ファンファーレは聞こえない

池田春哉

第1話 スノードロップ

「花言葉なんて無ければよかったのにね」

 春原はるはらはノートに英文を書き並べながら言った。流れるような筆記体が罫線の上を走っていく。

「たとえばスノードロップって花があるんだけど、城元しろもとくん知ってる?」

「知らない」

「花屋でバイトしてるのに?」

「当店では取り扱っておりません」

「無愛想な店員だなあ。……あ、これこれ」

 彼女はスマートフォンを取り出して数回タップすると僕に向けた。その画面には下向きに開いた小さな白い花が映っている。

 僕はパックのコーヒー牛乳をストローで吸った。

「へえ、かわいい」

「だよね。でもスノードロップの花言葉って『あなたの死を望みます』なんだよ」

「犯行予告かよ」

「でしょ。間違ってもプレゼントしちゃダメな花なんだって」

 ひどいよね、と嘆きながら彼女はスマホを鞄にしまう。そして脇に置いていたペンを持ち直した。

「花言葉はその花の一生を決めちゃうんだ。前向きなら人気者、後ろ向きなら嫌われ者。その花がどんなに綺麗に咲いてもね」

 ズゾ、と不細工な音を立ててストローが空気を吸う。

「勝手に想いを託された花の気持ちにもなってよ」

 彼女は再び英文を並べ始めた。

 僕は空になったパックを机に置いて、すらすらと増えていくアルファベットを目で追いかける。

「自分の生き方は自分で決めていいはずなんだ。誰かに決められたくなんかない」

 ああ。

 何をそんなに憤っているのかと思ったら、自分と重ねていたのか。

「まあ、花の気持ちはわからないもんだからさ」

「花屋でバイトしてるのに?」

「バイトリーダーでも無理だよ」

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