プロローグ➁

 

 真っ白い部屋のど真ん中で正座した、全身パジャマの超絶美人な女神(仮)を、俺は冷え切った目で鋭く見つめる。

 

 「あの・・・」


 正座に耐えられなくなったのか、足をもぞもぞしながら、女神(仮)がおもむろに口を開いた。


 「なに?」


 完全に冷めている俺は、女神の言葉に対して、ぶっきらぼうに答える。


 「こ、これには深い訳が・・・」


 「深い訳?」


 確かに、2時間以上も死者を待たせたわけだ。恰好がアレとはいえ、神にしか分からない特別な事情があるのかもしれない。もしかしたら、この女神(仮)は睡眠系の神様で、その格好が正装とか。そうとも知らず、冷たく接してしまったのなら、完全に俺が悪い。ここは、その深い訳を聞くべきだろう。


 「実は・・・」


 女神(仮)が非常に険しい顔をしながら、俺に訴える。


 「私は、現世界の死者を異世界に転生させるのが専門の女神でして・・・。」


 マジか。死者転生、それも異世界への転生を司る女神だったのか。ラノベの王道的展開に若干興奮してきたな。


 「そして、死者の異世界転生は神界規約上、1000年に1度しかできないのです・・・。だから、この部屋への入口も当然、1000年に1度しか開かれないんです・・・。」


 なるほど、神の世界には「神界規約」という法律的なルールが存在しているのか。けど、異世界転生って、かなり厳格な縛りがあるんだな。それはそれで、とても興味深い話だ。


 「さらに、異世界転生できる魂はとても希少で、数億人に1人しかいないんです・・・。」


 高校生のときによく読んだラノベでは、主人公とかがいとも簡単に、異世界に転生してたけど、現実はそんなに甘くないんだな。まぁ、当たり前か。そんな転生し放題なら、自殺する人が世界で溢れかえるもんな。


 「ですので、死者の霊魂がこの部屋に訪れることは、ほとんどありません・・・。」


 それはそうだろう。数億人に1人の霊魂しかこの部屋に辿りつけず、なおかつ1000年に1度しか扉が開かないんだから。


 ・・・ん?ちょっと待てよ。


 「あれ?じゃあ、今年はその1000年目にあたるから、この部屋の入口が開いていて、さらに俺はその数億人に1人しかいない人物だったってこと?」


 「はい、その通りです。」


 俺の質問に、女神は顔を真っ直ぐあげて即答した。

 

 ・・・おぁ!マジか!そんなことって、あるんだな!宝くじで1等が当たるよりも低い確率じゃん!死んでから良いことがあるって、不思議な感じだけど・・・。


 「ってことは、この状況は、めっちゃくちゃ幸運ってことなんだな!!」


 長時間待たされたことへの怒りは、いつの間にか忘れ、俺は過去最大の幸福感に包まれていた。

 

 ・・・これまで一生懸命生きてきて、良かった!!小さい頃からできる限り善行をしていたのが、功を奏したのかもな。


 だが、その幸福感は、決して長くは続かなかった・・・。


 「・・・ん、ちょっと待てよ。その話と女神のその格好には、何の繋がりがあるんだ?」


 そう、ここまでの女神の話は非常に興味深く、歓喜の声を心の底からあげたいものだ。しかし、全身パジャマ姿と、どう繋がるのかが全く分からない。

 

 俺の言葉を聞くや否や、女神は水を得た魚のように、ベラベラと早口で喋り出した。


 「いや、今の話聞いてました?はぁ・・・。もしかして、バカなんですか?」


 おっと、いきなりバカ呼ばわりですか。だが、俺はそんな小さいことでキレる男ではない。ここは、冷静に話を聞こう。俺が理解できないのが悪いのかもしれないから、うん。


 「私の職務は、1000年に一度しかないんですよ。だから、その日が来るまでは、神界でゴロゴロしたり、お菓子を食べたり、お酒を飲んだり、好きなだけ寝たり・・・」

 「おい、今なんて?」

 「ということは、すごくすごくたまにしかしていませんが、私だって色々と忙しいんですよ。それに、1000年に一度ですよ?今日がその日だと誰が思いますか?誰も思いませんよね?えぇ、そうですよ。誰も思いませんよ。」


 うん、冷静になれるわけないわ。さっきまでの怒りが、パワーアップして沸々と込み上げてくるんだが。


 「だから、ちょっとぐらい遅れるのも仕方ないじゃないですか。むしろ、気持ちよく英気を養っているときに訪問するなんて、礼儀知らずにも程がありますよ。だから、私は悪くありません。悪いのはあなたです!」


 どうしよう、グーで殴りたい。初対面で何なんだこの女神。途轍もなくムカつくんだが!!


 「おい、女神。言いたいことはそれだけか。」


 俺は両手の指をポキポキ鳴らしながら、女神に近づいていった。自分の世界に入り浸っていた女神は、ハッと我に返ったように俺の顔を見た。


  「いや、これはその・・・」


  再び女神は満面の笑みを浮かべて


  「テヘペロ♥」


  俺は遠慮なく、拳骨を1発くらわせてやった。

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