第16話「攻防の裏で」
駅方面で戦闘している轟音と振動が、こちらにも伝わってきている。
後部座席の
「光一さん」と悟郎が声を発する。
「今、市民体育館に向かっていますが……安全だと思いますか?」
光一にはうかつに答えられなかった。
夢月が戦っているとはいえ、その余波がこちらに及ぶ可能性はある。何より——彼女の言葉を信じれば、千晴と悟郎がこの日に亡くなることになっている。この戦いに巻き込まれたりしたら、あの子に合わせる顔がない。
だったらせめて、少しでも遠くに離れるしかない。
「……市民体育館は、まだ近いと思います」
「僕もそう思います。市外ですが、ハイキングに使う山があります。そこに行きますか?」
「そうしましょう」
悟郎は方向転換し、市外から出た。
それと同時——背後で大きな爆発音がし、車内にも響いた。
「きゃあッ!」と千晴の悲鳴がきっかけで、「うぇ……」と夢月が泣きだす気配を見せた。
助手席から後方を振り向く。市民体育館のある方角から、黒煙が上っていた。被害の規模は大きく、道路にも破片がいくつか飛んできている。
あのまま進んでいれば、おそらく巻き込まれていた——
「うぇっ、ひっ、ひ、ひくっ……」
「——大丈夫だ、夢月。大丈夫だからな」
助手席から手を伸ばして夢月の手を握り、優しく力を込めた。「こーいち、怖い」と泣き顔の夢月を目の当たりにして、胸中に憎悪に至らんばかりの怒りがこみ上げてくる。
何が未来だ。
何が修正機関だ。
この子を泣かすのが、貴様らのやるべきことか。
歯ぎしりしたいのを堪える。今はとにかく、夢月を安心させることが第一だった。「大丈夫、大丈夫だからな」と、呪文のように繰り返した。
やがて、車は市外から出た。
戦闘はまだ続いている。時おり、金色の粒子が弾けているのを見た。空中をヨルワタリが飛び回り、次から次へと金色の粒子を花火のように散らす。
(……動きに無駄がある)
複数の方向からの攻撃をすり抜けて反撃しているが、回避運動が大きすぎる。
光一は我知らず、片方の手に力を込めた。
もっといい位置を取れるはずだ。
もっと手早く処理できるはずだ。
だが、自分はヨルワタリのパイロットでもなんでもない。そしてこれは、ゲームでもなんでもないのだ。歯がゆくても、この場はあの子に任せるしかない。
車は山道に入った。ここまで来ても、衝撃で車体が揺さぶられる。細かくは狙いを定められてはいないだろうが——敵はこちら目がけて撃ってきている。
「——くッ! 一体、なぜこんなことに……!」
ハンドルを回し、素早く戻しながら悟郎が言った。このタイミングで自分のせいだ、などと言っても仕方ないし——信じてくれるとも思えない。
山道が開け、中腹に着いた。
砂利ばかりの駐車場に車が停まるや、光一は外に出た。「光一さん、危ないです!」と背後から声をぶつけられたが、足を止めなかった。
小高い丘の上から遠くの状況が見渡せる。夢月はまだ苦戦しているようだ。
瞬間、肌がぞわっとした。
何かが来る――そう思った時には、砲弾がこちらに迫ってきていた。狙いはそれているが、近くであることに変わりない。まずい、と振り返った時には悟郎と千晴は車から降りてきているところで——砲弾の接近に、まるで気づいていなかった。
「姉さん、悟郎さんッ! 夢月ッ!」
手を伸ばし、光一は駆け出し――そして、砲弾が炸裂した。
中腹の手前で。
「——え?」
一瞬のことで、何が起きたのかわからなかった。何か――黒い、尖ったものが砲弾を防いだように見えた。夢月——ヨルワタリが? と思ったが、彼女とあの機体はまだ遠くにいる。何か
光一は周囲を見回した。どこにも、自分たちを助けてくれた存在は見当たらない。
