第40話「命を懸ける時」

『! 危険よ、光一様! まだ使ったことないでしょう!?』

「今の俺ならどれだけつ?」

『……一分三十秒程度なら』

「それだけあれば十分だッ!」


 ブーステッドシステムⅡ、発動。


 シートの後ろから何本ものチューブが飛び出した。光一のスーツの背部——脊髄せきずい近くに突き刺さる。どくん、どくん、と強制的に液体のようなものが流れ込んできて、視界が真っ赤に染まっていく。


 この痛みを、あの子は耐えていたんだ——


 光一自身も、ブーステッドシステムⅡの危険性については大体把握している。なにせ、自分が子供の頃に考えたものなのだ。


 パイロットの戦意を強制的に高め、機体のエネルギーに転化する。


 使い過ぎれば、廃人同然になる。


 あの子には——過ぎたものだ。子供が使っていいものじゃない。


 馬鹿が、と光一は己をののしった。どれだけ自分を罵っても、足りない気がした。


 なんでこんなものを考えついた。なんでこんなものを造ったんだ。


 アラームが止まらない。


 黒乃の目からすれば、ヨルワタリの各所に赤いラインが走っていることだろう。翼にも、腕部や脚部にも、胴体にも。ツバメを模した頭部にもそのラインが、さながら涙のごとく走っていることだろう。


『ブーステッドシステムⅡ、発動!』

「行くぞッ!」


 光一は——自分でも愚かと思うほど——ヨルワタリを驀進ばくしんさせた。


 当然、オウマは迎撃に出る。右側の放熱板をすべて盾状に展開、そして左側の放熱板を攻撃へと用いる。レーザー光をかいくぐり、黒い大槍の先端を、盾となった放熱板に突き刺した。何枚か貫いたが——コアに届くまでには至らなかった。


「……!」

『何度、無駄と言わせるんですか! 先生ッ!』


 その場から飛び退り、大きく旋回しつつ、〈ヤリダマ〉で追ってくる放熱板を粉砕。


 だが、オウマの背部より放熱板が再生。


 リューズのアサヅミ、ベゼルのマヒルガのものよりも早い。


 だが——


「ブーステッドシステムⅠを発動ッ!」

『無茶よッ!』

「いいから、やるんだッ!」


〈時のうねり〉の中、燐光りんこうで線を引きながら、ヨルワタリが赤い槍へと変形する。放熱板がすべて再生するのと、弧を描いてから一直線に突き進むヨルワタリが、大槍の先端を叩き込まんとしたのはほぼ同時だった。


『——!』


 黒乃くろのもヨルワタリの——いや、光一の捨て身の攻撃に気づいたらしく、すべての放熱板を盾に展開した。何枚もの放熱板を大槍が貫き——それでもなお、勢いが止まらない。


 獣の咆哮にも似た声が、コクピット内で響いている。


 いや、これは自分の声だ。


 ブーステッドシステムⅡによる感情の昂ぶりが、そのまま機体を進撃させているのだ。


「おぉおおおおおおおおおおおおおッ!」

『——く、くうッ!』


 オウマはすぐに再生した放熱板を動かし、ヨルワタリを包む翼ごと、立て続けに機体に突き刺してきた。


 翼を貫通する枚数が増えていく。


 激情に駆られる中——光一はひとつの確信を持っていた。


 確かに、〈リライト〉は時を巻き戻す能力を——平たくいえば、再生能力を有している。しかし今のオウマのように、今ある以上の武器を増やすことはできない。黒乃がすべての放熱板を動かしているが、背部から新たな放熱板が生まれてきていないことがその証拠だ。


 そして黒乃は、放熱板を盾から外して攻撃に転じさせている。


 攻撃と防御を同時に行う行為。


 だが、こちらは防御のことなど一切考えていない。


 コアさえ貫ければ、それで勝ちなのだ。


 放熱板を次々と破壊し、やがてオウマのコアが見えてきた。だが——同時に放熱板が立て続けにヨルワタリを攻め立てる。さらにレーザー光も発射し、機体がぐらついた。


「ぐ、ぐ、ぅう……ッ!」


 血が沸騰し、心臓が胸から弾け飛びそうだ。ブーステッドシステムⅡの負荷と、さらにⅠまで合わせて使っているのだから、当然だ。ほとんど特攻に近い。


 AIがほとんど悲鳴のように、アラームを鳴らす。


『これ以上は危険よッ!』

「構わんッ!」


 光一は無視し、なおもヨルワタリを進ませる。


『いい加減にして下さいッ!』


 黒乃が叫ぶ。


『仮に、この場で私を倒せたとしても、〈リライト〉は決して諦めません! あなたがイレギュラーである限り、時の流れを破壊する恐れは決して消えないんです! あなたが今この場でどれだけあがこうが、もはや未来は決まっているんですッ!』

「それがどうしたッ!」


 反射的に光一は、血と言葉を吐き出した。


「〈リライト〉だろうがなんだろうが、知ったことかッ! あの子のいない未来に、俺が生きる意味なんてないんだよ!」

『あなたは何もわかっていないッ! 時の流れを破壊するというのがどういうことかも、〈リライト〉の恐ろしさも、私の気持ちも——全部、全部、わかってないッ! 

