異世界職場の恋模様

熊倉恋太郎

倉庫に隠れて……

「依頼達成です、お疲れ様でした。報酬受け取り場でこの札を提示して、報酬を受け取ってください」


 私の前から男女のペアが歩いていきました。2人で腕を絡ませながら歩いているので、おそらく恋人同士なんだろうと思います。


「はぁ……。私もあんな風に街を歩いてみたいなぁ……」


 思わずため息が漏れてしまうほど、私にはその様子が輝いて見えました。


「どうしたの、フルール? そんな風にため息をつくなんて珍しいじゃない」


 突然、耳元で聞こえて来た声に驚いて私がそちらを見ると、いたずらを成功させた子供のような表情で私のことを見つめる女性がいました。


「アンジュさん! びっくりしましたよ、もう!」


 そこにいたのは、このギルドで私の教育係をしてくれたアンジュさんでした。私はもうここへ来て2年目なので教育は終わっているのですが、それでも私のことを良くしてくれるいい人です。


 まあ、教育係だったから、という理由だけでは無いのですが……。


 アンジュさんは綺麗な赤い髪をしていて、スラッとした体は格好良くって、同性の私でも憧れてしまいます。


「ため息の原因は……あそこのペアね。あの2人、最近付き合い始めたらしくって、いつでもベッタリしてるらしいわよ。これ見よがしに」


 そこで言葉を切ると、報酬を受け取っている2人から目を離したアンジュさんは、私の方を向きました。同じカウンターに横並びで座っているので、おのずと顔が近くに来ました。


 そして、囁くようにして私に言ってきました。


「わたしたちも、あんな風に外でくっついてみる?」


 私は、嬉しいような恥ずかしいような、そんな気分になりました。ですが、この場で素直に喜ぶことはできませんでした。


「でもアンジュさん、そんな事をしたら私たち処刑されちゃいますよ。なんせ、同性愛はこの国では死罪なんですから」


「そうなのよね〜。でも、国教の教義とはいえ、わたしたちみたいな他の宗教の人にまで強制しないでほしいんだけど」


「同性で手を繋いだだけで牢屋に入れられてしまいますからね……」


「まあでもそんな国だからこそ、隠れて付き合う緊張感があるんだけどね」


 そうなのです。私たちは同性愛が禁止されているこの国で、密かに付き合っています。友達としてではなく、恋人として。


 私の顔が熱くなってきて、頭も少しぼうっとしてきました。


 私が恥じらっていると、交代の時間になりました。どうにか表情を取り繕って、同じく交代のアンジュさんと2人で裏に引きました。


   * * *


「ねえ、フルール。今から、いつもの場所で『仕事』しない?」


 ギルド職員用の通路を歩いているとき、アンジュさんが急にそんなことを私に言いました。


 私にはアンジュさんの言いたいことがわかりますし、私もそんな気分でした。なので、私は小さく頷きました。


 アンジュさんが私の前を歩いて、目的の場所まで来ました。


「さて、こんなに薄暗い倉庫に女1人なんて心細いからね〜。フルールにはいつもみたいにお手伝いしてもらおうかな〜」


 アンジュさんがわざとらしく言いました。もしもこの場所に他の人がいたら、2人きりでここへ来たことで誤解されてしまうかもしれないので、こんな風に確認をするようにしています。


 誤解、では無いんですけどね。


「いないみたい……ですね」


「そうね。なら、ここで思う存分イチャイチャしましょうか」


 私はまた、小さく頷きました。やっぱり、顔が熱くなっています。


 アンジュさんに連れられて倉庫の少し奥まったところまで来ました。この場所なら、人が来てもすぐには見つからないはずです。


「ん? もしかしてフルール、期待してるの? 耳まで真っ赤にしちゃって」


 アンジュさんがからかってきます。私の顔を真っ直ぐ見て、とっても真面目な顔でそんなことを言ってくるので、すごくドキドキしてしまいます。


 私が思わず顔を横に向けると、偶然そこにいた猫さんと目が合いました。


「あ……」と思わず声を出してしまった私ですが、次の瞬間にはアンジュさんの方を見ることになりました。


 アンジュさんが私の耳を甘噛みしてきたからです。


「な……!」


「猫じゃなくて、わたしの方を見ててよ。ちょっと嫉妬しちゃうじゃない」


 私のことを強い目で見てくるアンジュさんに、私の心臓はより一層強く動きました。


「ご、ごめんなさい」


「許さない。だから、もっとわたしに近づいて」


 アンジュさんは私に動くように言います。普段はアンジュさんの方から私を求めてくれるので、とても緊張してしまいます。


「わかり、ました」


 高鳴っている胸を押さえながら、震える足を何とか動かしてアンジュさんの胸元へ近づいていきます。


 アンジュさんは私よりも身長が少し高いので、恥ずかしくて下を向いている私にはアンジュさんの表情は見えません。それに、今アンジュさんの顔を見てしまったら私が爆発してしまいそうです。


