悪魔と呼ばれた少年の復讐

丸鳩

『なんでお前みたいなやつが普通に学校に通えてるんだ? はやく死ねよ』


 懐かしい声が聞こえた。二度と聞きたくない声。


『なんだその目は? 悪魔のくせに歯向かうんじゃねえよ!』


 ドゴッ!

 思い切り顔を殴られた。この痛みも慣れてきたものだ。

 だけどそれは僕が悪魔だから仕方ない。そう思い込んで来た。


 すると光景が変わる。もう二度と思い出したくない、あの日の事件。


『なんで学校が燃えてるんだよ……』


 先生……先生は無事なのか?

 煙が立ち上る中進み先生を探す。そうして見つけたものは……


『先生……』




 勢いよくベットから飛び出た。


「夢か……」


 いや、正確には夢ではない。昔あったあの日の話。


「おきたかい?リル」

「うん。おはよう母さん」

 

 1階に降りると母さんがご飯を作ってくれていた。すごくいい匂いがする。

 お腹が空いていた俺はテーブルにつき、黙々とご飯を食べ始めた。


「遂にこの日がきてしまったねえ……」


 今日は年に1回行われる祭りがある。この街に住む人々はこの祭りを成功させるために準備を入念に行っている。

 しかし、俺はこの日を祭りの日と呼ぶことは無かった。


 今日は先生の命日だ。


「その右目の分もやらないといけないね……」


 俺の右目には眼帯がついている。なぜならこの目は『潰れている』からだ。

 正確に言えば『潰された』のだ。


「絶対にこの復讐はやり遂げてみせる……」


 俺は目を閉じて10年前の事を思い出す……





『なあ、お前なんで右目が青いんだ?』


 生まれつき俺の右目は青かった。

 4~6歳の頃はこの目の事をかっこいいと思っていたし、皆からも注目を浴びていた。

 しかし学校に入学したとき、それが全て間違いだったことに気づいた。


『お前……悪魔じゃねえか』


 生まれつき俺の右目が青かったのは俺が悪魔の末裔だったからだった。

 それに気づいた周りのやつらはその日を境にガラッと変わってしまう。


『なんで悪魔が普通に生きてるんだよ。なあお前ら? お前らもそう思うよな?』


 周りの人はゆっくりと頷く。


『暴力で人を怖気させて、どっちの方が悪魔だよ!』

『ああ?』


 また拳が飛んでくる。何回も何回も何回も。


『悪魔が! 人間様に! 歯向かうんじゃねえよ!』


 ドスッ ゲシッ バゴッ


 痛い。なんでこんな思いをしなければならないんだ。


『お前らも分かってるよな? もしこの悪魔と仲良くしてるようであれば、この俺ジョン様がこいつと同じ目に合わせてやるぞ?』


 なんだよこいつ。ただのゴミクズじゃないか。

 ただ暴力で脅しているだけ、そう思っていた。


『なあ、俺もそいつボコボコにしていい?』


 どこからかそんな声が聞こえた。

 その声を初めに


『俺も』

『私も』

『皆でこいつやろうぜ?』


 違った。皆は暴力に怯えてジョンにしたがっている訳では無い。


 単純に俺を虐めたいだけだったんだ。


 クラスの皆から攻撃を浴びる。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い


 すると教室に人が入ってきた。担任だった。


『先生……』


 先生に助けを求めて手を伸ばす。すると先生は……


 パシッ!


