キミドリ

葉島航

キミドリ

 キミドリがなぜキミドリかというと、黄緑色の服ばかり着ているからだ。

 黄緑色のシャツ、ズボン、ベルト、サンダルに至るまで、全部が黄緑色だ。

 家の段ボールを開けると、黄緑色の服がこちらを見上げる。

 みんな少しずつ色合いが違う。月曜日の黄緑色と、火曜日の黄緑色では、やはり、色合いが少し違う。

 昔は、黄緑色の服を見かけると、買ってもらわなければ気が済まなかった。何度大泣きして、お母さんとお父さんを困らせたか。でも、今では、それがよくないことだと分かっている。お金がかかることもよく分かっている。だから、どれだけほしくても我慢がきくようになった。

「ピュアホーム」のマシタさんは、キミドリが顔を出すと、「やあ、キミドリくん」と言う。マシタさんは分厚い眼鏡をかけたひげのおじさんで、いつも難しい顔をしてパソコンとにらめっこをしているけれど、そのときだけは笑顔だ。だから、キミドリはマシタさんが好きだ。

 キミドリは、「ピュアホーム」でスタッフをしているカザマさんのことが好きだ。若い女の人で、茶色くて長い髪がとてもきれいだ。ときどき赤いピアスをしてきて、それはよく似合っていた。

 だけれども、同じスタッフのエグチさんは、それが嫌らしい。しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、カザマさんに文句を言う。カザマさんは、そのたびに「ごめんなさい」と謝っていて、かわいそうだ。でも、エグチさんは怖いので、キミドリも助けに入ることができない。

「ピュアホーム」は学校のようで、キミドリはそこが好きだった。好きなだけ庭の花を見ていることができたし、雨の日にも植物図鑑を眺めていられた。気が向けば、他の人たちといっしょに貼り絵をやってみたり、押し花を作ってみたりすることもできた。

 けれど、「ピュアホーム」は閉まってしまった。マシタさんは残念そうに、「しかたないんだよ」と言った。カザマさんとエグチさんは、普段は仲が悪いのに、このときはいっしょになって怒っていた。マシタさんに怒っているわけではなさそうだった。

「ピュアホーム」がまた開くのは、早くても二か月後だとマシタさんは言った。一か月が三十日だから、六十日も待たなくてはいけない。それはつまらないな、とキミドリは思った。

 キミドリはお父さんと二人暮らしだった。お父さんは朝も早いし、帰りは遅い。でも、キミドリのために、ご飯をちゃんと用意してくれていた。お風呂も沸かしてくれていた。そうじも、洗い物もしてくれていた。

 朝、キミドリは目覚ましなしで起きることができる。いつも同じ時間だ。

 いつもと同じチャンネルを見ながら、ラップをはがして、朝ご飯を食べる。それから、お風呂に入る。

 さっぱりすると、黄緑色の服を着て、裸足にサンダルをつっかけて、散歩に出かける。

 散歩の道も、やっぱり決まっている。部屋を出て、十歩で階段を降りる。そのあと、二十五歩で歩道に出る。まっすぐ進んで、二つ目の信号を曲がる。このとき、角の電信柱にタッチする。電信柱はひんやりとしていて、手のひらが気持ちいい。そのまま、塀をなぞって進む。コンクリートの塀はざらざらとしているけれど、ところどころツルツルしたところがあって、そこの感触が好きだ。

 やがて塀が途切れ、今度は足元を見て進む。側溝に、煙草の吸殻が捨ててある。塀の途切れたところをスタートにして、ひとつ、ふたつ、と数える。毎日数が違うのだ。増えていることもあれば、減っていることもある。数が昨日と同じときには、少しラッキーな気分になる。

 側溝のゴールには、おばちゃんが立っている。「おはよう」と言われ、「おはようございます」と頭を下げる。

 このおばちゃんは、晴れているといつも同じところに、同じように立っている。だから、キミドリはこのおばちゃんが好きだ。名前も知らないけれど。

 キミドリにあいさつしてくれる人は多い。キミドリは人の顔を覚えるのが苦手なので、誰が誰だかいまいち自信がないけれど、それでもあいさつは好きだ。学校でも、あいさつをするといい気分になると教えてもらえた。

