第21話 イルシオン作戦の最終準備
俺とフィオナは、「黒南風」の襲撃やイルシオン作戦の内容を伝えるため、急いで「幸福亭」へと向かった。
「おかえりなさい、ユリウスさん!・・・あれ、そちらの方は?」
「幸福亭」に着くと、玄関前を箒で掃除していたトゥーリが元気よく声を掛けてきた。
「初めまして、私の名前はフィオナ。よろしくね。」
「あぁ、どうも、初めまして。私はトゥーリと言います。この『幸福亭』を、父と一緒に経営しています。」
フィオナとトゥーリは、初対面同士の挨拶を軽く済ませた。トゥーリは、年齢が15歳ということもあり、雰囲気や話し方に少しだけ幼い感じがある。もしかしたら、フィオナと良い友人関係、いや、むしろ姉妹みたいな関係を築けるかもしれない。
「トゥーリ、部屋って空いてる?」
「はい、ユリウスさん以外泊まっていないので。むしろ、空室だらけです。」
自虐的に笑うトゥーリに、フィオナはどう反応していいのか分からず、少し困惑していた。大丈夫、最初、俺もどう返していいのか、分からなかったから。
「そ、そうか。じゃあ、今日から2日間、フィオナが食事付きで泊まりたいと言ってるんだが、いいか?」
「も、もちろんです!大歓迎します!」
新たな宿泊客の登場にトゥーリは大喜びし、箒を放り投げて、モルガンさんに報告しに行った。
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俺とフィオナは、夕食にモルガンさん特製のハンバーグセットを食べた。何度も食べている俺でさえ、美味しすぎて、毎回感動するくらいだ。初めて食すフィオナは、感動しすぎて、「食○のソー○」みたいに、服が脱げて昇天しそうになっていた。
夕食を終え、ひと段落がついたとき、俺はモルガンさんとトゥーリをいつものテーブル席に呼んだ。数分後、洗い物を終えた2人が駆け足でやってきた。
「モルガンさん、とても大事な話があります。もちろん、トゥーリも一緒に聞いてほしい。」
俺が初めて真剣なトーンで言ったこともあり、二人は緊張した面持ちで、俺とフィオナを見つめた。そして、フィオナが大きく深呼吸し、ゆっくりと口を開いた。
「実は・・・・・・。」
フィオナは、先日の同時多発火災事件の真相、次の「黒南風」の襲撃先、イルシオン作戦の内容などをつぶさに、分かりやすく説明した。モルガンさんとトゥーリは当初、非常に動揺していたが、俺の補足説明もあり、最終的にはイルシオン作戦への協力を快諾してくれた。
「ありがとうございます。モルガンさんとトゥーリの二人は、必ず俺が守りますので。」
イルシオン作戦の成功は、良くも悪くも俺にかかっている。万が一、俺が失敗すれば、二人に大きな危険が及ぶ。何としてでも、それは避けなければいけない。
事情を説明した後、俺は普段通り、ウェグザムの公衆浴場に行った。帰ってきた後、モルガンさんに尋ねると、フィオナはトゥーリと一緒に女性専用の公衆浴場に行ったそうだ。・・・えっ、もう仲良くなってるの!?早くない!?