 俺の手を叩いた。


『悪魔が人間に気安く触れるなよ』


 結局その日は先生も含めたクラス全員に一日中殴られ、蹴られ、気づくと気を失っていた。




『ちょっと! 大丈夫?』


 声が聞こえた。目を開けると人がいた。

 さっきのやつらとは違う、人を見るような目で。


『一体どうしたの? こんな傷を負って』

『なんでもないです……』

『とりあえず保健室に来なさい? 傷の手当をしないと……』


 これが僕とメアリー先生の出会いだった。


『とりあえず応急処置をしておいたけど本当に大丈夫? しばらく安静にしていたら?』

『親に悪いので帰ります。この傷もどうってことないので』


 椅子から立ち上がり荷物を持つ。今日あったことは母さんに話さなければ


『そう……気をつけてね?』


 俺は足早に家に向かった。




『おかえり……ってどうしたのその怪我!?』


 僕の体をみると驚いた顔をして飛びつく。当然の反応だろう。

 僕は学校であった出来事について話した。


『そうだったのね……』

『母さん、僕は本当に悪魔なの?』


 母さんは深刻そうな顔をしながらゆっくりと頷く。


『なんでそんな重要なこと黙っていたんだよ!?』


 怒りが溢れた。この目も誇りに思っていたし、皆とも仲良く過ごしていたのに……


『ごめんね……リル……』


 一言謝罪し続ける。


『でもね、絶対に皆のことを恨んだらダメよ?』


『僕をこんな目に合わせているのに恨んではいけない? なんでだよ?』

『あなたが悪魔だからよ』


 なんで……好きで悪魔になったわけじゃないのに! 悪魔相手なら何してもいいのかよ?


 言いたい言葉が次々と頭に溢れる。しかし、その言葉は口から出なかった。


『いい? リル。絶対に人間に歯向かってはダメよ? 明日も頑張って学校に行きなさい』

『なんで……』

『行きなさい!』


 バンッ!と音をたて机を叩く母さん。この狂気じみた顔をした母さんに反抗する気も起きず……


『はい……』


 そう答えるしかなかった。




 その日から地獄のような日々が始まった。

 朝に暴力、昼に暴力、殴られ蹴られ一日を終える。そんな日々が続いた。

 毎日殴られるたびに痛みにも慣れ、そのうち痛みというものを無くしてしまった。

 息を吸うように浴びる暴力や暴言。しかしそれは仕方ないと思う。

 

 なぜなら僕は悪魔なのだから。


 日に日に感情も失っていく。僕は生きちゃいけない人間……いや生きちゃいけない『物体』

なんだ。

 そう思い込んでいたとき、とある一筋の光が入り込んだ。


『大丈夫!?』


 どこか懐かしい優しさを含んだ声。その声を聞いた瞬間、涙が溢れ出した。


『先生……』

『とりあえず保健室いくよ!』


 

 明るい日差しを浴びながら治療を受けていた。


『骨も折れているし……痣も傷も……』

『すみません。僕なんかの為に……』

『静かにしてて。絶対に動かないでよ?』


 時計の針が動く音を聞きながら時が過ぎるのを待った。


『とりあえずの処置はしといたけど、まだ動いたらダメよ?』

『あ、あのお先生?』


 僕はずっと思っていた疑問を先生にぶつける。


『先生は僕のことどう思ってるんですか?』

『青いかっこいい目をもった可哀想な子』

『怖くないんですか?』

『なんで? だってそれすごくカッコイイじゃん!』

『僕は悪魔なのに……』

『でも危害を加えないんでしょ?』


 はっとした。言われてみれば何故僕は虐められているのだろうか?けっして皆に迷惑をかけているわけではない。


『1度皆と話してみたら? 明日は祭りだし、丁度いいでしょ?』


 自信をもらった。僕は悪魔なんかじゃない。ただの普通の人間だ!


『ありがとうございます先生! 明日皆と話してみます!』

『うん! 頑張ってね!』


 気分も明るくなったところで教室から出た。


『あいつムカつくな。悪魔なんかと仲良くしやがって』


 そして『あの日』がやってくる……



『皆! 少し話を聞いてくれないか!?』


 皆がこっちを見る。しかしその目は人間を見る目ではなかった。


『おいてめえ、何人間様に命令してるんだ?』


 ジョンがこっちを睨みつける、怖い、ものすごく。

 だけど……


 ここで踏み出さないと何も変わらない!


