第22話「過ぎ去る時を過ごす意味」
どうやら自分は、同年代の生徒の中では優秀な部類に入るらしい。
百メートル走でぶっちぎりで一位になるのはもちろん、英語や数学といった科目も頭を悩ませることなくすらすらと問いに答えてみせる。おぉー、と驚嘆するクラスメイトの視線が恥ずかしいだけで、嬉しくもなんともなかった。
平均以上の体力を有しているのは、〈リライト〉と戦うため。
知識も解き方も、未来の光一が教えてくれた。
「凄いね、
休み時間に入る度に、
「どうしてあんな難しい問題解けるの?」
「あれって、入試レベルよね?」
「たぶん。過去問を押さえてないとできないレベルだよアレ」
転入してきた時、外国から来たのだと自己紹介はしておいた。英語が堪能なのはともかくとして、体育や数学、他の科目までも万能といえるのはほとんど異常らしい。
少し、目立ちすぎだろうか——
ひとまず、それらしい文句を並べることにした。
「えーっと……おじさんがそういう本を持っていたから」
「狭間先生が? 昔から問題の傾向って変わってないのかな?」
「どうなんだろ?」
「訊いてみる?」
「今から? あ、でも、面白そう」
面白がりながら、席から離れかけたクラスメイトに、「待って!」と思わず大声を発してしまった。
本当は自分が行きたい。
光一に会いたい。
けれど、仕事の邪魔はしたくない——
「つ、次の授業は音楽でしょ? 遅刻したりしたら、木谷先生に怒られちゃうかなーって」
「あー、木谷かぁ」
「嫌だよね、あのババア」
「しょうがないね。別の機会にしよっか」
クラスメイトはそれぞればらけ、次の授業の準備を始めた。
内心胸をなで下ろしたところで——「狭間さん」と呼ばれた。小柄なクラスメイトが意地悪っぽい笑みを浮かべて、こっそりと耳打ちしてくる。
「本当は狭間さんが一番、先生に会いに行きたいんでしょ?」
「……!」
「独身だもんね、先生。姪の立場としては気になる?」
「そ、そんなんじゃないもん!」
手早く準備を終わらせ、逃げるように廊下を出る。それでもくっついてくる女子が少しうっとうしく感じられた。
自分はこの女子も、先ほどのクラスメイトの名前も把握していないのに。
「ねー、狭間さん」
「えっ……何?」
「狭間さんって、誰かと仲良くする気、あんまりないよね?」
一瞬、足が止まりかける。
廊下から階段を上がるタイミングで助かった。
振り返り、作り笑顔で、「そんなことないよ」
「ただ、わたし、人見知りだから。人とどうやって仲良くするのか、わからないの」
「ほんとの人見知りは、自分のことを人見知りなんて言わないよー」
無邪気に笑う声に、わずかながら苛立ちが募ってきた。
何も知らないくせに。
ここで仲良くなったって、近い未来、みんな死ぬのに。
だから名前だって覚えるつもりもない。意味がないから。
「……狭間さん?」
音楽室のある階に着いた時、つい立ち止まってしまった。女子が追いついてきて、おずおずと言った。
「その、ごめん。無神経なこと言っちゃったかな……?」
「……ううん。ただ、ちょっと考え事しちゃっただけ」
「そっか。なら、よかった! ……音楽室まで一緒に行かない?」
それぐらいなら、と夢月も了承した。
肩を並べて歩く——普通なら、なんてことのない日常のはず。学校に通った経験もあるし、友達にも恵まれた。
それすら——奪われた。
ずっと恐れている。
怯えている。
無性に光一に会いたくなった。今の不安を洗いざらいぶちまけて、「大丈夫だ、大丈夫」と背中をさすってほしかった。いつも、そうしてくれたように。
この時代で、唯一頼れる存在は、光一だけ。
「狭間さん?」
いつの間にか音楽室に着いていた。扉の窓からは生徒がいくつかのグループに分かれて、適当に談笑しているのが見える。
「あ、えと、うん。入ろっか」
それまでの思考を振り捨てて、夢月は率先して音楽室に入った。
名前ぐらいは憶えておいた方がいいのだろうか——
席につき、ぼんやりと、意味なく教科書をぱらぱらとめくった。光一に訊けば、何か有益なアドバイスをもらえるだろうか。
すべてを失う未来を知っているのに、それでも今を——夢月にとっては過去を——生きている人々と仲良くすることに、どれだけの意味があるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます