僕の思考が覗かれている。
落光ふたつ
▼1「思考が覗かれている」
この世界には多くの謎が潜んでいる。
その全てを知るなんて出来るわけはない。
全人類は70億人以上いて、それでもまだ余るほど地球は広く、更には途方もない宇宙までが存在している。
それに比べれば、僕なんてどれだけちっぽけなことだろうか。
人ひとりが認知可能な現実というのは、全体のごくごく僅か。パーセントで表そうにも小数点の向こうにいくつ0を並べればいいかも分からない。
それなのに、この目で見ていないものを否定するなんてちゃんちゃらおかしい。
つまりは自分が知る常識ではありえないことも、完全無欠にないとは言い切れない。世の中には超能力者がいて、この僕の脳内を盗み見ている可能性だってあるのだ。
だから僕は、そんな人たちと繋がりたくて問いかける。
……分かっているよ。僕の思考を覗いているね?
ふっ、と心の中で不敵に笑う。きっと相手もギクリとして僕の優位性に気づくだろう。
馬鹿な妄想だと割り切りながらも、捨てきれない夢想を満たす遊び。
そう思っていたはずなのに。
それは、現実となった。
『あなたこそ、あたしが気づいていると分かっているのかしら?』
「……え?」『あれ?』
僕の疑問符に重なる女の子の声。
この時、僕と彼女の妄想は、奇跡を起こしたのだった。
◇
中学3年生。思春期真っただ中。
そんな時期に度々行ってしまう、脳内での語り掛け。
実際に返事などあるわけないと理解しつつも、どこかで期待する非現実。それはまさに、苦手な授業中では現実逃避の意味合いが強く。
なのに、今僕の脳内では明確に、自分のものではない声が響いていた。
「え?」『あれ?』
突然の事態に反射的に声が漏れていて。
それは存外、しっかり発声されていたようだった。
「どうしたぁ?」
授業を進行する数学教師が、耳ざとく声に反応して振り向く。
一瞬で集まる注目。それを散らそうと慌てて僕は取り繕う。
「『いえ、何でもないです!』」
「そうかぁ?」
「『ハイッ!』」
頭の中で返事が重なる。
先生は不思議そうにしながらも言い分を聞き入れて、黒板へと向き直ってくれた。
しかし生徒からは怪しむような視線が送られていて、僕は逃げるように机へと突っ伏す。
そして、今も僕と同じようなことを考えている≪別の思考≫に意識を向けた。
『そういうあなたは、
状況を不思議がる声が聞こえてくる。そんな彼女の思考が筒抜けなように、僕の考えたこともそのまま伝わるらしく、ちゃんと返答がやって来た。
その声の主は、クラスメイトだ。
僕の席から右に二つ、前に一つ離れた女子生徒。名前を安立、か、か……えっと、カオリさん?
『
呆れたように答えが明かされる。どうやら彼女は僕のフルネームを把握しているみたいだった。
というのも、僕達の間に交友関係らしいものは一切なかった。クラスで互いの姿を視認することはあったけど、会話した記憶なんてまるでない。
お互いそれほど目立つこともなく。僕はいつも男子とつるんでいるし、安立さんは女子の輪の中にいた。
口数はあまり多くないけど、友人と親し気に笑っている表情に時々目を奪われる、そんなどこか遠い存在。
『え、見られてたのっ? 恥ずかし……』
はっ!? 僕の思考は全て覗かれているんだった!
だとしたら、すれ違った時に匂いを嗅いでしまったことや、体操着からチラリと覗いた下着を見てしまった記憶も全部バレて!?
『ほ、ほう? 三戸くんのその記憶、どうやったら消えるかしら?』
全力で墓穴を掘っていく僕。なんだこの現象。僕の精神を殺しに来ている!
『というかあたしも、汗だくの加藤くんや、松下くんの腕に浮き上がる血管をチラ見していた記憶は考えないようにしないと……』
うんまあ、僕の名前が上がらないことは別に全然悲しくないけどね? 分かってるさ! 僕の容姿が中の下ぐらいってことは! ……いやほんとは辛い。
『あぁあああああああああ!? 考えないようにしたら考えちゃう!? 別に三戸くんのことも授業中居眠りしているとこ可愛いなとか思って……ほぁあああああ!?』
………。こ、これはダメージがヤバいね。お互い。……いやぁうん、僕は可愛い系かぁ。
頭の中で響く絶叫が、その振動で僕の表情をユルユルにほぐす。突っ伏していなければ、同級生たちから更なる奇異の目で見られるところだった。
しばらくして気持ちを落ち着けた僕は、少しだけ顔を上げて安立さんの席を眺める。
そして最初に聞こえた声を思い出し、安立さんも僕と同じような妄想をしていたんだな、と親近感を抱いていた。
『忘れて』
するとようやく、我に返った声が鋭い命令を発してきた。
『一時の気の迷いなの。いつもはしてないの。いやしてるけど。いいやしてないっ! 一人で考え事してるとつい……ああもうっ!』
言い訳の際中にも隠し切れない本音が漏れている。
そんな風にあたふたする安立さんはなんだか新鮮で、面白かった。
『……三戸くんももっと何か秘密を言っちゃわないかしら』
どうやら彼女は僕を道連れにしたいようだった。
けど甘いよ。既に失敗した人を前に僕も同じ轍を踏むわけがない!
だから決して、下校中の見えない尾行者に「つけているな?」と投げかけたり、就寝時に不可視の幽霊へ「僕は仲良くなりたいんだ」と語りかけたりしていることは絶対に思い浮かべないぞ!
『あたしより重傷そうでホッとしたわ』
しまったぁあああああああ!?
どうやら人類に思考の制御は難しいようで、隠そうとすればするほどに色々思い浮かべてしまう。
『本当に隠し事は出来ないみたいね』
少し冷静になった安立さんの声は、ため息を吐くようでありながら、どこか楽しそうで。
……ほんと、困ったものだ。
と浮かべながら僕も、同じ気持ちだった。
『何はともあれ、しばらくはよろしくね』
うん、よろしく。
そうして僕たちは、不自然なぐらいにすんなり受け入れる。
それは、ちょっとした願いが叶ったからだ。
僕は、彼女と話したかったんだ。
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