『僕は君たちに何の危害も加えてない! 僕もただ1人としての人間として過ごせないのかな!?』


 皆に届くよう、自分が出せる最大限の力で叫んだ。

 クラスの皆がざわつき始める。そのざわつきを止めたのはジョンだった。


『そうだな……』


 認めてくれた。1人の人間として……


『でもお前は悪魔、それは変わらないだよ』

『でも……』

『何も危害を加えていない? お前馬鹿なの? お前は存在しているだけで害悪なんだよ』


 そんな簡単に変わる世界じゃなかった。

 今思い出した。こいつらはクズだ。


『にしてもお前調子のってんなぁ……』


 ジョンがこっちに近づき頭を抑えつける。


『その目ムカつくなあ……消すか……』


 ジョンは胸ポケットからカッターナイフを取り出し刃を出す。

 そしてその刃を俺の目に近づけてくる


『やめろ……やめろ! やめてくれえ!』


 その刃は次第に目に近づき……


『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!』

『ざまあみろ、悪魔のくせに調子のんなよ』


 今までに感じたことのない激痛。意識が朦朧とする中、ジョンの発した言葉が頭にまとわりつく。


『てかこいつもっと潰すためにもさぁ……あのメアリーってやつやろうぜ?』


 今なんて言った。やめろ、それだけは

 声を出したい、殴ってでも止めにいきたい。しかし、そこで意識を失ってしまった。




 

『暑い……』


 目を覚ますと体が焼けるような熱さを感じた。体を見渡す。


『燃えてる!?』


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い

 体の火を消すために動きまわったがその火は消えなかった。


 体の熱さに耐えながら、気絶する前のことを思い出す。


『あのメアリーってやつやろうぜ?』


 そうだ先生……先生を助けてないと!

 痛みなど関係ない。熱さなど関係ない。

 僕に希望を教えてくれた先生、先生だけは絶対に死んだらダメだ!

 地獄のような熱さに耐えながら先生を探す。


 数分後──


『先生……』


 みつけたのは先生の死体だった。


『……』


 今に覚えていろよ……

 俺が必ず……


『お前に復讐してやる……』


 この日に俺は復讐を決意した。




「それじゃあ母さん。いってくる。」


 今日は大きな祭りがある。そこでジョンを見つけ出し……復讐する。


「気をつけてな」


 ドアを開けて外に出る。外の蒸し暑い空気に触れながら外に出た。




 人が賑わうなか、人混みをかき分けながらあいつを探す。

 どこだ……どこだ……

 ひたすらあいつを探す。一体どこにいる。


「ちょっとそこの子供ちゃん? 今持っているお金全部渡そうか。じゃないと痛い目を、 見ることになるよ?」


 何年間も恨んできた声が聞こえた。

 声の方向に視線を向ける。間違いない、何年間も恨んできた男の顔だ。


「何年たってもクソ野郎だな……」

「あぁ? ってお前は!」


 俺はそいつの首を掴んで唱える。


「テレポート」


 やっとだ……やっと……


 復讐が果たせる。




「さっきまで祭り会場にいたのに……なんでだ!?」

「何をそんなに驚いてるんだ? ちょっと瞬間移動しただけだよ」

「瞬間移動?」


 驚くのも無理もないだろう。この世界では魔法などない。


「何ふざけたこといってるんだ? はやく戻せ!」

「別にふざけてないよ? だって僕 俺は悪魔なんだもん」


 俺はこいつに復讐するために『悪魔』の力をずっと鍛え続けた。結果、この世界では使えない魔法を使うことができた。


「拘束」


 そう唱えるとジョンの体は縄で縛られ、身動きにとれない状態になる。


「なんだよこれ! はやく解放しろよ!」


 いい顔するなぁ……この時の為に俺は何年間も……


「ハハハッ! いいねえその反応! もっと絶望してよ!」

「何ふざけて……」

「じゃまず軽く1本」


 俺はポケットからナイフを取り出した。


「おい何をする気だ? やめろ!」

「やめないよ?」


 ザクッ!


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」


 俺は指を1本切り落とした。

 この反応……本当にいい!


「もっと絶望する声を聞かせてよ! ほら! ほら!」


 指を2本、3本、4本……次々と切り落としていく。


「やめろオオオオオオオオオオオ!!!」


 今までにこんな満足感を感じたのは初めてだ! 先生……初めて生き甲斐を感じましたよ!


