第33話 師弟関係
「そ、それで師匠、い、一体どのようなご用件で・・・?
・・・ん?師匠?
少し緊張が解けたフィオナは、恐る恐るナターシャに質問していたが、俺は「師匠」というワードに引っかかった。まさか、セルスヴォルタ大陸のギルドマスターに、フィオナは弟子入りしていたのだろうか。
「ああ、今日はフィオナとそこの小僧に聞きたいことがあってな。」
「か、確認したいことですか?」
真剣な表情のナターシャと若干緊張気味のフィオナがどんどん話を進めていく。ただ、俺は気になることが多すぎて、全然話が入ってこない。
「あ、あの、ちょっといいですか・・・。」
「なんじゃ?つまらないことで、儂の時間を奪うのなら、その目ん玉くりぬくぞ、小僧。」
・・・だから、可愛らしい幼女の顔で、そんな物騒なこと言わないでくれ。めちゃくちゃ怖いんですけど。
「あ、いや、自分はナターシャ様にお会いするのが初めてですので、そのお姿に、かなり動揺しておりまして・・・。フィオナのお師匠様でいらっしゃるのですよね・・・?」
「あ゛ぁ?儂のこの姿が気に食わないのか、小僧?」
俺の言葉を聞くや否や、ナターシャは眉間に皺を寄せて、凄まじい威圧感を放った。ついこの前対峙したザハールとは、比べものにならないくらいのオーラだったため、思わず怯んでしまった。ザハールのオーラを小型犬とするなら、ナターシャのオーラはヤ○ザの組長である。
・・・えっ、何この人、Breaking Downに出てたの?朝〇未来とやりあったの?
「い、いえ!!け、決して、そ、そういうわけでは・・・!!」
「もしかして、ユリウス、師匠の姿を見るの初めて?」
ナターシャに凄まれてビビっている俺に、フィオナが助け舟を出してくれた。
・・・ありがとう、フィオナ様~!!!!!!助かったぜ~!!
「じ、実は・・・そうなんだよ・・・。」
「なんじゃ、小僧は儂の噂とかを聞いたことがないのか?」
「は、はい、本当に申し訳ありません。世情にかなり疎いもので・・・。」
フィオナ様のおかげで、俺が「ナターシャが幼女姿であること」を初めて知ったという旨が本人に伝わった。その結果、ナターシャの威圧感はまるで何もなかったかのように、霧散した。
・・・やべぇ、めちゃくちゃ怖かった・・・。もう少しで・・・、いやもう確実にちびってるな。あとで、パンツ履き替えるか。
「まぁ、各大陸のギルドマスターが表に出ることはかなり少ないからのぅ。無理もないか。フィオナ、貴様が小僧に説明してやれ。」
「は、はい!!」
ナターシャは自分で話すのが面倒くさいのか、弟子のフィオナに俺への説明を丸投げした。ただ、フィオナに拒否権はないらしく、元気よく返事をして俺の方を向いた。
「師匠は、ゴッドスキル【千世】の影響で、見た目が幼くなっているの。」
「ゴッドスキル【千世】?」
アルカナスキルという例外を除けば、この世界最強のスキルがゴッドスキルである。「黒南風」の幹部であったザハールでさえ、レジェンドスキルを2つ持っていたが、ゴッドスキルは持っていなかった。転生後初のゴッドスキル持ちが、眼前のセルスヴォルタ大陸のギルドマスターというわけだ。
「【千世】は、数千年の時を生きられるスキルのこと。だから、師匠はもう300年近くこの世界に存してらっしゃるの。」
「えっ、さ、300年!?」
ナターシャの寿命が数千年ということは、まさに生きる伝説と言えるだろう。さすが、ゴッドスキル、常識外れだ。
「そう、だから、知識も経験も圧倒的で、各国の国王が師匠に何度も諮問しているくらい。ただ、寿命と肉体的な成長速度は比例関係にあるから、まだ見た目が幼女のままなの。精神年齢は寿命とあまり関係ないから、言葉遣いが少し古臭い感じになっているけど・・・。でも、本当に伝説級の人物。色んな諺に、師匠の名前が使われてるから。」
・・・なるほど、そういうことか。
ナターシャは、本来の人間の寿命の何十倍も生きることができる。ただ、その分肉体の成長速度もそれに合わせたものになるため、300歳は本来の人間でいうと、6歳ぐらいに当てはまるのだ。したがって、ナターシャは300歳でありながら、見た目は幼女という不思議な状態に陥っているのだろう。
・・・というか、生きているのに諺に名前が使われるって、ヤバすぎるだろ。
「そういうことじゃ、小僧。これで儂の見た目がなぜ幼いのか、分かったじゃろ?」
「あっ、はい!よく分かりました!ありがとうございます!」
フィオナの丁寧な説明が終わったと、ナターシャは満足そうに頷き、俺に確認してきた。
「ついでに、儂からフィオナとの師弟関係について、話してやろう。」
フィオナの分かりやすい解説に機嫌を良くしたのか、ナターシャは自分から口を開いて喋りだした。
・・・どんな経緯で、フィオナがナターシャの弟子になったんだろ。
「さっきも言ったように、基本的にギルドマスターは、表舞台に姿を現すことはないんじゃ。住所非公開の『ギルド本局』に勤めて、各大陸の主要ギルドの管理や魔獣・魔物の調査・報告などを行うからのぅ。ただ、今回見たいに、特例で各国の宮殿や主要ギルドに出向くことがあってな。」
ナターシャは軽く天井を仰ぎ、その当時を懐かしむ表情を浮かべた。
「今から8年程前、儂はたまたま所用で、ザラヴェイユ州の中でも一番大きいギルドに行ったんじゃ。そのとき、冒険者をしていたフィオナもそのギルドにいてな。」
ザラヴェイユ州は、リヴァディーア州とインフェルヴルム州と同じく、プロメシア連邦国を構成する州の一つだ。つまり、フィオナはこの国の全ての州を渡り歩いたということになる。まさに、「流浪の旅人」と言える。
・・・というか、フィオナって冒険者でもあるんだな。あとで、どんなクエストを達成してきたのか、教えてもらおう。
「ギルドヘッドとの重要な会議が終わり、帰ろうとしたとき、急にフィオナが儂に突進してきたんじゃ。」
「突進って・・・。」
「いや、あのときは、もう、無我夢中で・・・。」
俺のジト目に、フィオナが恥ずかしそうに顔を赤らめた。幼女に突撃する美少女、うん、それはそれで良いな。控えめに言って最高だぜ。
「まぁ、難なく躱したんじゃが、そしたら、フィオナが『お願いです!弟子にしてください!』と頭を下げてきてな。」
・・・へぇ~、やっぱりフィオナの方から弟子になりたいって言ったんだな。ん?でも、さっきまで師匠の前でかなり緊張してたよな・・・。今も若干緊張してるっぽいけど。なぜだ?
当然、俺の疑問など知るわけもなく、ナターシャはどんどん話を進める。
「儂は『弟子などとらん。儂の前から消え失せろ、このクソガキが。』と何回も言ってやったんじゃが、儂の服を掴んだまま、全然動かなくてのぅ。」
・・・えっ、8年前ってことは、フィオナはまだ10歳だろ?10歳の少女にそんな暴言吐けるなんて、さすがっす、ナターシャさん。俺だったら、確実にトラウマものっす。
「あまりに鬱陶しいから、適当に投げ飛ばして、さっさと帰ろうとしたんじゃが、何度も服を掴んできてな。泣きながら、頭を下げて『お願いです!何でもしますから!弟子にしてください!!』と言うから、仕方なく弟子というか、最初は儂の雑用係として採用したんじゃ。」
・・・はい、今とんでもない発言が出ました!BPOに引っ掛かりますよ~?
