【1話】エンドロール後ひと幕

「相変わらず君はそそっかしいね、犬君いぬき

 御簾みすの中の男は笑ってそう言った。

 たそがれどきの陽光に庭の白砂はほのかな薄紅色に染まり、ささやかながら冴え冴えとした清水を引き込んだ池は鏡面のように、燃え落ちるような赤をにじませた夕闇の空を映す。

 犬君はその景色の邪魔にならないように縁側の端に跪いて、つややかな緑葉の植え込みの向こうを飛んでいくからすを眺めていた。

 犬君が返事をしないのは暗に拗ねているからだ。男はなぜか嬉しそうにふふと笑いながら、「からかってるだけだよ」と脇息にもたれかかる。

「……とはいえ、突然の触穢は仕事に差し障りまする。これから夏にかけてお忙しいというのに」

 ようやく犬君が建前めいたことを答えると、

「いや、構わないさ。疲れたからちょうど物忌がしたかったところだし」

 そう言って男は御簾を掲げる。

 初夏の直衣のうしは裏地のない生絹すずしの薄物で、主人の腕の動きに沿って二藍の直衣の底から波打つように下の衣の朱がにじみ上がる。それは今まさに宵に飲み込まれようとしている空の色によく似ていた。

 差し出された手から上に視線を向ける。

 微笑みかけると烏帽子からこぼれ落ちたひとすじの髪が黄昏の光にきらめいて、雪のように白い肌にかすかな彩りを添える。犬君の主人あるじの髪は月の光を紡ぎ上げたような淡い白金色をしているのだ。

 うっすらと青みがかった灰色の瞳と目が合う。

「おいで、犬君」

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