 仮にあの子を助けられたとして、その先どうするというのですかッ! 一時の感情で時を、世界を狂わせるなど——愚かしいと思わないのですかッ!』

「一時の感情というのなら、君はどうなんだッ!?」


 オウマが、わずかにたじろぐ気配を見せた。


 放熱板の盾を貫き、コアに届く寸前——オウマが身を退いた。決死の特攻はオウマの左腕を吹き飛ばしただけで終わった。


 ブーステッドシステムⅠ、Ⅱが強制的に解除される。


 口から血を垂らしながら光一は、それでもオウマに追随ついずいし——肩を掴んだ。


「俺に恋をしたんだろ! 俺が好きになったんだろ! だからここまでやってきて、俺を止めようとしているんだろうが! 感情で行動を走らせているのは、君だって同じのはずだッ!」

「違う! 私は〈リライト〉の——」

「君の中には迷いがある!」


 断言する光一の手前、オウマが完全に動きを止めた。


 その機を見逃さず、ヨルワタリの頭部——先端のくちばしで、同じくオウマの頭部に叩きつけた。


「なぜ迷うのか、君にはわかっているはずだ! 〈リライト〉の使命なんか、本当は知ったことじゃないんだろッ!」

「——ッ!」

「俺は止まらない! 止まるわけにはいかない! まだ、あの子の誕生日を祝ってないんだ! あの子の名前をもう一度、呼んでやりたいんだよッ!」

「——そんな理由で何もかも、敵に回すというのですか!? そうまでしてでも、あなたが命を懸ける価値があるというのですかッ!?」

「あるに決まっているだろうがッ!」

「時を乱す存在でしかないあの子にッ!?」

「時を乱そうとなんだろうと! それでも俺は、あの子を守るんだぁ————ッ!」


 ヨルワタリの頭部を大きくのけぞらせる。


 最大の特徴といえる巨大なくちばしが、オウマの頭部に再度、突き刺さった。縦に、半分に裂けるほど、そして胸部のコアに届きかねんばかりの威力だったが——そこでヨルワタリの動きは止まった。


 ごほ、とまたしても光一の口から血があふれ、ヘルメットを汚した。


 操縦桿をまともに握れないほど、手が震えている。動悸どうきが止まらず、体中から汗が噴き出していた。何もかもが揺れて見える。


 かろうじて面を上げた先——モニターの向こうのオウマは、すでに再生を始めていた。放熱板も頭部も、何もかも元通りになっていく。


 対し、こちらは満身創痍まんしんそういといってもいい。大槍には亀裂が走っている上に、各部の損傷もひどい。ブーステッドシステムも、もう一度使えば今度こそ死ぬだろう。


「ふーッ、ふーッ……」


 それでも光一は手を伸ばし、オウマの肩を掴んだ。この距離ならばたとえ放熱板による攻撃を浴びても、オウマとてただでは済まないはず。腰部の槍はまだあるし、〈ヤリダマ〉で牽制けんせいもできる。


 なんとかしてみせる。


 そう思っていた矢先——


『……愚かですね、先生は。……本当に、愚かな人』


 うれいと、呆れと、そして——悲しみを帯びた声。


 息を整えながら光一は、独白するように言葉を絞り出した。


「俺は……本当ならば、とっくの昔に死を選んでいてもおかしくなかった。自暴自棄じぼうじきになっていた俺に救いを与えてくれたのは、あの子だ。あの子のいない人生なんか……未来なんか……生きる価値も何もないんだよ。あの子に俺の命を、人生を、未来を委ねてしまっているとわかっていても……俺はそのエゴを貫き通す」

『…………』


 ヨルワタリとオウマ、光一と黒乃、互いの視線が交錯し——先に身を引くように、オウマが退いた。


狭間夢月はざまむづきがいるのは、あの流れの中です』


 そう言ってはるか遠くの、オレンジ色のテープのうねりを指さす。モニターを最大望遠にすると、確かに夢月の姿があった。黒乃に選択を突きつけられる直前の画像だ。


 光一は目を開き、道を開けたオウマ——その中の黒乃を幻視した。彼女が何を思ってそうしたのか、揺れる思考の中ではうまく考えられなかった。


「黒乃……」

『もう行って下さい。……どうなったって知りませんから』

「……すまん。ありがとう」


 それだけを言うのが精いっぱいだった。


 大槍を背部に、ヨルワタリを飛ばす。後ろのモニターでオウマを見てみたが、まるで動く様子がなかった。立ち尽くしているようにも、考え込んでいるようにも——ただ一人、泣いているようにも見えた。


 聞こえるかどうかはわからなかったが、光一は黒乃に向けて言った。


「いつでも、保健室に来てもいいからな」


 返答など期待していなかったが、光一の耳には確かに、「馬鹿」と聞こえた。


 ブーステッドシステムⅢを発動、オレンジ色のテープのうねりに向かう。


 夢月はあの時、燃える街に身を投げ出した。その時のタイミングに飛び込めば――彼女を助けられるはず。


「う、ぐ……」


 また血を吐きそうだ。内臓にも支障が出ているかもしれない。


「自分で考えたロボットとはいえ、無茶を強いるな……」

『まったくって、同感だわ』

「はは。……さぁ、行くぞヨルワタリ。あの子を迎えに行こう」

『喜んで』


 そうして光一とヨルワタリは——確定されたはずの過去に、飛び込んでいった。

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