▼6「テスト」

 今日の社会の授業内容は小テストだった。範囲は明治時代と大正時代に起きた日本での出来事。受験が近く、教科書の内容もほとんど終わっていることから、最近はこういった力試しのような形が多い。

 授業開始早々に配られた問題によって、教室の中はしんと静まり返り、ペンだけが走るのを許されている。

 とは言え、僕の頭の中では相変わらずの声が聞こえていた。


『1868年……なんだったかしら』


 記憶を探っている安立さん。今回は選択問題がないため、あてずっぽうで点を取りに行くのが非常に難しい。選択肢があるのなら、僕の直感は正答率80%を誇るのだが、今回は活躍の場はないかもしれない。


『いつもは直感頼りなのね……。三戸くんの方もあまり進んでいないみたいだけれど大丈夫なの?』


 当然、安立さんにも僕の思考が聞こえるため、こちらの進捗具合も大体把握される。ちなみに僕が手を止めているのは安立さんと同じ箇所だ。

 これまでは、考えていれば頭に答えが浮かんでくれたのだが、この問題はそうもいかないようだった。


『ねえそれ、カンニングというんじゃないかしら?』


 おっと、解答例さんが僕の悪事を指摘なされた。


『解答例って言ったわね……!』


 ごめんなさい、つい出来心で。

 ただ信じて欲しいのは、これが不可抗力だということ。安立さんの思考は耳を塞いでいたって聞こえてしまう。挙句自分で考えようとすれば、僕の声につられた安立さんが答えを思い浮かべるものだから、解く前に分かってしまうのだ。

 故に、この場はやり過ごすべきだと判断し、聞こえたまま写しているというわけだ。自分で考えているところもあるにはあるが、結果、安立さんと同じペースで進んでいる。

 ともかく、この思考の覗き合いは、まるでテストに向いていないということが分かった。


『やれやれ、本番が怖いわね』


 それには激しく同意だね。

 本番のテストは受験する高校の教室で行われるのが大半なので、ほぼ間違いなく声を聞くことは出来ない。教室を一歩出ればこの声はすぐに途切れるからだ。だからまあ、今こんな風に自分ではない声に頼ってしまっていては、自力でどうにかしないといけない時が不安になる。

 声が聞こえる状態でテストに挑む癖をつけないようにしなければと思うのだが、如何せん制御が効かない上、最近は小テスト続き。中々思うようにはいかない。


 なので、ここはもう開き直って協力するのが妙案だと僕は思うんだよねぇ……。

 と、恐る恐る安立さんの反応を待ってみれば、ため息が聞こえてくる。


『……まあ、どちらにしろそういうことにはなっちゃうものね。あたしも、2問目は三戸くんの答えが聞こえてから埋めちゃったし』


 つまりは僕の案を呑むということだ。よっし、楽出来る!


『これは、ちゃんと家での勉強に力を入れないといけないわねぇ』


 目先の利益に目がくらめば痛い目を見るのは重々承知。しかしこれは異常事態。そういう場合は抗わず身を任せるのが吉なのだ。

 言い訳っぽい理屈を浮かべていると、またため息が聞こえた。けれどそれ以上の異論はないようだった。

 それでは、と僕は安立さんが躓いている問題文へと視線を戻す。


≪第5問 1868年に明治新政府が発布した政治の基本方針をなんというか。≫


 ふむ。十七条の憲法かな。

 なんて、適当に単語を思い浮かべたらすぐにペケが付けられる。


『違うと思うわ。それは、聖徳太子の時代でしょ?』


 聖徳太子と言えば飛鳥時代の人物だ。うん、明治にはまるで関わりはないな。

 ま、まあでも、人名でないのは確かだよっ。

 少しでも役に立とうとそんな発言をするのだけれど、安立さんの声は冷たかった。


『分かり切っていることをありがとう』


 うわ皮肉を言われた!