ナターシャは、遠慮なくわずか10歳の女児を平気で投げ飛ばしたらしい。もはや、虎の世界だ。それに、弟子ではなく、雑用係に任命するとは、あまりに容赦がない。
「えっ、雑用係ですか!?」
「そうじゃ。雇ってしばらくは、炊事・掃除・洗濯などの家事全般をやらせてな。さすがに、ここまでこき使えば、音を上げて儂の元から去ると思ったんじゃが、全然でのぅ。だから、逆に気になって、どうしてそこまで頑張れるのか聞いてみたんじゃ。そしたら、家族を『黒南風』のクソどもに殺されたから、どうしても強くなって、仇を取りたいと言ってな。」
俺は、フィオナが弟子になった理由に深く納得した。「モノ」で、魔力量も少ない。その中で、どう強くなればいいのか。わずか10歳の女の子には、なかなか難しい話だろう。ただ、そこに、救世主とも言えるセルスヴォルタ大陸のギルドマスターが通りかかったわけだ。この世界屈指の実力者で、生きる伝説とも言われるナターシャのもとで修行すれば、確実に強くなれると思ったに違いない。無論、俺でも、迷わずそうしただろう。
「なるほど、それでフィオナを正式な弟子に迎えたのですね。」
「その通りじゃ。それに、儂も『黒南風』のクソどもには、腹が立っておってな。ギルドマスターという立場上、あまり大きく動くことはできないゆえ、フィオナを通して、痛い目に遭わせてやろうと思ってのぅ。まぁ、ギルドマスターという肩書を捨てて、『黒南風』を壊滅させても良いんじゃが、その後継者がおらんくてのぅ。歯がゆい思いをしているんじゃ。」
言葉遣いはやや乱暴だが、さすがギルドマスターを務める人物だ。ナターシャの人間性は高く、信頼できる人に間違いない。
「修行は、具体的にどうだったんですか?」
「そうじゃな。魔力量が少なくても、充分戦える色んな方法を教えたが、メインは初級魔法の使い方だったかのぅ、フィオナ。」
ナターシャは、あまり修行の内容を覚えていないのか、首を傾げながら、フィオナに尋ねた。
「そ、そうですね・・・。」
ナターシャの質問に答えたフィオナの両目から光が消えた。声のトーンも著しく低くなり、一気に雰囲気が暗くなった感じだ。
・・・想像以上に、修行がハードモードだったんだな。
フィオナの反応から、なぜナターシャにあれ程緊張していたのか、何となく予想がついた。自分から弟子入りしたのはいいが、かなりスパルタで地獄のような特訓が続いたのだろう。それで、師匠であるナターシャにトラウマというか、ある種の恐怖心があるのかもしれない。セルスヴォルタ大陸のギルドマスター、ナターシャ・キャンベル。やはり、恐ろしい人物だ。
「ん、小僧、何言ったか?」
「い、いえ、何も言っておりません!!」
・・・マジかよ。フィオナの読心術って、ナターシャ譲りだったのか。
「そ、それでそのあとは、どうなったんですか?」
「ん、あぁ。それで、2年ぐらい修行をつけてな。一応、フィオナが身につけらそうなことはすべて教えたから、フィオナを免許皆伝として世に送り出したわけじゃ。」
つまり、フィオナとナターシャは約6年ぶりの再会ということになる。通常であれば、感動的な再会シーンなのだろうが、ナターシャの性格も相まって、変な緊張シーンになってしまったのだろう。フィオナは、難儀な人を師匠に選んでしまったようだ。
ただ、その指導力は確かものだろう。フィオナと初めて会ったとき、フィオナは閻魔種の『インペリアル・エイプ』の攻撃を軽やかに躱しながら、初級魔法をぶっ放していた。あの動きは、ナターシャの修行の賜物に違いない。
「なるほど、ご説明ありがとうございます。」
俺はナターシャに深々と頭を下げ、丁寧な説明に感謝を申し上げた。
「苦しゅうないぞ、小僧。」
ナターシャは扇で軽く仰ぎながら、機嫌よく答えた。しかし、扇をバチッと閉じると、急に真顔になり、真剣な雰囲気を一気に醸し出した。
「で、小僧のせいで話が逸れたが・・・、フィオナと小僧に聞かないといけないことがあるんじゃ。」
「「な、なんでしょうか。」」
俺たちは、ナターシャの強烈なプレッシャーに息を呑んだ。
「貴様ら、閻魔種『インペリアル・エイプ』の討伐報告を一切せず、あまつさえ、勝手に剥ぎ取り行為をせなんだか?」
「「・・・はにゃ?」」
俺とフィオナの変な声が奇跡的にハモった・・・。
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