「ほら、どうしたの?」


 ですが、アンジュさんはそんな私を許してはくれませんでした。


 アンジュさんは少しかがんで、私の顔を覗き込んできました。やっぱり真面目な顔をしていますが、目の奥が少し笑っていて、いたずらっ子みたいです。


 そして私は、アンジュさんのそんな顔が大好きでした。


「っ〜〜〜!」


 もう心臓が体から飛び出してしまいそうです。でも、このまま死んでしまうのも、それはそれで……。って、アンジュさんを残して私だけ死ぬなんて、できる訳が無いです!


 私が身悶えてしまって動けなくなっていると、急にアンジュさんが私の右手を掴みました。そして、そのまま木箱の隙間まで引っ張りました。


 私は驚いて、大きな声を上げてしまいそうになりましたが、アンジュさんが私の口に手を当ててきたので、何とか叫ぶことはありませんでした。


「扉が開いたみたい。……ほら、もっとわたしにくっついて」


 倉庫に誰かが来てしまったみたいです。それに気がついたアンジュさんが、見つからないように私を引き寄せてくれたみたいです。


 けれど、今の私に誰かが来たことを気にしている余裕はありませんでした。私1人で入っても狭いと感じるような場所に、アンジュさんと2人で入っているのです。


 体と体が密着していて、身動きひとつ取れません。それに、アンジュさんに口を塞がれてしまっているので、抗議の声を出すこともできません。


 まあ、私としては幸せなので良いのですが……。


「フルール、すっごい心臓がバクバク言ってる。わたしと抱き合えてそんなに嬉しいんだ?」


 心を見透かされたような気がして私は顔を伏せたくなりましたが、後ろは木箱が当たっており、前にはアンジュさんがいるので顔を動かすことのできるスペースはありませんでした。


 緊張と興奮で彷徨っていた私の目が、アンジュさんの目と合いました。その瞬間、アンジュさんはにっこりと笑うと、私にこんな提案をしてきたのです。


「わたし、こんなに狭い場所で腕を上げ続けてるのも疲れてきちゃったから、そろそろ下ろしたいな〜。でも、そうしたらフルールが叫んじゃうかもしれないし……。そうだ」


 私は、息を飲みました。


「わたしとキス、しない?」


 もう限界です。死んでしまいます。


 そんな提案をしたアンジュさんは、本当に私の口から手を離しました。


 そして、私の顔にアンジュさんの顔が近づいてきて——


「おい!」


 私とアンジュさんの間に、これまでにない緊張が走りました。聞こえてきた声は、私でもアンジュさんでも無かったからです。


 もしかして……見つかってしまったのかも……!


 ずっとドキドキし続けている心臓は、未だに動き続けています。このドキドキは、見つかるかもしれないドキドキなんでしょうか? それとも、アンジュさんに対するドキドキ……?


 私は、無意識のうちにアンジュさんに顔を近づけていました。


 それに気がついたアンジュさんも、答えるように待っていてくれます。


 そして……。


「おい、何でこんなところに猫がいるんだよ! 俺は猫だけはダメなんだよ!」


 唇同士が触れ合う寸前、さっきの声がもう一度聞こえてきました。そして、走って遠ざかっていく音も。


 キスする直前の体勢で固まってしまった私たちは、どちらともなく苦笑しました。


「なんか、邪魔されちゃった気分だね」


「そう、ですね」


 アンジュさんが木箱の隙間から出ました。


 私は少し残念でしたが、後に続いて出ます。安心したからか、今は心臓があまり強く動いていません。


「ほら、怪しまれない内に仕事に戻ろう?」


 アンジュさんは私に笑いかけてくれました。


「はい」と言って移動しようとしたとき、不意にアンジュさんの顔が私に近づきました。


 そして、唇と唇が少し触れるくらいの、優しいキスをしてくれました。


 不意打ちだったので、私の心臓はまた全力で動き出します。


「まだ戻れませんよ……」


 私の独り言は聞こえていたのかわかりませんが、こんなに真っ赤な顔ではまだ戻れそうにありませんでした。

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異世界職場の恋模様 熊倉恋太郎 @kumakoi0606

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