第34話 特別任務
転生初日、俺とフィオナは冒険者パーティーのブラントたちに出会った。そのとき、俺が初級魔法で、閻魔種『インペリアル・エイプ』を討伐したことは記憶に新しい。ただその後、フィオナが正式なギルドの調査団が来る前に、無断で剥ぎ取り行為を行ったのだ。
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「おいおい、勝手に剥ぎ取って大丈夫なのか?」
「ここに2人しかいないけど、私が剥いだという証拠はどこにもないんだから、全然大丈夫。」
「おい、ちょっと待て。その論理だと、俺が無実の罪に問われる可能性があるんだが。」
「さぁ、何のこと?」
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その時の会話が今、鮮明に思い出された。ギルドマスターであるナターシャが、わざわざ、『インペリアル・エイプ』の無断剥ぎ取り行為(以下、「インペリアル・エイプ無断剥ぎ取り事件」と呼ぶ)を口にしたということは、かなりの重罪なのかもしれない・・・。
「し、師匠!!」
どう弁明しようか、冷や汗をかきながら頭をフル回転させていると、フィオナが突然、大声を発した。俺は驚いて、パッと隣のフィオナの顔を見た。すると、「任せて!」と口パクで言いながら、親指を立てていた。
・・・おぉ!めちゃくちゃカッコいいっす、フィオナさん!頼みましたよ!
師匠であるナターシャに、フィオナは嘘をつけないのであろう。正直に、自分が無断で『インペリアル・エイプ』の素材を剥ぎ取り、その場を立ち去ったということを話すはずだ。よし、多少は、俺もフォローしよう。
「なんじゃ、フィオナ。釈明があるなら、一応聞いてやろう。」
ナターシャの凄まじい剣幕に圧倒されつつ、フィオナは大きく深呼吸して発言した。
「『インペリアル・エイプ』の討伐報告をせずに、勝手に剥ぎ取り行為をしたのは・・・」
「したのは・・・?」
「他でもないユリウスです!」
・・・そう、他でもない、ユリウ・・・えっ!?
「おい、お前、何言ってたんだ!!!!!」
「痛っ!!」
俺は、キラキラと輝く笑顔で嘘を吐いた隣の美少女の頭に、某サッカーアニメのゴールキーパーのように、「怒りの鉄槌」をお見舞いした。
・・・マジで何言ってたんだ、コイツ!!俺の感心を返せ!!
俺の鉄槌をくらった裏切り者のフィオナは、涙目で俺を恨めしそうに睨んでいる。いや、自業自得だろ。
「な、ナターシャ様、今のフィオナの発言は全くの嘘で・・・。」
「おい、小僧。」
俺はすぐに弁解しようとしたが、その言葉をナターシャが遮った。
「は、はい・・・。」
ナターシャの途轍もないオーラに慄きながら、俺は何とか言葉を絞り出した。
「弟子のフィオナが、師匠の儂に嘘をつくと思うかのぅ?」
・・・はい、ナターシャは師匠バカ確定で~す!どれだけ、弟子を信用してるんだよ!少しは疑えよ!
まさかのナターシャの発言に、俺は思わず呆れてしまった。ナターシャとフィオナ、意外に相性の良い師弟関係かもしれない。
「無論知っていると思うが、閻魔種以上の討伐は、すぐ近くのギルドへの報告義務がある。それに、閻魔種の素材獲得は必ずギルドヘッドの許可が必要じゃ。」
「説明書」で学んだ知識によると、魔獣はその強さによって、妖魔種、業魔種、閻魔種、天魔種に分けられるそうだ。俺が戦ったことのある魔獣で言うと、『プテロフォリンクス』が業魔種で、現在話に上がっている「インペリアル・エイプ」が閻魔種だ。
「閻魔種討伐の報告義務違反と閻魔種無許可剥取行為は、ギルドマスターとして当然、看過できるものではない。重罪も重罪じゃ。」
ナターシャは、凄味のある表情で淡々と語った。一方で、俺もフィオナも徐々に顔が青ざめている。ギルドマスターであるナターシャが明確に「重罪」と言うのだ。決して冗談ではないだろう。
「さぁ、小僧よ。今後十数年はキツイ牢屋生活になるが、その覚悟はできてるんじゃろうな?」
ナターシャは、俺が実行犯だと確信しているようだ。隣のフィオナを一瞥すると、フィオナは取り返しのつかないことをしてしまったという感じで、わなわなと体を震わせて、俺を見ている。
・・・はぁ、ここで俺が何を話しても、ナターシャは聞いてくれなそうだしな。
仮に、「フィオナがやりました」と俺が明らかにして、ナターシャもその言葉を信用した場合、フィオナが牢屋にぶち込まれることになる。もちろん、規則を破ったフィオナが悪いのだが、それはそれで、後味が悪い・・・。ただ、ナターシャは俺の言葉を信用しないはずだ。となれば、不本意ながら、俺が罪を被るしかない。まぁ、最悪、アルカナスキル【神奪】を使いまくって、脱獄すればいいだけだし。
「・・・はい、自分がやりました。その覚悟はできてます。」