「お前ぇ! こんなことしてタダで済むと思ってるのか!」

「へぇー? よくいうじゃん?」


 ジョンに近づき眼帯を外す。


「こんだけのことをしておいて何言ってるの?」


 ジョンは顔をしかめる。まさかこんな状況になるとは思っていなかっただろう。


「右手はあと1本か、キリ悪いしいっちゃおう」


 残り1本の指を切り落とす。しかしジョンの反応はなかった。


「もしかして気絶しちゃったかな? まあいいや」


 ジョンに触れて唱える。


「ヒール」


 ジョンは直ぐに目を覚まし、手を見た。


「指が治ってる……」

「俺が治してあげたよ?」


 ジョンの顔を覗き込みながら言う


「何か言うことは?」

「はあ?」


 またナイフ手に取り


「もう一度いうよ? 何か言うことは?」

「……ありがとうございます」

「随分の素直じゃん! ほらご褒美!」


 そうして指を切り落とした。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

「喜んでくれて何よりだよ!」


 やばいこれめっちゃ楽しい! ジョンいつもこんなことしてたのかよぉ!


「もちろん休む暇なく痛みを感じてもらうよジョン君?」

「てめえ……」

「はいもう一本」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」


 ここから数時間俺の拷問は続いた。




「はあ流石に疲れたなぁ……」

「お願いします……」

「ん?」

「許してください……お願いします!」

「ん?何?」

「お願いだからぁ! 許してくださいぃ!!」


 何この無様な顔、くっそ笑えるなぁ。


「うーん……いいよ?」


 ジョンの表情が明るくなる。


「じゃ今から足首から先を切って気絶しなかったらね?」

「頼む……お願いだ……もう許してくれえ!」


 なんだよその無様な顔、人を散々あんな目に合わせておいたくせに。


「じゃあお前はこの目を直せるの?」


 ジョンは黙り込む。


「じゃあお前は先生の生き返らせるの?」


 ジョンはうつむいたまま喋らない。


「無理だよなあ?」

「ごめんなさい」

「あ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「いやいや怖いって。いいよそんなに」


 いくら謝ったって、許されることはないんだから。俺をこんな目にあわせた。先生をあんな目にあわせた。その分の……


「罰を受けろ」


 俺はその場所から立ち去った。





 あいつがいなくなってどのくらいたっただろうか。

 この縄はほどけそうにないし、抜け出すことはできない。

 なにより……


「抜け出したらどんな目に会うか……」


 怖い、怖い、怖い、震えが止まらない。もう嫌だ、あんな目に会いたくない。怖いけど……

 俺は勇気を出して口を動かす。


「舌を噛みちぎれば……」


 こんなに辛いんだったら……


「死んだほうがましだ」


 勇気を出して舌を噛んだ。





「ジョンさん。あなたの人生はここで終わってしまいました。」


 目を開けるとそこには女神らしき美人がいた。本当に美しい。


「あなたの人生はゴミのようですね。正直消えて欲しいです」


 言い返す言葉がない。その通り俺はゴミ人間だ。


「しかしあなたが罪を償うのであれば我々はあなたを許し、新しい人生を歩むことを許可します」

「本当に反省しています。もう二度とあんなことしません」


 本当に反省している。もう二度とあんなことはしない。誰かを傷つけるようなマネはしない。


「その心は真実のようですね。新たな人生の門を開けます」


 目の前の大きな門が開く。ここを通ればいいのだろうか。


「最後に私からあなたに送る言葉があります」


 そういうと女神は鬼のような見た目に変わり……


「地獄に落ちろ」


 その言葉で意識が途絶えた。




「目覚めた?」


 なんで……


「じゃあ続きをしようか……」


 反省したのに……


「勝手に楽になろうとしないでね?」


 俺はもう逃れられないのか……


「じゃあいくよ?」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」


 また地獄の日々が始まった。





「ねえ知ってる? あの悪魔の話?」

「あそこ住んでいる青い目をした男の子のこと?」

「いや違うの、とある時間帯になるとずぅーっと悲鳴が聞こえるの」

「なにそれ。怖い話ねえ」




「ほら指もう1本いくよ?」

「やめてください……やめてくださいィィィィ!!!」


 悪魔とよばれた少年は本当の悪魔になってしまった。

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悪魔と呼ばれた少年の復讐 丸鳩 @MArubato_1212

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