▼7「下校」
「じゃあなー創ー」
「うん、じゃあねー」
放課後。足早に教室を出ていく中野くんに手を振る。3年生だから部活を引退している人がほとんどで、終礼が終わるとすぐに教室から人がいなくなった。
山本くんにも手を振って、でも僕はまだ席から立たないでいた。
『三戸くんは帰らないの?』
まあ、そろそろ帰るよ。
と、安立さんに返事はするけれど、僕は未だ座ったまま。ちょっと窓の外を眺めて、裸になった桜の木を意味もなく眺めてしまう。
『それじゃあ、鈴が戻ってくるまで話し相手になってくれるかしら?』
なんて、安立さんが気を利かせてくれる。どうやら、北川さんがトイレにでも行っているらしく、彼女はそれを待っているようだ。
もう散々話してはいるが、安立さんとの会話はいつだって心弾むものがある。
『て、照れくさいことを言うのね』
言われて、自分でも恥ずかしくなる。やっぱり本心が筒抜けって言うのは問題があるよなぁ。という不満はすぐに撤回された。
『けどあたしも同じ気持ちよ』
嘘偽りのない共感はじんわりと僕の胸の内を温める。思わず彼女の微笑みをこの目で見たいと思ったけれど、僕は動かず耳を傾け続けた。
……この声って、いつまで聞いていられるのだろうか。
『どうなのかしらね。教室の中だけってなったら、卒業したらもう聞こえなくなっちゃうのかしらね』
この教室が、僕たちの声を繋げる必須条件なのだとしたら、そういうことなのだろう。僕らがここに訪れなくなるその時が、この時間の終わりということだ。
卒業まではあと3か月。それを多いと感じるか少ないと感じるかは人それぞれだろうけど、僕はもっと欲しいなと思った。
それに、この交信が突然途切れてしまう可能性だってある。それこそ明日になればパッタリと声が聞こえなくなるかもしれない。
『それで、中々帰らないでいたのね?』
納得とばかりの安立さん。言葉にしていないはずの心まで読まれて、僕はなんとなく気まずくなった。
ということはまあそうなのだろう。自分でもよく分かってはいなかったけれど、ハッキリとされれば、すぐに確信出来た。
安立さんと話すようになってまだ一日も経っていない。それでも僕は、この状況にかけがえのないものを既に感じるようになっていた。
だからこそ、今立ち上がるのが少し不安だったのだ。
『まあきっと、明日も話せるわよ。そしたらまた、くだらないことを言い合いましょう』
うん、そうだね。
こうして、元気づけるような言葉をくれるものだから、もっとこの時間が愛おしくなってしまう。出来るならもう少し、と思っていたが、そうもいかないようだった。
『……あ。鈴帰って来たわ』
そっか。それじゃあね。
『……三戸くんがもう少し話したいなら、あたしも残るけど?』
いや、大丈夫。
そうやって甘やかされ続けていると、本当に抜け出せなくなってしまいそうだ。
『そっか。それじゃあまた明日ね』
うん、また明日。
そう返した途中で、安立さんの声は呆気なく途切れた。途端に強烈な寂しさを感じて、でもそれには見ないフリをして僕はそっと席を立った。
教室を出て、階段を降り、下駄箱で靴を履き替える。
校門を抜けてふと前を見れば、いくつかの生徒の集団があった。
学ランにセーラー服。すっかり寒くなって、コートやマフラーを身に着けている人もちらほらいる。
その中に、彼女の姿はない。
その事実にやっぱり僕は寂しさを感じて、少し早足で帰宅を急いだ。
明日。
早く来ないかな、と願いつつ。
このまま来るな、と終わりに目を逸らした。
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