この世界で何でも屋(幼女)の用心棒をやっています

なべ

この世界で何でも屋(幼女)の用心棒をやっています


「おーい、起きろー、もう朝だぞ」


「……あと5分だけ寝させて」


「朝ごはんが冷めちゃうぞ」


「アルノのご飯は冷めても美味しいから大丈夫」


「褒めたら起きなくていいわけじゃないぞ」


布団にくるまっているお寝坊さんを上からゆする。

それでも起きたくないと、シーツにうずくまるので、そのシーツを勢いよく引っ張る。

ばさっとシーツが奪われて、その中身が露になる。

寝癖が付いた黒い髪と、小柄な体が見える。


「返して、寒い」


「季節的にはもう暖かい時期だぞ」


「その返し、嫌い」


どうも今日は虫の居所が悪いのか、いつもはこんなに寝起きが悪いわけじゃないのに。

不思議に思ったアルノは、訪ねてみる。


「なんで今日はそんなに不機嫌なんだ?」


「起きたくないから」


「分かった分かった。ほら、起きろ」


小柄な体を抱き上げて、空中に浮かせる。


「美味しそうな匂いする!」


「ご飯できてるって言ったろ」


「今日の朝ご飯は何かなー」と言って下ろしたそばからリビングに駆け出す。

空は雲一つない快晴だ。

今日もきっといい日になるだろう。

アルノは一つの疑念を、胸の内にそっと隠した。



何でも屋の朝は、特に早くない。

そんな朝っぱらから何でも屋に来る客などいない。

大抵は猫を探して欲しいとか、夫が誰と逢引きしているのか確かめて欲しいとか、そんなぐらいだ。

別に儲かっているわけでもないが、生活が出来ないほどでもない。

お金は大して重要じゃない。

アルノとしては、目の前で美味しそうにベーコンエッグを食べている少女、カミラが一番大切だ。


「カミラ、その紅茶飲んだら店の外の看板を営業中にしてきて」


「はーい!」


早くもなく、遅くもない営業時間。

このくらいの緩さがちょうどいい。


「アルノー!店の前のやつ変えて来た!」


「おー、いつもありがとう」


「じゃあ、私後ろで本読んでる」


と言って店に裏に行く。

最近あのあたり散らかりすぎなんだよなぁ、とアルノは思う。

でも、この前片付けようとしたらかなり怒られた。

曰く、本の置き方にはこだわりがあるらしい。

アルノからしたらただ散らかってるようにしか見えないのだが。


「趣味の魔道具づくりでもするか」


アルノの趣味は魔道具作りである。

魔道具というのは魔力の込められた道具で、基本的に誰でもそこに込められた魔法を使うことが出来る。

店には、趣味で作られたそれらも売っているのだが、最近は口コミもあってかそっちの方が主な収益だ。


それからしばらく経って、お店に客がやってきた。


「こんにちはー!」


店の扉が開いて、ちりんと優しい鈴の音がする。


「いらっしゃいませ、頼まれてた魔道具の件ですか?」


「そうそう、急かしに来たわけじゃないんだけど、暇だったからさ。ってか今の鈴の音、どこから聞こえたの?」


「扉が開くと、優しい鈴の音が鳴る魔道具を作ったんですよ。扉の内側についてるやつ」


アルノが指をさした先には丸っこいものが、扉にくっついていた。


「なにこれ、変なの作るね。アルノって意外と神経質?」


「……」


アルノは返事に困って口をつぐむ。


「冗談だって! それより、例のやつは?」


「もう出来てますよ」


と言って、カウンターの下から二つのブローチを取り出す。


「えっ、もう出来たの!? ねぇ、やっぱり何でも屋なんてやめてさ、うちのギルド専属で魔道具作ってよ。私それなりに偉いし、良い待遇も約束できるよ」


さっきまでの笑顔とは打って変わって真剣な表情。

この人はそれなりに偉い、どころじゃない。

この街の冒険者ギルドの中で一番大きい組織、「暮れの大輪」のリーダーの妻で、子供ができるまでは自身も第一線で活躍してきた人物。

今は子供を見ながら、ギルドの管理に専念しているそうだが、この街では誰もが名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。

