07◆軽井沢のような先生

一般教養の授業のオリエンテーションの為、私は音楽室を出て在籍クラスの教室がある1階に向かっていた。


《よォ、初めての授業はどうだったよ》


その時、左側からあの荒い声が聞こえてきた。

今は周りに誰も居ないので、頭の中じゃなく小声で会話をしてみる。


「まぁ授業って程じゃないけどね…それよりどこ行ってたの?」

《いんや、ちょっとアガレス様んとこにな》

「逐一行ってるの?往復大変でしょ…あ、霊能力の担当の先生がね、凄いロクでもない人だったんだよ!サキュバス連れてるし、懐に女物の下着入れてるし…でも、何だか凄そうな人でさ、なんだっけあの…グレモリーとウェパルと、なべ…なべ…」

《…ナベリウス?》

「そう!ナベリウスとも契約してるんだって。凄いよね!」


その時、ふと後ろから声が聞こえた。


「邪魔。退いて」


鈴がリンと鳴るような、透き通った綺麗な声。しかし、どこか冷徹な非情さが感じられる。

振り返ると、そこにはまさに漆黒と言うべき黒髪を靡かせる、美しい女子生徒が立っていた。

艶のあるセミロングのストレートヘア。毛先がぱっつんと束毎に切られている。

肌は石膏像のように真っ白で、つり目がちな瞳は緋色のガラスを流し込んだようで、きらきらと輝いている。

紅を引いたように赤らんだ薄い唇は、見るだけで老若男女問わずドキッとさせるに違いない。女ですら息を止めてしまうような美女だ。

そして、なんといっても首もとの、赤と白のしめ縄のようなリボン!めちゃくちゃに可愛い。神道系の人なのかな?


「退いてくれないの?」

「あっご、ごめんなさい!」


慌てて身を退くと、神道ちゃんはツンとした態度で私の横を通り過ぎた。

気づくと既に目的の教室に辿り着いていたので、そのまま教室に入っていく。


《おォ…イィ女だ。あんな女をめちゃくちゃに堕落させたいモンだな》


同じクラスの人だったんだ…私小声でベラベラ喋ってるとこ見られちゃったや…第1印象が恥ずかしすぎる。やっぱり頭の中で話すに留めないとまずいな。


私も続いて教室に入ると、既に私以外の全員が席に着いていた。1クラス19人という少人数の教室は、最後の私が加わってもどこか寂しい。


しかも、教室はとても静かだった。みんな思い思いのことをしている。

聖書を読んでいる金髪蒼眼イケメン。

机に突っ伏して寝ている薄桃色ヘアの美女。

ネイルを弄っている黒ギャル。

龍の像を撫でているチャイナ服の中国ボーイなど様々。

さっきの神道ちゃんはというと、頬杖をついて窓の外を眺めていた。絵になる姿だなあ…立てば芍薬座れば牡丹の体現だ。


とりあえずただ1つ空いているド真ん中の席に座ると、そのすぐ後に男の先生が入ってきた。


「おはようございます!全員来ていますか?」


やって来たのは、七三分けに四角いフレームの眼鏡、サーモンピンク色のベストにYシャツという着こなしの、真面目そうな雰囲気の漂う先生だった。

先生は目視で全ての席が埋まっていることを確認すると、「よし、全員居ますね!」とにっこり微笑んで教壇に上がる。そのまま黒板の方を振り返って、白い新品のチョークで氏名を縦に大きく書いていった。


「壱年壱組の担任になった、軽井沢 将洋です!一般教養で、数学と化学を担当しています。この学校では、霊能力の授業は霊能力者の先生方、一般教養は私たち一般の教師が担当しています。僕に霊能力はありませんが、何か困ったことがあったら相談に乗りたいと思いますので、気兼ねなく言ってくださいね!」


はわ…さ、さわやか…

ミントカプセルが教室中に撒き散らされたような、あまりにも爽やかな笑顔だ。洗い上りの白Tを軽井沢で干すような、すっきりとして純粋な微笑み。絶対良い先生だこの人。


「僕自身、過去にこの神霊の卒業生に人生を救われた身なんです。そんな恩返しも込めて、皆さんが立派な霊能力者になれるよう応援したいと思います!それではまず初めに、簡単に校則などの学校生活における注意を説明しますので、スマートフォンを出して『Welcome to KAMIDAMA』を起動してください」


そうだ、確かこのアプリは生徒手帳の役割も兼ねてるんだったよね。オリエンテーションでもスマホを使うなんて、何だか最先端って感じだ。


「『神霊学園の校則』を見てくださいね。神霊は結構校則が緩めですが、絶対に守らないと退学になってしまう校則があります。一つ、異教徒同士での宗教戦争禁止。一つ、校内での呪術行使禁止。それから…」


アルバイト禁止、違法行為の禁止。ここまではまぁどこの学校でもありそうな校則だ。

あとは、一般教養の授業で霊能力の行使禁止。これは、テスト問題の答えを幽霊に教えてもらったりが出来るから当然だね。実際今までこれに助けられたことがあったし。


「寮でのルールも守らないと退学になってしまいますから、この校則のページと寮のルールのページは特に熟読するようにしてください。折角500倍の倍率を潜り抜けたんですから、校則を破って退学なんてことにはならないようにしましょう!では次に、委員会と係を決めたいと思います」


先生は黒板に委員会と係の一覧を書いていく。

掲示係、黒板係。学級委員、図書委員、保健委員、美化委員…

…ハッピー委員?

なにハッピー委員って。めちゃめちゃ気になるんだけど!?全然予想がつかないんだけど!?どういうことなの!?


「それぞれの役割は、アプリの『委員会と係について』のページに書いてある通りですが…ハッピー委員については補足しましょうか。これは、体育祭や文化祭などの行事に積極的に参加して盛り上げたり、学校や生徒の幸福を祈って祈祷を行う委員です。通常、委員会や係に参加するとその分インカムが貰えるんですが、このハッピー委員に関してはそのインカムの額が高く設定されています」


インカム増額とか、本当にハッピーなんだな…折角だし、何かしら委員会には参加したいんだけど…

…ハッピー委員、気になるなぁ…悪魔使役してる奴がハッピー委員やったらめちゃくちゃ面白くない?


「それでは、挙手制で決めていきましょうか。被ったらじゃんけんで!まず、学級委員から」

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