 まるで笑っていない安立さんの顔が浮かんで肩身が狭くなる。しょぼん。


『……相談しようにも、三戸くん使えなさそうね』


 挙句、見限られてしまった。陰口は聞こえないところで言って欲しいものだ。まあ、全部聞こえてしまうのだけど。

 なんてふざけていると本当に嫌われそうだな。うむ、僕は誰とでも良好な関係を築いておきたいので、そろそろ真剣に考えるとしよう。

 ふむふむ、と小テストを睨みながらいつもはどうやって答えを導いていたかを思い出す。

 そうだ。僕は分からない時、他の問題を見てみて、ヒントになる単語がないか探したりするよ。


『あーそういうやり方もあるわね。範囲の広い受験では通じなさそうだけど、小テストだったら有効そう。きっと出題順も年代に沿っているだろうから、後の問題よりも前の出来事と考えればいいものね』


 そうそう。これでちょっとは役に立てただろうか。ならば褒めて欲しい。


『はいはい、三戸くん偉いわね』


 呆れたような言葉だったけれど、なんだかとても嬉しかった。そんな感想に、安立さんは苦笑している。

 それから、二人で他の問題を読んでみるのだが、いまいちヒントは掴めない。


『うーん、分からないわ』


 お手上げとばかりに安立さんは呟く。それでも問題を動かないところから、彼女の忍耐力の強さがうかがえた。

 僕は割とちゃっちゃと次へ行く派なので、先ほど別の問題を読んで分かったところを埋めている。ずっと止まっているところも、もうなんとなく浮かんだ単語の≪五箇条の御誓文≫を書き込んでおいた。


『五箇条の御誓文……なんだかすごくそれな気がしてきた。でも、三戸くんの回答を真似するのは気が引けるわね……』


 まあ散々安立さんに頼っていた僕だし、保証は出来ないからね。それが賢明な判断だと思うよ。


『だとしても、分からないのよね……次の問題は日清戦争だから……あそうだ! そのちょっと前に大日本帝国憲法が出ていた気がするわ! たぶんそれね!』


 お、どうやら安立さんも答えに辿り着いたらしい。僕とは違うものだったけれど、もう僕は記入したし、わざわざ消してまで真似るのはあまり良くないだろう。

 結局、大して協力はしないまま、それぞれに回答を埋めていった。思いの外すんなり進んで、制限時間よりも前に終わってしまう。いつもならその時間は暇を持て余すのだけれど、今は話し相手がいるものだから快適に過ごすことが出来た。

 すぐに制限時間が来て、眠りかけていた先生が黒板の前に立つ。採点は、先生の発表を聞いて生徒が自主的に行う形だ。

 先生がチョークを走らせながら答えを読み上げる。


「5問目は五箇条の御誓文なー」

『なっ!?』


 二人で散々足を止めていた問いの答えは、果たして僕の方が正解だったらしい。驚愕する安立さんの声は徐々に弱々しくなっていく。

 全ての答え合わせが終わり、結果、総合点では僕の方が上回っていた。


『お、おかしくないかしら……?』


 これも、正答率80%な直感のおかげだろう。今日は選択問題ではないのに調子が良かった。

 安立さんに点数で勝てて少し得意げになってしまう。すると悔しそうなうめき声が聞こえて来た。顔を真っ赤にして涙目になっている安立さんを想像するとちょっと可愛かった。


『ぜ、前回の定期テストの結果を言い合いましょうっ』


 勝者の余裕を浮かべていたら、安立さんから別の形による勝負を申し込まれる。パッと思い出す限りなのは全教科の総合点しかなくて、それを発表すれば、どうやら僕の方が上だったようだ。


『あたし、勉強頑張るわ……』


 意気消沈する安立さん。まあと言っても僕は直感頼りなので、あまり自慢出来ることではないのだが、それでも安立さんに勝てて良い気分だ。

 恐らく僕は、彼女に対して対抗意識を燃やしているのだろう。色々共通点があるからか、ちょっと張り合いたくなってしまうのだ。

 以降、小テストが行われるたび、僕らは点数を競い合うようになった。思考が筒抜けだから、相手の回答は真似をしない縛り付きで。

 ただ、そのせいで点を落としたのは安立さんだった。

 直感の回答速度は伊達じゃないのだ。

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