 ひとつ、ふたつ、とあいさつした回数を数える。これも、毎日数が違う。けれど、不思議なことに、数が昨日と同じときよりも、数が昨日より多いときの方が、ラッキーな気分になる。よく分からないけれど、これが先生の言っていたいい気分なのかな、とキミドリは思う。

 やがて、「ピュアホーム」が見えてくる。いつもはこのまま玄関を開けて中に入るのだけれども、今は閉められているので、それができない。マシタさんから、「庭を見に来るくらいならいいよ」と言ってもらえているので、庭にしゃがんで、花壇を見る。

 花壇には、青々とした草が生えている。いろいろなものがあるけれど、キミドリが一番気に入っているのは、丸々とした葉っぱの草だ。いろいろな角度から、その葉っぱを眺めてみる。上から、横から、下から覗き込むように。

 太陽の光が透けて、葉脈が光っている。まっすぐで太い管がひとつ、そこから分かれて、細かい筋が広がっている。この中を栄養が通っているんだよ、とカザマさんが言っていた。土の栄養を吸って、隅から隅まで。葉脈の中を流れる粒を見られないかと、顔を一生懸命に寄せてみる。草の揺れる、さらさらした音が聞こえる。栄養の粒は、見えたのか見えなかったのか、よく分からない。

 長い時間をそこで過ごし、それからキミドリは立ち上がる。ずっとしゃがんでいたので、足がぼわんとする。キミドリは、それが嫌いではなかった。くすぐったいような、かゆいような、変な感じがする。

 行きと同じ道を戻る。おばちゃんはもういないし、煙草の数は変わっている。電信柱は、相変わらずひんやりとしている。

 家に戻ると、冷蔵庫から、お昼ご飯を出して食べる。

 お父さんから電話があったのは、その日の夕方だった。キミドリは電話が嫌いで、お父さんからは受話器を取らなくてもいいと言われている。お父さんから電話があると、いつも留守電に入れてもらって、後から聞くようにしている。

 留守電に入っているお父さんの声は、いつもよりがさついていた。時折、ごほごほとせき込んでいる。

「最近、変な風邪が流行っているんだよ」

 お父さんはそう言っていた。

「お父さんの会社でも、一人、その風邪にかかったらしいんだ。もしかしたら、お父さんももらってしまったかもしれない。これはうつると大変だから、しばらく帰れない」

 そんなようなことを、お父さんは言っていた。しばらくは、ホテルに泊まると言っていた。ピュアホームに電話をしておくから、お世話になりなさい、と言っていた。キミドリは、お父さんはピュアホームが閉まったことを知らないのかな、と思った。

 それからお父さんは、帰ってこなかった。

 お父さんがいないから、朝ご飯も、昼ご飯も、夜ご飯もなかった。キミドリは、やかんのお茶を飲んだ。カップ麺の作り方は、お父さんにも学校の先生にも教えてもらったことがあるから、いざとなったらそれを食べようと思った。でも、カップ麺は体に悪いから、もう少し我慢した後にするつもりだった。お腹がすいたのを我慢するためには、寝るのが一番いい。キミドリは、ごそごそと布団の中にもぐった。

 次の日も、キミドリは散歩に出かけた。お腹の虫が騒ぐので、帰ったらカップ麺を作ろうと思った。でも、お湯の沸かし方をキミドリは知らなかった。

 散歩から帰る途中で、ヒナタさんとヒカリさんにあった。二人は、キミドリの友達だった。二人とも金髪で、ヒナタさんは鼻にピアスをしていて、ヒカリさんは目の周りをパンダみたいに黒く塗っていて、怖い見た目だけれど、いじめられたことはなかった。今日は珍しく、二人ともマスクをしていた。マスクは真っ黒で、キミドリは、絵の具で塗ったのかなあと思った。そうしたら、自分もマスクを黄緑色に塗ってみたい。

