第6話「修正機関〈リライト〉」

「予想通り、現れましたね」


 金髪を後ろに撫でつけた青年が、胸元からの小さな懐中時計を開きながら言った。


「五分針や十分針じゃあ、相手にもならないか。どーすんのよ?」


 不満げに言ったのは背丈の低い少年だった。青年と同じく執事服を着ており、蝶ネクタイをわずらわしそうに指で引っかけている。


 ビルの屋上から巨人による破壊の跡を見下ろし、少女は感情を込めずに言う。


「どうするもこうするもないわ。私たちはただ、時の流れに沿って動くだけ」

「彼女と、あのタイムマシンもどきがこの時代に来ることも、シナリオ通りと?」

「そういうことになっているわ」

「私たちが討つことも?」

「ええ」

「では、『彼』——イレギュラーに関しては? 事前に聞いていた話とは少々異なりますが」


 少女は一瞬、答えに迷った。


 彼女自身も『彼』の選択に戸惑っていたのだ。


 あの時、子供を見捨てるという選択も『彼』にはできた。『彼女』とあの機体が時を越えてやってくるのは承知していたが、その直前に『彼』は我が身を省みず、子供を助けた。


 あれでは可能性が広がり、未来が分岐しかねない。


 なんて無茶な真似をするのだろう——それが、少女の本心だった。


「……大きな変更はないわ」

「あの子供を助けた程度で、未来は変わらないと?」

「ええ、そうよ。リューズ」


 青年——リューズの顔に納得の色はなかった。


 少年はフェンスの上に器用に立ち、「ひっどいもんだなぁ」


「ま、これも簡単に修正できちゃうんだろうけどさ」

「そうね、ベゼル。少なくとも、私たち〈リライト〉の任務に支障が出ることはない」

「任務といえば……」


 リューズは懐中時計を、意味なく蓋を開いたり、閉じたりした。考え事をしている時、もしくは苛々している時の彼の癖だ。今はどちらなのかはわからない。


「あなたは私たちに先んじて、『彼』を見張っていますね?」

「……それが何か?」

「いいえ。ただ、あまり距離が近すぎるのも考えものかと」

「私が私情で任務を遂行しないとでも?」


 険を込めて言うと、リューズは肩をすくめた。


「そうは言っていません。万が一のことがあっては困りますからね。その万が一のことが、未来に影響を及ぼすこと……あなたの方が十分に理解しているでしょうから」

「…………」

「ま、なんにしても。おれたちの出番はまだ先なんだよな?」

「そうね。今のところは」

「あなたはどうするのです?」

「引き続き、『彼』の監視を続けるわ」

「『あれ』は使わねーの?」


 ベゼルの無邪気な問いが、少女の癇に障った。


 冷静を取り繕い、「まだその時じゃないの」


「ふーん」と、ベゼルは気のない様子だった。


 話の焦点をずらすべく、少女は話を変える。


「『彼女』のいた時代。後始末はあなたたちに任せたけれど、どうなったの?」

「滅びましたよ。そのおかげで分岐点が増えるのを阻止できました」

「……そう」

「心を痛めているので?」


 まるで見透かしたかのようなリューズの言葉に、「そんなわけないじゃない」と言い返したが——声が震えていたかもしれない。


 少女の動揺などお構いなしに、リューズが続ける。


「我ら、修正機関〈リライト〉の目的は時の流れを監視し、あるべき流れに正すこと」

「…………」

「そのためには時に心を鬼にし――事に当たらねばならない。我らに心があれば、の話ではありますが……お分かりですね?」

「……わかっているわ」


「結構」とリューズは懐中時計を胸ポケットに戻した。


 それからベゼルの名を呼んだ。彼は今、巨人がもたらした破壊の跡を、さながら新しい玩具が並んでいるのを眺める子供のように目を輝かせている。リューズが声をかけたことで、不満げに振り返った。


「アサヅミとマヒルガの調整に行きましょう」

「クロノはどーすんだよ?」

「一人にさせてあげましょう。……どうやら思うところがあるみたいですしね」

「ふぅん。まぁ、いいけどさ」


 リューズは指を鳴らし、ベゼルは手を広げ——何もない空間に光の線が螺旋を描いて、人が通れる程度の穴が出現した。その先には、どこに続いているかもわからない亜空間が広がっている。ベゼルはひと足先に入っていき——リューズは少女を肩越しに見やってから、無言で入っていった。


 一人残された少女——黒乃すみかは拳を握り込んだ。


「シナリオ通りに。それが私たち〈リライト〉の使命……」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 それとは裏腹に、子供を助けた『彼』の姿が何度もちらつく。


 子供だから助けたのだろうか。


 あるいは、子供を通して姪の姿を見たのだろうか。


 どちらにしろ『彼』が、目の前の命を見捨てるような人ではないとわかって、ほんの少しだけ——安心した。

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