砲弾によって生じた煙に、千晴は悪態をついた。
「げほっ、げほっ……あーもう、さっきから一体なんなのよ!」
「姉さん、夢月はッ!?」
「あ、だ、大丈夫よ!」
咳込みつつも、千晴と悟郎、そして幼い夢月は無事だった。まずはそのことに胸をなで下ろしつつ、光一は後ろを振り返る。再び遠くで金色の粒子が弾け、そして——ヨルワタリは上空へと飛んでいった。どうやら、砲撃をかましてきた相手は破壊したらしい。
「……夢月……」
光一は我知らず、口にしていた。
死ぬな、と思いを込めて。
やがて——〈リライト〉による攻撃は収まったらしく、これ以上の被害が出ることも、新手が来る気配もなかった。
ヨルワタリが下りてきて、光一は駐車場の柵から身を乗り出しかねんばかりに、チェーンを掴んだ。ヨルワタリはこちらとはやや別の方角に飛んでいき、視界から消えていく。
千晴、悟郎はそれを見て、ようやく安堵の吐息をついた。
「一体、なんだったの……?」
「わかりません。それよりも、夢月……ケガはありませんか?」
悟郎は千晴から夢月を抱き留め、ぽんぽんと背中を叩いた。「怖かったですか?」と訊くと、「こわかった」と返ってきた。
悟郎は心底から笑顔を浮かべ、夢月を強めに抱いた。
それからしばらくして——十六歳の夢月が、山頂の方角から姿を現した。
光一は真っ先に飛び出した。名前を呼びたいのを堪え、彼女の肩を掴んだ。「大丈夫か?」と訊くと、青い顔で「大丈夫……」と答えた。よく見れば口元には無理やり擦ったような血の痕が、そして目元にも涙の跡があった。
光一はハンカチを取り出して、それを拭ってやる。
「い、いいよ、このぐらい。自分でやるから」
「ダメだ。……ケガは?」
「……あちこち痛い。特に背中。……でも、大丈夫」
「そうか。後で見てやる。……歩けるか?」
「うん」
よろ、と夢月が一歩踏み出しかけた。とっさに光一は肩を貸してやる。「い、いいよ」と体を離しかける彼女だったが——「ダメだ」と強い口調で言うと、黙り込んだ。
千晴と悟郎も駆けつけてくる。
「無事だったの!? 一体、どこに行ってたの!? ていうか、どうやってここまで!? 女の子の足で逃げられる距離じゃないわよ!」
「あ、その、タクシーでなんとか……」
「タクシー……?」
千晴は怪訝そうに眉を寄せ、周囲を見回した。キャンピングカーの類いはあるが、タクシーは一台も見当たらない。
ここは自分が誤魔化すしかない。
「たぶん、
「でも、光一……」
「まぁまぁ、千晴さん。なんにしても、みんな無事でよかったじゃないですか」
千晴はまだ納得していなさそうだったが——「まぁ、いいわ」
「とりあえず、本当に無事でよかった」
「その、心配かけてごめんなさい……」
夢月が頭を下げるが、「違うわよ」と千晴が手を振った。
「あなたが謝る相手は、光一でしょ」
「あ……」
「ねーねー、おろしてー」
ふと、悟郎の腕の中の夢月がもぞもぞと動いた。悟郎が下ろしてやると、幼い夢月は十六歳の夢月に駆け寄って——彼女の手を掴んだ。
「おねーちゃん、げんきない。だいじょぶ?」
「あ、うん。大丈夫……」
次に幼い夢月は光一の手を掴んで、三人で手を重ねるようにした。
「こーいちがいるよ」
「え?」
「こーいちがいるから、こわくないよ。パパとママみたいにまもってくれるから。だから、だいじょぶ」
無邪気な言葉に十六歳の夢月は膝から崩れ落ち――四歳の夢月を抱きしめた。
「そうだね」
「そうだよー」
「ありがとう……」
「どいたま……どーいた、ましてー」
舌足らずな四歳児の言葉に、夢月はとうとう泣き崩れた。
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