「おう、久しぶり」

「お久しぶりです」

 丁寧にお辞儀をすると、ヒナタさんは笑った。

「なあ、お前、今とんでもない風邪が流行ってるの知ってる? 世の中大変みたいだぜ」

 キミドリは、ニュースを見るのが好きだった。でも、そんな風邪のことは知らなかった。

「いいこと教えてやろうか。トイレットペーパーをたくさん買っておくといいらしいよ」

 ヒナタさんが言うと、ヒカリさんが「そうそう」と言った。

「外国からのユニューがトドコールらしいんだよ。だから、トイレットペーパーがなくなるんだって。早く買わないと、これからずっと買えないんだって」

「そうなんですか?」

 キミドリはびっくりした。それは大変なことだ。トイレットペーパーがなくなってしまったら、自分はもちろん、お父さんが帰ってきたときに困ってしまう。

「今のうちに買っておけよ。たーくさんだぞ。自分の分だけじゃなくて、家族の分もだぞ。何か月分もだぞ」

 念を押した後、ヒナタさんとヒカリさんは、じゃあな、と言って歩いて行った。少し行ったところで、二人で話しながら、何やら楽しそうに大笑いしていた。

 キミドリは、大慌てで家に帰った。電信柱にタッチするのも、この日は省略するほどだった。

 家で、自分の財布を広げてみた。お父さんがくれたお小遣いを貯めてある。お金の数え方は、学校でしっかり習った。畳の上に、お札と小銭を並べていく。

 全部で四千二百六十円あった。それを握りしめて、近所のスーパーに向かう。

 スーパーには、トイレットペーパーがたくさんあった。本当にこれがなくなるのかな、とキミドリは思った。でも、ヒナタさんとヒカリさんがせっかく教えてくれたのだから、きっとなくなるんだろう。

 自分の分と、お父さんの分がいる、とキミドリは考えた。トイレットペーパーは、何日くらいでなくなるのか、よく分からない。でも、もしかしたらすぐ使い切ってしまうかもしれない。

 キミドリは、お母さんのことを考えた。お母さんは、前に一人で引っ越してしまった。住所は分からない。どこかのアパートの一〇三号室、ということだけ、キミドリは知っていた。お母さんはキミドリのクシャクシャした髪の毛をなでて、「ごめんね」と言った。どうして謝るのか分からなくて、キミドリはひとまず「いいよ」と言った。お母さんはそのまま振り向かずに、たくさんの荷物を抱えて行ってしまった。

 お母さんも、もしかしたらトイレットペーパーがいるのかもしれない。キミドリはそう心配になった。お母さんは、トイレットペーパーがいくつくらい必要だろう。もしかしたら、赤ちゃんが生まれているかもしれない。そうすると、赤ちゃんの分もいる。

 長い時間悩んで、キミドリは、買えるだけ買っていこう、と思った。カートを持ってきて、トイレットペーパーの袋をたくさん積んだ。買い物の練習のときは電卓を使ったけれど、今はもっていない。だから、一生懸命に頭の中で計算した。

 レジのおばちゃんにお金が足りないと言われて、一袋返すはめになったけれど、それでも十袋以上買うことができた。おばちゃんには、ちゃんと謝ることもできた。持ち運ぶのはとても大変だったけれど、一つの指に一袋か二袋ぶら下げて、器用に持った。家に帰る途中に、指の関節がじんじんして、だんだんしびれてきたけれど、キミドリはそれ以上にうれしかった。お父さんとお母さんから「ありがとう」と喜んでもらえることを想像して、スキップした。

 やっとのことでトイレットペーパーの袋を玄関に運び込み、テレビをつけて休憩した。お茶は嫌なにおいがしたので、水を飲んだ。テレビでは、どこかのホテルで、肺炎を起こした男性が亡くなった、というニュースがやっていた。

