第13話・弘徽殿の悪役令嬢(10)
「
当たり前のように部屋に上がり込んで庭を見れば、長い雨に桐の大樹はいっそう
そのうちにこの部屋の主が当たり前のように用意してあった菓子を手づから運んでやってくる。
「用意がいいな、桐壺は」
「雨の日は桐壺にお越しになることが多いから……」
その正面から少しずれてそっと座ったのは淡い藤色の袿を着た少女だ。
「落ち着くんだ、ここにいると。桐壺だけが更衣から下々の女官に至るまで
銀糸で鳳凰を織り込んだ深い藍色の袿を纏うその人は、割れた唐菓子をつまらなさそうに見つめてくちびるを尖らせる。垂れ目気味の瞳の端に散るのは北斗七星を思わせる七つの泣きぼくろ。それがゆるやかな癖のある黒髪に
「わたしは
桐壺は小首を傾げて微笑み、茶を飲む。
「でも、女房達がたちまち恋してしまうのは、宮様もお悪いわ。ただお顔が美しいだけではここまではならないものよ。
こういうことはもうおやめになってくださいね、と桐壺の更衣は寂しそうに微笑う。その瞳はこの場所のどこも見ていないかのようにゆるやかに伏せられ、ただ長く降り続く雨の音を聞いている。
「言葉だけで玩ばれるのはまるで――この身を
◇
「目を合わすな、
吸い込まれるように声を掛けようとした若い衛士の肩を、先輩の衛士が叩いて止める。
若い衛士は「でも」とためらう。
みすぼらしい童だ。案外清潔にはしているがそれゆえに、自分の手で苅安の草を煮て絞り染めにしたのだろう黄色の着物は擦り切れて縮み、足首が見えてしまっている。その身体は手足ばかりが長くて棒のように細く、ひどく日焼けして癖のある茶色の巻き毛が肩先で跳ね返ってふわふわと揺れていた。
決して美しくはないその姿から目が離せないのはあの吸い込まれるような大きな瞳のせいだ。目ばっかりが大きく輝くたぬきの子のような女童。
「べつに今日は肉を売りつけにきたわけじゃねえよ」
こんな小さな少女が鹿や猪を追い、仕留めるというのか。先輩が侮蔑の意味を込めて呼んだ言葉を、若い衛士は驚きを込めて反芻する。自分もまた弓を使う武士なのだ。訓練に駆り出された狩りで、彼は野鳥すらうまく仕留められない。
ためらいを見透かしたように、女童はぐいと距離を詰めて、いやに堂々として屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「困ったダチがいるんだ。人に頼み事しておいてまったく連絡がつきやがらねえ」
おい、と引き剥がそうとする先輩の前に立ちはだかった女童は、朱塗りの柱と
「教えてくれ、にーさん。あんたら、こいつを見たことがないか」
◆勝手ながら一ヶ月お休みをいただきます。
次回、「
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