14◆神霊だけに。なんつって!

「バドル!ナイフの尊厳が破壊出来るってことは、現世にあるものなら基本何でも尊厳破壊出来るってことだよね!?」


いけるかもしれないという期待。はっとひらめいたこの快感。

今、私の眼はミラーボール並みにキラキラしているに違いない。

辺りに水飛沫が上がる程の勢いでバドルに聞くと、バドルはボリボリと頭を掻いて答えた。


《んあ?まァそうだわな》

「なら、ウェパルの“HP”の尊厳を破壊することって出来る!?」

《…ほォ、面白ェこと考えるな》


HP…ヒットポイントのことだけど、ポ○モンとか色んなゲームであるよね。勿論、私がやってる『異能青春学園~異能力者の美男美女に揉まれても私TUEEEE~』にもHPのカウントがある。


HPは謂わば体力。体力は目に見えないものだし、生き物でも物体でもない。

だけど、確かに存在しているものだ。みんな動いてられるのは体力のおかげなんだから。霊的なものにもHPはあるはず!つまり、能力の範囲に入る!

HPの尊厳は、対象者が活動していられることだ。これを破壊出来れば、ウェパルは動けなくなって、穏便に攻撃どころか一発で戦闘不能に出来るに違いない。


《いいぜ…ちったァ頭使えんじゃねェか。お望み、叶えてやんよォ!》


バドルと一緒に、ウェパルに向かって右手の平を振り翳す。

彼女の神秘的な肉身に焦点を合わせて、ウェパルのHPそのものを光の玉に込めるイメージをして…

思い切り、それを握り潰した。

パリィン!と割れる音がする。


《ぐッ…は、ぁッ…!》

「ウェパル!?」

《な、るほど…“行動体力”の尊厳を破壊するとは…あの娘、なかなかに…》


ウェパルはバタッと水面に倒れ込んだ。

立ち上がろうと手を着くが、なかなか身体が上がらないのか、ぷるぷると腕を振るわせたまま動けなくなっている。


《…ハッ、愛い子だ…アガレスの奴が、こんな娘を選ぶなんてな…》


その直後、辺りを満たしていた海水がいくつもの小さな水の玉になって宙に浮き始めた。

太陽の光を浴びて、まるでぷよぷよしたシャボン玉が溢れているみたいだ。

全ての水玉が空に上がっていくと、すっかりグラウンドは元の状態に戻った。


いつの間にか地に足を着けた艶無先生とウェパルが、ゆっくりのそのそと歩いて近づいてくる。

どうやら、バトル中に受けた影響は残るらしい。ウェパルは未だに心底疲れきった様子だし、私の制服もびっちょびちょのままだ。やべぇ、どうしよう。


「初戦にしてはよくやったな。ウェパル相手に使い慣れないバドルで対抗するのは骨が折れたと思うが…あの能力の使い方は予想外だった。なんつーか、安心したよ。あの方向性でやっていくのがいいんじゃないか?」

「ほ、ホントですか!?やったー!!」


良かった…てか、ゲームやってて良かった…ゲームやってなかったら思い付かない概念だもんね…

ソフトリーなダメージからの、ダメージからのHPという連想!我ながら神がかってたんじゃない!?

神霊だけに。なんつって!

すみません。


「自分の課題も、これで把握できただろう」

「うっ、そうですね…バドルたちのこと、もっとちゃんと知らなきゃなって思いました」

「そうだな。後は、敵をよく知ることだ。今回はゲリラ的に行ったからアレだが、予めウェパルについて頭に知識を入れていたら、もっと上手く立ち回れていたかもしれない。定期試験では前もって対戦相手を報せてくれるから、試験日までに相手を探って対策を練るのが吉だな」


確かに、ウェパルについて少しでも知ってたら最初から慌てないで戦えたかもしれないな…策ももっと色々立てられただろうし、余裕も出て来てたよね。

今日は本当に余裕なかったな~!マジパニクったもん。絶対死ぬと思ったし。試験ではあんなに考えられる時間ないだろうから、ぜっったい前知識ガンっガンに入れとかないとね!


…まさか、先生がまた説明の順序間違えたのかと思ったけど、こういうのを身を持ってわからせるためにいきなり実戦形式でやったの…?


《それよりミツヤ、早くアレを寄越せ。私は疲れた。早く帰って休む》

「あーあー、そうだったな」


艶無先生は懐に手を突っ込むと、中から何やら金色をした短い円筒を取り出した。

側面に張られたラベルには、赤い蟹の絵が描いてある。


はっ…あれは…

超高級ズワイガニが入った、一つ5万円の超超ちょーう高級“カニ缶”じゃないか!!


「いいか桜。契約内容とは違う願いを悪魔に頼む場合には、こうやってその都度対価を払わなきゃならない。ウェパルには、この超超超高級ズワイガニの缶詰だ」

「えぇ…マジですか…私でも食べたことないよ…」

「インカムで買ったらどうだ?」

「カニ缶一つで一文無しはちょっと!!」


ウェパルは先生からカニ缶を受け取ると、《…娘よ》と私に呼び掛けて、そのまま私の方にゆっくりと身体を向けた。

画家の筆のような繊細な指先で、私の顔の輪郭をするりと撫でる。


《…お前の名は、サクラと言うのか…》

「は、はい…」

《お前は…悪魔使いに向いていないな》

「えっ」


そ、そんな!!こんなところで向いてない通告!?

そんなこと言われてももう契約してしまっているのですが!?何なら魂まで売っちゃってるし、悪魔でこの学園無双しようと意気込んで来たのですが!!

物理最強の仲間をパーティに入れたのに、いざ戦うボスが物理効かなかったみたいな衝撃だよ!!


《テメェオレの主人に何文句つけてんだブチ殺すぞ!!尊厳破壊してやろうかァ!?》

「バドル…主人への愛が人一倍なのは部下たる所以か…」

《捉え様はお前たちの自由だ。好きな様に取るが良い。では…さらば》


ウェパルはカニ缶を大事そうに抱えると、目を静かに伏せて泡のようにシュワシュワと消えていった。

…人魚がカニ缶持ってるのシュール過ぎてさ…


「お、丁度チャイムも鳴ったな。今日の授業はこれで終わり。明日も頑張ろーう」

「ありがとうございました!頑張ります!!」

「それから…」


先生が、私の身体の一点を見つめる。

その視線を私も辿ると…


…ブレザーの下のYシャツが、透けている…


「俺好みのブラだな。白のレース付きか」

「うわっ!!サイアクサイアクサイアク!!早く帰ってくださいあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「まぁまぁタオル持ってくっから、少し待ってろ」


小走りしていく若干優しい先生の背中を見送りつつ、私は吹いてくるそよ風に身を震わせた。

この後も一般教養の授業あんのに…タオルごときでこのスケスケの状態が解消される訳ないじゃん!!サイアク過ぎる!!


《オレはもっと派手な方が好みだけどなァ。次は赤にしろよ》

「知るか!!まじで聞いてない!!」


するとそこで、どこからか女子の「おーい」という声がした。

艶無先生ほどじゃないけど、そこそこ気怠げな声だ。

声の主をきょろきょろ探すと、グラウンドの入り口に色の黒い女子生徒が立っている姿が見えた。



…あれ、ハッピー委員になった黒ギャルじゃない!?

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