 何日かが過ぎた。キミドリは、一つ発見をした。カップ麺は、水でもやわらかくなるという発見だ。長い時間がかかったし、あまりおいしくはなかったけれど、お腹いっぱいに食べることができた。お風呂に入れないのは悲しかった。キミドリは、お風呂の洗い方を知っていた。だけれども、お風呂を洗おうとすると、昔のことを思い出してしまう。キミドリは、一度、お風呂を洗おうとして、湯船を張り、そこに洗剤を一本分全部入れてしまったことがあった。その方が楽だと思ったのだ。そのとき、お父さんとお母さんはものすごく怒り、お父さんはキミドリの頬をぶった。そのときのことを思い出すと、キミドリはどうしてもお風呂を洗えなくなってしまうのだ。シャワーを浴びることも考えた。だけれども、シャワーは痛い。針とまではいかないけれど、細かな水の線が、チクチクするのだ。

 夜に一人で家にいるのは心細かった。何より怖いのは、時々電話が鳴ることだった。しんとした部屋で、突然甲高い音が響くと、キミドリは飛び上がってしまう。そのまま耳をふさいで、壁に背中を付けている。自分の呼吸の音に耳を澄ませる。そうして、電話が過ぎ去るのをひたすらに待った。

 何度目かの夜に、お父さんが帰ってこないのがどうしようもなく心配になった。どこかで、悪い風邪をひいてしまっているのかもしれない。でも、お父さんのいるホテルが分からない。

 昔、お世話になった場所があった。そこに行ってみようと思った。ワカマツさんという男の人が、とても優しくしてくれたところだった。

 もう夜遅かったのだけれど、サンダルをつっかけて、そこまで行ってみた。呼び鈴を押す。しばらくして、おじさんのような声がインターホンから聞こえた。ワカマツさんではないようだった。

「はい?」

「あの、ワカマツさんいますか?」

「はあ、今はいないですが」

「あの、お父さんが帰ってこないんです。ずっと帰ってこないんです。どうしたらいいですか」

 声の主は、ため息をついたようだった。

「あのねえ、君、何歳?」

「二十歳になりました」

 キミドリは、少し胸を張った。もう子どもではないのだ。だから、こうして夜に相談に来ているのだ。

「看板見てごらん、『児童』って書いてあるでしょう?」

 インターホンの向こうの人は、優しく教えてくれた。

「『児童』っているのはね、小学生より小さい子ども、って意味なんだよ。だから、大人はここに相談に来られないんだ。君はもう大人だよね」

「はい、僕はもう大人です」

「じゃあ、ここでは相談ができないよ」

 キミドリは、そうか、と思った。僕は大人だから、子どもの相談をするここでは、もう相談できないんだ、と。

「分かりました。ありがとうございました」

 そう言って、キミドリはその場を後にした。もう大人だから、自分で何とかするしかない、と思った。

 キミドリはさらに考えて、お母さんを探すことにした。お母さんは、どこかの一〇三号室にいるはずなのだ。せっかく買ったトイレットペーパーも、渡さなくてはならない。

 あくる日から、キミドリはトイレットペーパーを四袋提げて、近所のアパートを回るようになった。一〇三号室のあるアパートを探し、部屋の呼び鈴を押す。相手が出なければ、そこは後回しにする。もし返事があれば、「すみません、ヤマノベミドリさんはいますか」と聞く。学校の廃品回収に似ていた。お母さんはなかなか見つからなかったが、お礼を言うことも忘れなかった。

 アパートを探し回っていると、たくさんの人とすれ違った。みんな、キミドリのことをじっと見ていた。キミドリは、もしかしたら知り合いだったのかな、と思った。けれど、みんなマスクをしていたので、余計に顔が分からなかった。本当に風邪が流行っているんだなあ、と思った。トイレットペーパーを買っておいてよかった。もしかしたら、みんなトイレットペーパーがうらやましいのかもしれない。