その後、俺とフィオナは「幸福亭」に宿泊し、何事もなく翌朝を迎えた。モルガンさん特製のサンドウィッチセットを美味しく食べたあと、俺はイルシオン作戦の要となる、闇属性の超級魔法「インビジブルザラーム」をモルガンさんとトゥーリ、そして「幸福亭」全体に使用した。かなり時間が余ったので、俺は「黒南風」との戦闘に備えて、「魔法書」や「説明書」で覚えた下位魔法・上位魔法をこっそり練習した。一方、フィオナは襲撃先や日時に間違いがないか、「白南風」の構成員に確認するため、ノグザムに向かった。
魔法の練習をしている際、俺はイルシオン作戦の成功をより確実にする方法を思いついたので、モルガンさんとトゥーリには説明し、それを実行する承諾を得た。ただし、フィオナには内緒にしようと思う。もちろん、驚かせるためだ。
こうして、1日は刻々と過ぎていき、あっという間に襲撃予定時間の19時になった。
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時は、同時多発火災事件が起きた翌日に遡る。
ウェグザムのとある路地裏に、今は使われていない、寂れた大きな倉庫がある。倉庫の中には、地下への隠し扉があり、螺旋状の階段を降りていくと、ウェグザムに潜伏している「黒南風」のアジトに着く。
その日、アジトには、かつてないほどの大きな怒鳴り声が響いていた。
「誰も死んでいないとは、どういうことだ!!!!!!!」
ウェグザムに潜む「黒南風」のリーダーで、幹部のザハールは、部下たちの報告に激昂し、眼前のテーブルを思いっきりひっくり返した。怒りで、小麦色の肌が少し赤みを帯び、スキンヘッドの頭には、血管がいくつも浮き出ている。
「我々も理解できません。『白南風』の邪魔がいくつか入りましたが、確かに昨日、16か所同時に火属性の上級魔法『アンフェールフレイム』を使用し、すべて炎上させました。」
「なら、なぜ全員が生きているんだ!!!!!!!!」
「目撃者から話を聞いたところ、『レイジングブーラスク』と『エクセレンテクラーレ』が16か所ともに使われたと思われます。」
「貴様、ふざけているのか!!!!!!!!」
ザハールは部下の一人の胸倉を掴み、宙に浮かせた。
「国家の最高戦力である『ウィザード』が3人以上も、この街にいるわけがないだろうが!」
「ウィザード」はその国家にとって、大きな軍事的切り札となる。そう簡単に、首都から移動するのを許可するはずがない。それも、複数のウィザードを同時に動かすなど、国家の危機以外ではあり得ない。それに、「黒南風」はいくつもの情報網を構築している。ウィザードクラスの人物がレミントンに入ったという情報は、一切流れていない。
ザハールは胸倉を掴んでいた部下を、そのまま遠くの壁に放り投げ、黒革のソファーに腰掛けた。
「まさかな・・・。」
ザハールは一瞬、非常に恐ろしい「ウィザード」の存在を疑った。それは、改ざん魔法「リューゲフィケイション」を扱える者だ。「リューゲフィケイション」は、究極魔法の中でも最上位に位置する魔法で、一気に莫大な魔力を消費する。現在は、ルキフェール神聖国の国家首席魔法師ロイ・アダムズ卿しか使用できないと言われており、そもそも全世界で禁止されている「禁忌魔法」だ。
しかし、それはあまりにも非現実的でぶっ飛んだ話であり、ザハールはすぐに思考するのをやめた。「禁忌魔法」を使用できる存在の登場など、考える方が馬鹿馬鹿しい。
「まぁいい。次は、必ず成功させろ。いいか、必ずだぞ。『幸福亭』のクズどもを確実に、この世から消してしまえ!!」
「「「「「はっ!」」」」」
威圧感溢れるザハールの言葉に、部下全員は勢いよく返事した。ただ、ザハールは少し嫌な予感がした。また、正体不明の何者か ―恐らく英雄級の「ウィザード」だろう― に邪魔されるかもしれない。そこで、ザハールは急遽、作戦内容の変更を決めた。
「いいか、よく聞け。正体不明の何者が、また介入するかもしれない。だからこそ、ここで『黒南風』の恐ろしさを容赦なく見せつける。」
ザハールは、おもむろにソファーから立ち上がり、大声で命令を下した。
「『幸福亭』には、下位魔法ではなく、上位魔法を遠慮なく、ぶち込むのだ!!!!!今こそ、『黒南風』の真の怖さを思い知らせてこい!!!!!」
「「「「「はっ!!!!!!」」」」」
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