俺は少し間をあけ、そして真剣な表情で答えた。ナターシャは、俺の顔をしばらくじっと見ていた。しかし、突然「ふぅっ」と深呼吸し、ソファーに深く腰掛けた。
「ならば、即刻逮捕で連行と言いたいところじゃが・・・、それはやめておこう。」
俺とフィオナは、ナターシャの意外な発言に、思わず顔を見合わせた。特に、俺はすぐに強制連行されると思っていたため、拍子抜けという感じだ。
「えっ、それは、どういう・・・。」
「小僧。」
俺は「それは、どういうことでしょうか?」と聞こうとしたが、再びナターシャに言葉を遮られた。
「『インペリアル・エイプ』を一撃、それも初級魔法だけで討伐したというのは、本当か?」
威圧的な雰囲気を醸し出しながら、ナターシャは俺に質問した。一方で、俺はその質問内容から、ナターシャの意図がある程度汲み取れた。
・・・はぁ、なるほど、そういうことか。
「はい、本当です。」
俺は間をあけず、正直にはっきりと答えた。これがきっと、この場の最適解のはずだ。
「ふむ・・・。実は今回、ブラントという男がリーダーを務める冒険者パーティーの報告を通じて、儂の耳に情報が入ってきたわけじゃ。儂もそいつらに、直接尋ねたしのぅ。」
やはり、ブラントたちが白状したのか。俺とフィオナは、互いに名前を伏せるようにお願いしていたが、ギルドマスターのナターシャに尋問されれば、誰だって正直に言うだろう。ナターシャの圧倒的強者のオーラと、めちゃくちゃキツイ口調。あのブラントたちが涙目になりながら、事の顛末を流暢に語っている様子が容易に想像できる。
「そこで、ユリウスという小僧が、たった一撃の初級魔法で『インペリアル・エイプ』を倒したという話を聞いてのぅ。もし、それが事実なら、英雄級のウィザードである簡単に小僧を処罰できんのじゃ。実に歯がゆい。」
・・・よし、俺の予想通りだな。ギルドマスターであるがゆえに、ナターシャも対応を決めあぐねているのだろう。
俺は重罪人 ―閻魔種無許可剥取行為はフィオナだけだが― であるとともに、閻魔種をたった一撃で、しかも初級魔法で倒せる、この世界でも相当の実力者というのがナターシャを含め、ギルド全体の認識なのだろう。お咎めなしとはいかないが、かなりの減刑が見込めると思う。ちなみに、「英雄級」とは、ウィザードの中でも特に強い実力者のことを指すらしい。ここに来る道中、フィオナが俺を英雄級扱いしていたので、教えてもらった。
「英雄級のウィザードである小僧の素性が気になるところじゃが、そこまで詮索はせん。ただ、不問というわけにもいかん。そこでじゃ。小僧には、セルスヴォルタ大陸のギルドマスターの名のもとに、特別な任務を与えることにした。」
「えっ、任務ですか?」
・・・何だろう、めちゃくちゃ嫌な予感しかしない。
てっきり、牢屋に入る期間が数年に短縮されるのかと思っていた。しかし、ナターシャは俺に特別任務という処遇を下すようだ。その特別任務が、一体どのような内容なのか。ナターシャのことだ、絶対ヤバイものに決まっている。
「うむ、小僧には、大森林アルゲンティムにおける閻魔種の異常発生の調査及び解決の任を命じる。最近、閻魔種が大量に発生しているようでのぅ。ギルドも手を焼いているのじゃ。期限は、今日から2週間とするぞ。早速、明日からでも大森林アルゲンティムに行くといい。そして、もしこの特別任務に失敗した場合は、遠慮なく牢屋にぶち込むからのぅ。覚悟しておくのじゃ。」
・・・あれ、おかしいな、涙が止まらないぞ・・・。
俺はナターシャの言葉の聞くや否や、天を仰いだ。ナターシャの悪い笑みが、地獄の始まりを告げているようだった・・・。
「ドンマイ、ユリウス。」
フィオナが絶望に染まっている俺を見て、肩を叩きながら慰めてきた。
・・・いや、フィオナのせいでもあるからな!!何、他人事のような感じで見てんの!?
恨めしそうにフィオナを睨んでいると、ナターシャがおもむろに口を開いた。
「何を言っているのじゃ、フィオナ。お主もユリウスと一緒に、調査に向かってもらうぞ。」
「えっ・・・。」
まさかのナターシャの発言に、フィオナは驚きを隠せないようだ。自分は全く関係ないと思っていたのだろう。ハハハ!良い気味だ。
「ユリウスが無断で剥ぎ取りをしたとき、フィオナも一緒にいたんじゃろ?それを止められなかったフィオナにも、問題があると思うんじゃが?・・・違うかのぅ?」
ナターシャの鋭い視線に、フィオナは完全にビビっている。まぁ、反論する余地もないか。
「返事は?」
「は、はい。」
「声が小さい!」
「はい!!」
ナターシャの気迫に押され、フィオナも俺と同じく、大森林アルゲンティムで閻魔種の調査を行うことになった。
・・・はぁ、めちゃくちゃ面倒なことになったな。
俺は、自分の不運さを呪った。
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