いつしかキミドリの指にはマメができ、それがつぶれて汁が出てきた。痛かったけれど、トイレットペーパーを置いていくわけにはいかない。

 キミドリはがんばって歩いた。サンダルがぺたぺたと音を立てた。

 朝の散歩はやめてしまった。いつもあいさつしていたおばちゃんが、キミドリを見ると家に戻ってしまうようになったのだ。空はこんなに晴れているのに。ヒナタさんとヒカリさんとすれ違うこともあった。けれども、二人ともトイレットペーパーを提げて歩いているキミドリを見ると、そそくさとどこかへ行ってしまう。キミドリは、トイレットペーパーのお礼を言いたいと思っているのに。そういったことを何度か繰り返すうちに、キミドリは、これと似たことが前にもあった、と思うようになった。思い返してみると、今までにもたしかに、そんな経験をしたことがある。それは、学校で、友達から「ばいきん」と呼ばれたときだ。キミドリはとても悲しい思いをし、ずっとその思い出にふたをしていた。今、キミドリとすれ違う人たちは、そのときと同じなのだ。

自分が悪いのかもしれない、とキミドリは思った。お風呂に入っていないから、くさいのかもしれない。変な風邪が流行っているから、また「ばいきん」だと思われているのかもしれない。道行く人に、ごめんなさい、ごめんなさいと思いながら、キミドリはアパートを回り続けた。

 夜になり、キミドリは布団に入った。もう寒い季節が近づいていた。布団はまだ夏のものだったので、少し寒かった。

 真夜中に、目が覚めた。少しフラフラする。横になっているのにフラフラするのは不思議だと思った。昼間たくさん歩いたからかもしれない。晩ご飯を食べなかったのがよくなかったのかもしれない。

 部屋は真っ暗だけれど、目が慣れて、うっすらと天井の電球が見える。傘の下で紐が揺れている。

 あれ、と思った次の瞬間に、ドーンという音が響いた。それが地面から聞こえてきたことに、キミドリは後から気づいた。慌てて布団を頭までかぶると、縦に横に揺さぶられた。ガラガラという音と、バリバリという音が聞こえた。何かが布団の上に倒れこんできた。一瞬息が詰まったが、思いのほか重くなかったので、払いのけることができた。

 大きな地震が起きたのだ、と分かるころには、揺れは少し収まりつつあった。けれど、様子を見ようと頭を出そうとした瞬間、また、ドーンと来た。どのくらいの時間か分からない。これまでの地震では経験したことのないほど長い時間、キミドリは揺さぶられていた。布団からやっとの思いで片手を出し、トイレットペーパーの袋をひっつかんで中に引き入れた。ガラスか何かで切れたのだろうか、手の甲から血が出た。トイレットペーパーの袋も破れてしまい、中からロールがこぼれ落ちた。 布団の中で、キミドリはそれらをかき集め、必死で抱きしめた。悪い風邪が流行って、地震まで起きて、お父さんとお母さんがどれだけ困るか分からない。キミドリが自分のお小遣いで買ったトイレットペーパーをあげたら、二人ともどれだけ助かるか分からない。

 やがて、本当の本当に揺れが収まった。キミドリは、こわごわと布団から這い出た。窓ガラスが割れている。辺りに、柱や壁が崩れて散っている。布団の上に倒れこんできたのは、押し入れのふすまだったようだ。布団を体に巻き付けて、トイレットペーパーをしっかり抱いて、割れた窓からキミドリは外に出た。住んでいたアパートは、後ろ向きに倒壊してしまっていた。キミドリのいた部屋がつぶれなかったのは、幸運だったらしい。

 周りの家も、崩れたり、歪んだりしていた。どこからか、こげくさいにおいがする。

 キミドリは、瓦礫で埋まった地べたに座り込んだ。そのまま空を眺める。

「あ」

 小さく声を上げる。

 流れ星が見えたのだ。それも、一つではなく、二つ、三つ、たくさん。

 光の残像を追いかける。じっと見つめていると、星たちがゆらゆら動いているような気がしてくる。知らない間に頭か眼を打ったのかもしれない。光が花火のように散らばって見える。

 キミドリは、葉脈みたいだ、と思った。この空が大きな葉っぱで、この地面から栄養を吸って、その粒が星なのだ。

 そこここで人の気配がする。誰かの呼ぶ声がする。それでも、キミドリは夜空を見つめ続けた。その目から、涙がこぼれ落ちる。

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キミドリ 葉島航 @hajima

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