▼10「初雪」

「お、雪だー」


 クラスの誰かが言った。その発言とほぼ同時、僕もその白色を視界に収める。


『ほんとね、初雪かしら?』


 もう12月に入り少し経つ。寒さを感じてはいたが、今年は確かにまだ見た記憶はなかった。でもそう言えば、ニュースで一昨日の夜中に雪が降ったと言っていたような気もする。

 まあ、そんな細かいことはどうでもいいか。結果的に今年僕が初めて雪を見たのは、今日この瞬間である。

 教室の中もちょっと賑やかになっていて、窓から離れた生徒には立ち上がる者までいた。教師も僅かに顔をほころばせて窓の外を眺めるが、授業中だと思い出し慌てて生徒たちを鎮めようと声を張る。

 僕は窓際の席だから、咎められる心配もなく雪を楽しむことが出来た。


『いいわよね、窓際って』


 少し羨ましそうに安立さんが言う。彼女の席は教室の中央辺り。外の景色は眺め辛いことだろう。

 と言っても窓際の席が良いことばかりとは限らない。冬、まさに今の時期なんて、窓を閉めていてもひんやりとした冷気が伝わってくるのだ。


『でも逆に夏は涼しいわよね』


 甘いよ。日差しがすごいんだ。


『カーテン閉めれば?』


 …………確かにその通りだ。

 なんてやり取りをするけれど、僕も窓際で嬉しいとは感じている。今のようにいち早く気候の変化を察知出来るのは楽しい。

 だから変わらず自然の観察を続けた。降雪量は徐々に増えているようだった。これはもしかしたら、明日は積もるかもしれないな。


『積もったら、三戸くんは雪遊びをするの?』


 不意の質問に、僕は少し考え込む。

 ……誰かに誘われたらするんだろうけど、一人だと寒さに負けて家の外を出られそうにはないな。小学生の頃なら、鼻垂れても構わず遊んでいたんだけどね。

 僕も少し大人になったのだ。


『小学生の子達って、今の時期でも半そで半ズボンで駆けまわってる子いるわよね。いやほんと、すごくない?』


 うん、考えられないよね。僕なんか、どうにかこたつを背負って生きていけないかと考えているぐらいなのに。


『こたつは正義ね』


 まさにその通り。

 頷き合った後、途端におかしくなって息ピッタリに笑い合った。少しだけ声に出てしまったけれど、どうにか周りには聞こえてなかったみたいで安堵する。


『まあでも、ここら辺はまだそんなに雪積もらないからマシよ。北海道とか東北とか、ニュースで見るたび、絶対に生きていけないって思うもの』


 確かに、ここら辺はあんまり積もらないよね。海が近いとそうなんだっけ? あ、でも小3か小4の時に一回だけすごい積もったよね。


『ああ、あったわね! くるぶしまですっかり埋まったわよね!』


 そうそう! 僕んちなんか、お父さんの車が動かなくなって大変だったよ!


『いやぁ、すごかったわよねあの時。まあ本場はもっとすごいんでしょうけど、それでもここら辺じゃ珍しいから、あの時はあたしもはしゃいじゃって、お父さんとお母さんと一緒に色んなもの作ったわ』


 僕も、どれだけ大きな雪だるまを作れるかって、1㎞ぐらい転がしながら歩いたよ。でもそのせいで疲れて、頭は手のひらサイズになったんだよね。


『ふふっ。計画性がないわねー。あたしは手伝ってもらったから、かまくらも作ることが出来たわ』


 いいなー。僕なんかそれこそさっき言った、胴体だけ大きくなった雪だるまに穴を空けて、かまくらモドキを作ろうとしたんだよ。でもどうしてもサイズが合わなくて、頭から肩までしか入らなくってさー。


『ちょっとその絵、想像しただけで笑えるわね』


 失敗だー、って頭出した時、近所のお姉さんに写真撮られてたよ……。まあでも後でその写真を僕も見せてもらって大笑いしたけど。傑作だったねあれは。

 と、思い出話を僕らは披露し合った。現実的に考えれば雪には苦労することの方が多いだろうけれど、全力で楽しんでいたあの頃を振り返ると、悪いものとは到底思えなかった。

 今も、ハラハラ落ちる雪を見ているだけで胸が高揚している。


『……今年は、久しぶりに雪だるまを作ってみようかしら』


 いいかもね。じゃあ僕は一日一体作って、最強の軍団を結成しよう! それぞれ顔つきも変えて、名前も付けるんだ。


『いいわね。ただ、受験勉強はおろそかにならないようにしないと』


 予定を膨らませていたところにピシャリと忠告を受けて、うっと息がつまる。

 まあ、遊んでばかりいられないのも事実だ。早い人だともう今月中に受験は始まるし僕だって2月。悠長なことは言っていられない。

 挙句、最近は授業に身が入っていないからより危うい状況で。


『息抜きもしないと上手く行かないわよ』


 安立さんのその言葉は、もしかしたら自分自身への言い訳かもしれなかった。

 でも、うん、そうだね。と僕も賛同する。

 そうだ、これは息抜きなのだ。

 僕はそっと、視線を黒板へと戻す。

 そうして、見ない内に書かれた白い文字を、急いでノートに写した。

 今年は結局、雪は積もりそうにないらしい。

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