キミへの思い:美人高校生に踊らされる

小石原淳

第1話 待ち遠しい電話

 呼び出し音に気付いた重森しげもりは、携帯端末の画面に表示された文字に目を細めると、空唾を飲み込んでから電話に出た。

「――もしもし?」

「あ、もしもし、私よ。分かるわよね?」

「も、もちろんだよ、如月きさらぎさん。そろそろ掛かってくる頃だと思っていたから……」

「ふふ、緊張している?」

「あ、当たり前だろっ。い、いや、当たり前ですよ」

 男友達同士での普段の話ぶりがつい出てしまい、気付いて慌てて直す。が、あまりに馬鹿丁寧なってしまった。そのせいか、電話口の向こうから、くすっ、という笑い声が聞こえた気がした。

「その態度、よろしい。じゃあ、前に言ったように、今日一日、私に付き合ってもらうからね」

「それは承知しているのだけれど、いつ、どこに行けばいいのか……」

「そうそう、それがあったわね。待ち合わせの場所と時間を示す暗号問題、解けたかしら?」

「解けたつもりではいるんだけど……正解しているかどうか、確信が持てなくて」

「あら。正彦まさひこ君でも自信がないなんてこと、あるんだ?」

 クラスでは文句なし一番の美人で、学年はおろか学校全体でもトップクラスに入る如月佳那子かなこが重森を下の名前で呼ぶのは、特に親愛の情を抱いているから、ではない。重森の妹、喜美恵きみえとの区別のために呼んでいるだけのはずだ。

「もちろん。顔に出さないだけで、自信のないことくらいいっぱいあって、数え切れなくらいだよ」

「ふうん。じゃあ、女の子と付き合うのはその自信のないことに含まれてる?」

「……相手によりけり、としか」

「だったら、私はどうかしら」

「それは……付き合ってみないと何とも言えません。ねえ、如月さん。こんな風に時間を浪費するよりも、大事なことが」

「私とおしゃべりするよりも大事なこと?」

「い、いや。うん、言い直すよ。キミの声を聞かせてほしい。お願いだ」

 愛情を込めて、優しい声で重森は求めた。

「――あははは。じゃあ、これから会って、もっといっぱい話しましょ」

「え、ちょ、ちょっと」

 電話を切られそうな気配が感じられたこともあり、慌てて呼び止める重森。

「ん? 何?」

「時間と場所の確認がまだなんだけど」

「ああ、そうだったわね。先に、正彦君が考えて導き出した答を聞かせてくれる?」

「分かった。『今日の午後一時十三分、都営施設のK自然公園、南口』と解読できた。どうかな……?」

「凄い、正解よ。よく惑わされなかったわね、菅田かんだ球場と」

 その線も考えていた重森は、「最後まで迷ったんだ。決めかねて、あとは勘」とだけ答えた。

「運がよかったってわけね。幸運に恵まれている人、私は好きよ。だからこそ、大勢の中からあなたのところを選んだとも言えるんだけれどね」

「何て言っていいのか……夢を見せられているみたいだ」

 小学生の頃から顔見知りの女子(美人で頭もいい)を相手に、こうしてデートめいた会話をするなんて。そしてこのあと、二人きりで会うなんて。

「もう出発していいかな、如月さん。電車を逃すと約束の時刻に間に合わないかもしれない」

「分かったわ。それじゃ、気を付けて来てね。二人きりで楽しみましょ」

 通話が終わると、重森は急いで玄関に向かった。身支度はとうの昔にできていた。


 幸いにも予定した電車――地下鉄に乗り遅れることなく駅に着いたし、電車そのものも遅延することなく、K自然公園に最寄りの駅に滑り込んだ。

 乗降客の多い駅で、休日ともなればなおさらだが、重森は人混みの中、隙間を見付けるようにしてするりするりと歩を進めた。早く会いたいという気持ちが、身体の動きを機敏にさせるのかもしれない。

 駅の建物を出て、大通りに面した歩道に立つと、陽射しがきつい。今時分は太陽との位置関係がよくないため、まともに光と熱を食らうようだ。自然と片手で庇を作った。

 冷房の効いた車両から降り、少し早足で階段を登っただけなのに、もう額に汗の粒が浮くのが分かる。

(焦りは禁物)

 どうしても気が急く。今はそれがプラスに作用しているようだけれども、何かの拍子に逆にマイナスにつながる恐れは充分にある。だから、彼は大きく息をついた。公園へ行くために渡らねばならない横断歩道は目の前だが、ちょうど赤に変わったところ。足を止めて、気が済むまで深呼吸を繰り返す。今日の出会いを台無しにしないよう、落ち着きを取り戻すように努める。

「十三時九分か。大丈夫、間に合う」

 腕時計を見て、ふと呟いた。実を言えば、ここに着くまでにも何度も見て確認を繰り返していた。ついさっき、プラットフォームに降りたときも駅の時計に目をやったくらいだ。

 まだ信号は赤のまま。

 重森は軽く目を瞑り、今日に至るこれまでのこと、そして今日これからのことに思いを馳せた。


             *           *


 気になる存在として僕が彼女を意識するようになったきっかけは、小学生時代。三年生か四年生だったか、とにかく初めてクラスが同じになった頃だった。その後はしばしば、同じクラスになったものだ。

 中学生になり、一年の体育祭にて、二人三脚障害物借り物競走にペアを組んで出場。本格的に意識するようになり、同じ年のクリスマス近辺から付き合うようになった。しかしその頃は双方とも、異性との付き合いも大事だが、同性の友達との付き合いも楽しいという気持ちだったため、特別なイベントでもない限り、無理をしてスケジュールを合わせるなんてせず、すれ違いも結構多かった。それでも別れずに続いていたのは、二人とも“今はこのくらいの距離感がちょうどいい”と考えており、また、二人きりでデートをしたらしたでとても楽しいというのもあっただろう。

 だけど、破局は意外な形で、急浮上した。中三の春、僕に妹ができた。自分でも不思議なくらい、妹――喜美恵の世話を焼くのが楽しく、僕の時間は妹に使うことが段々と増えていった。

 一方、如月さんは――あとで聞かされたところによれば――高校受験を控えて、夏休み前まではなるべくデートしたいという気持ちになっていたようだ。僕は彼女の気持ちのちょっとした、しかし前とは明確に異なる変化に気付けず、何だかよく分からないままいつの間にか関係は切れていた。

 それから一年後。同じ高校に入って、僕と如月さんは当たり前のように同じクラスになり、友達関係を復活させ、徐々にではあるけれども元さやに収まろうとしていた。

 しかし、ストレートに関係修復を望んでいたのは、僕の方だけだったらしい。如月さんは元通りになるための関門として、僕を試してきたのだ。


             *           *


 はっと我に返る。人の行き交う風のようなものを肌で感じた。

 正面にある歩行者用信号は青になっていた。と、見る間に点滅を始める。重森は急ぎ、駆け足で渡った。

(危ない危ない。ぼーっとしてた。まさか、何度か青信号をやり過ごしたなんて馬鹿はやらかしていないよな)

 無事、渡り切ったところで、またも腕時計に目をやる。

(まだ十三時十分。問題ない――っと)

 安堵した瞬間、後ろから肩にぶつかられた。軽くではあったが、不意を突かれ、前に多少よろめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る