイス通りだな! 速度と攻撃力にその力を割いている以上、防御力はほぼ無いに等しい。簡単な攻撃で貴様達は終わりだ!!!」

「そ、そうですね。先生のおかげ・・・です」

「はははははははっ!! くるしゅうないぞー!!」


和ませてくれているんだ、緊迫したこの状況で焦りは禁物。緊張感を失わず出来るだけ力を抜く、きっとその為だ。と、インジュは勝手に思う事にした。

しかし先生の言った事は正しく、光鳥の攻撃は一歩間違えば致命傷になり得る。そして数と速さも相まって正面切って戦うは愚直。

故に、インジュが取る行動は一つしかない。


(来る!)


光鳥の崩しにわざと引っ掛かり次の攻撃に注力する。光鳥が何を狙っているか、インジュ自身のどの部位を狙っているのか。


(ここだ・・・!)


風を切る音が耳に入った瞬間の出来事。超速でインジュの足を貫こうと飛行してきた光鳥がビタリと貫く寸前で止まった。

インジュの足は無事であり、その足には鎖の杭が光鳥をカウンター、逆に貫いていたのだった。


「よーし、目的地はもうすぐそこだ。北区域「アンダータウン」だ。あとはあの境界の」

「いや先生、まだ・・・みたいです」


前方に見えるのは暗く正気の無い町。インジュが感染者から守ろうとしていた町とは真逆の光景。人が住んでいるのかすら怪しいその北区には人工水路で川が流れ、王城と北区を結ぶたった一つの橋がそこにはあった。

北区への道はこの一つの橋のみ、渡るには橋を通るか、深い水路を登らなくてはならない。


道は一つだけ、だからそこに居た。


「待っていましたわ。フレグランスワローから逃げ果せた事、褒めてつかわしますわ」


橋の前には、ステッキを地面に突き立て堂々とした立ち振る舞いで居たルージェルトだった。


「なんで・・・ここだってわかったんだ」

「あら気付かないのかしら、まぁその身なり、育ちからして気付かない程、なのでしょうね」

「何を・・!」

「臭いですわ、薄汚れたドブの匂い。決してこの王都アルバスには不釣り合いの腐った匂い、自らの住処を自分で教えているようなものでしょうに」

「・・・・・・」

「幕引きよ。冥土の土産に告げます。王位継承3位ルージェルト・N・アルバス。理に従い、世界の為、感染者を処分致しますわ」


ステッキが地面から抜き取られインジュに向けられる。本気でインジュを処分する、向けられた言葉はインジュに緊張感を与え、身を引き締めさせた。


「ルージェルト・・・アルバスか。インジュ少年」

「わかってます。魔力転送の準備お願いします」

「あぁ、任されよう」


意は決した。

時間は掛けられない。一番最初に動いたのは、インジュだった。


(とにかく、接近しなくちゃ!)

「正面突破、甘く見られた物ね!」


ルージェルトの頭上に6枚の回転刃が生成される。ルージェルトの号令と共に刃は不規則な動きを見せながらインジュに襲い掛かる。


「アブソリード・フルパイル!」


ウィザライトの魔力を高め地面に杭鎖を打ち込む。魔力は大きくに込め地表の土を大きく飛び上がらせる程の衝撃をぶつけた。

目眩し。

ルージェルトが放った回転刃撃は視認性のある攻撃だと仮説を立てた。真っ向からの正面突破はあまりにも無謀。であれば、敵から少しでも身を映さないように動くのが妥当。


「・・・上」

「ッ!!!?」


ルージェルトから逃げる為の策、それはルージェルトにとって幾たびも見てきた光景の一つに過ぎなかった。

目眩しと同時にインジュは地表に打ち込んだ衝撃で上空に飛んで居た。地表を散らした目眩しは囮、本命は視界が見えなくなっている隙に目標地点に向けて一気に接近することだった。

だが、インジュの居場所を常にルージェルトは正確に追っていた。


(後ろ!!?)


インジュもまた視界を失っていた。全ての回転刃撃を飛ばしてきた、そう勝手に認識していた。正確な攻撃、地表に向けて放たれたのは4枚刃、残りの2枚は高速で上空に移動しインジュの背後に位置付けされていただった。


「これで終わり」


追撃令。二枚の刃がインジュを斬り裂く。


腕、足、胴体。対応する隙を一切与えない連撃がインジュを襲う。空中に逃げてしまったが故に行動が制限され過ぎた。結果だった。


インジュの身体から力が一気に抜け、地面へと落下した。


「ぅ・・・ぁ・・」


叩き付けられた衝撃がインジュにトドメの一撃の如く大ダメージを与えた。

これが王位継承の力。

魔力を自在に操るだけでは無い、戦いにもならない強さを見せ付けられた。


「息の根が止まるはずでしたのに。まぁいいですわ、本当にこれでお終い」


ゆっくりと歩くルージェルトの姿に為す術もなく地面に倒れるインジュ。ルージェルトの言う通り間違いなくこれで終わりだった。

ルージェルトを負かす事なんて、最初から考えて居なかっただから。


「あとは頼みます・・・先生」

「なっ・・・!」


地面が割れた。

インジュの伸ばす左手、ウィザライトが光の鎖を地面から引っ張り上げられるように姿を現わす。


(まさか、目眩しの時に打ち込んだ攻撃に乗じて地中に!?)


ルージェルトがそれに気付き対処する時間は無かった。すでにウィザライトの鎖が高速で巻き取られ完全に気を失っているインジュの身体を猛スピードで引っ張っていた。

ルージェルトが攻撃体勢に入った時には自らを通り越し北区へ向けて突っ込んでいる状況だった。


「くっ! 止まりなさい!!」


これまで優雅な姿勢を崩すことが無かったルージェルトが慌てて走り出す。魔力での身体強化、それでもただ真っ直ぐ突き進むだけのインジュを追うことは出来ない。


橋にインジュが差し掛かる。

このままでは間違い無く逃げられる。今も衰えを知らない速度で進む物を止める方法、ルージェルトはたった一つだけ準備をしていた物があった。


「しのごの言う時ではない・・・ですわね」


魔方陣を展開。その策を使うのに時間は有しない。

ただ起動させるだけであった。


北区に連なる橋を破壊する。ただそれだけの魔力をルージェルトはすぐに起動した。


インジュの身体が橋へ通る前、ルージェルトは橋を爆破し破壊した。土煙で視界は最悪である。

が、ルージェルトは勝った。


ボチャリ。人が一人川へと落ちた音が耳に届き安堵の息を吐いた。


そうして戦いは終わった。

ルージェルトは、感染者の処分を遂行し、結果的には町の被害は無く、警護兵団は最小の被害で幕を降ろす事になったのだった。

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