今回作った魔道具は、二つのブローチが離れてもその位置を辿ることが出来るという代物だ。


「ありがとうございます、シエルさん。でも、僕の本職は何でも屋ですよ」


「変なの。これ、お代ね。全部取っといて」


「だいぶ多いですけど」


「私のポケットマネーだし、いいのいいの」


その額は、一般家庭が3ヶ月は生活できるほどだ。

でも、それをポケットマネーだという彼女からしたら、大したことないんだろう。

アルノは一瞬考えたが、ありがたく貰うことにした。


「なら、いただきます」


「おう、素直に受け取りな。それで、そのブローチはつけるだけでいいの?」


「そうですね。二つのブローチの位置を手繰れるだけのものですから」


「だけって簡単に言うけど、そうやすやすと作れるものじゃないんだどな」


「あー、うちにもこんな魔道具士が居たらなぁ」と呟きながらアルノの方をちらっと見てくる。

とてもわざとらしい。

反応するのも面倒くさいので話題を変えることにした。


「お子さんにでしたっけ」


「そうそう!小さい子って目を離したらすぐどっかに行くんだから。うちのシーフも顔負けよ」


「今育ちざかりですもんね」


「そうそう!ご飯も何であんな小さい中に入るんだろうってぐらいだよ。アルノも子供いなかった?」


「いますよ、ちょうどそちらのお子さんと同じくらいのはずです」


その時店の後ろから、軽快な音で小走りに駆けてくる影があった。


「アルノー、お腹空いた」


アルノは後ろを振り返って言葉を返す。


「そろそろお昼の時間か。これが終わったら、何か作るからな」


「わぁ、かわいい! 確かにうちの子と同じぐらい! 名前は?」


「あ、お客さん。いらっしゃいませ。何でも屋の店主のカミラです」


「カミラちゃんね! 割とこの店に来てるのに初めましてだと思ったら、店主さんだったの?」


「そうです。そしてアルノは私の用心棒です!」


笑顔で返すカミラに、シエルはメロメロだ。

傍から見たら、ごっこ遊びをしてる小さな子供しか見えない。


「そっかそっか! じゃあ、この不愛想な店員さんにもう少し愛想よくしてくれるように頼んでもらってもいい?」


「シエルさん?」


「アルノは私に優しいからそれでいい」


「あら、そうなの? 愛されてるのね」


「すみません、お恥ずかしいところを」


「すぐ行くから、後ろに戻ってて」とアルノが声をかける。

「お腹空いたから、早くねー」とカミラが言ってそのまま戻っていく風景を、シエルは微笑ましく見ていた。


「仲いいね、二人とも」


「ええ、嬉しい事に」


「じゃあ、私もそろそろ行こうかな! 長話させちゃってごめんね。 ギルド専属の話、考えといてねー!」


優秀な人間は引き際も心得ているようだ。

シエルは風のように去って行く。

急に静かになった店内に優しい鈴の音だけが流れて、消えた。


「昼ご飯何にしよっかな」


アルノは店内カウンターに休憩中と書いた置物を置いて、店の奥に消えていった。



「今日はもう、店じまいにするか」


本日の客は、シエルと他に数名店の魔道具を見に来た人が少しいただけだ。

いつもくらいの客とも言えるが、今日は多少少なかった。

だが、アルノにとって誤差みたいなもので、今日来た客の人数なんて数えてもいなかった。


店の外に出て、営業中の札を裏返す。

日も暮れてきて、街ゆく人はあまりいない。


「ああ、すまないそこの人。ここは何でも屋で合ってるかい?」


良さそうな服を着た人物で、紳士という言葉が似合う。

後ろにはお付きの女性が居るのを見ると、平民ではないだろう。


「合ってますよ、でも今日はもう店じまいです。わざわざ、来てもらったのにすみません」


アルノは丁重に断る。

しかし、その男は帰るそぶりを見せない。


「店主に会いに来たんだが、通してくるかな?」


その言葉に、アルノは雰囲気を変える。

今までの閑散とした店の店員ではない。

これから、起こる事に向けた覚悟の顔だ。


「ええ、分かりましたお客様。奥にある客室でお待ちください。すぐに店長とともに伺います」


「そうさせてもらう」


その紳士とお付きの女性は、店に飾ってある魔道具を歩きながらちらりと見て、そのまま真っ直ぐ客室に入って行った。


「カミラ、居るかー?」


店の裏で本を読んでいたカミラは顔を上げる。


「もう店じまい?」


「いや、今日は仕事が入った。カミラ、少し戻れるか?」


「見た目はこのままでいいの?」


「問題ない」とアルノが答えると、カミラは少し目を閉じる。

そして、ゆっくりと目を開けた。


「久しぶりだな、私に仕事とは」


そこにいたカミラは先程の人物とはまるで別人。

見た目こそ変わっていないが、身にまとう雰囲気、口調は今までの幼女のそれではない。


「最近は平和ボケしてたからな、これが俺たちの本来の仕事だ」


「……そうだな。行こうか用心棒のアルノ。客を待たせてもいけない」


「そうですね、行きましょうか」


そして二人は客室に向かう。

客室の扉が少し高かったので、代わりにアルノが開けてカミラが先に入る。

その後扉をゆっくり閉める。


テーブルを挟んで二つのソファーが置いてある。

座っているのはそれぞれ、カミラとお客の男だ。

アルノと男の連れの女性は、ソファーの横に立っている。


「お待たせしました、お客様。こちらがうちの店主のカミラです」


「カミラだ、よろしく」


男は店主だと紹介された人物が幼女だったことに、少し驚いたようだった。

カミラを値踏みするようにじっと見つめる。


「私を見ても何も話は進まない。無駄な駆け引きは、そちらの首を絞めることになるぞ」


「ああ、すみません。少々驚いたもので」


取り繕うように早口で答える。


「それと、後ろの女は少し落ち着け。私たちが部屋に入った時からピリピリし過ぎだ」


「……ふぅ。あなたの後ろの方がちょっと底知れなくてでですね」


その目線は、アルノに向けられていた。

その視線を受けて、アルノは一礼を返して何も言わない。


「お前がまともにやり合える相手じゃないよ。さて、用件を聞こうか」


彼女は今、間違いなくこの場を支配していた。

それが、アルノから放たれた言葉であれば違った空気が出来ていただろう。

しかし、その言葉を放ったのがどう見ても幼女にしか見えないことが、この状況に拍車をかけていた。


男は覚悟の決めた面持ちで口を開く。


「私が依頼したいのはある人物の始末です」


そこで一旦言葉を切って目の前の幼女の顔を見る。


「続けて」


「はい、その人物は『暮れの大輪』のリーダー、アンドレー・マーティンというやつです」


その名前を出した途端、今までの紳士の顔が崩れ、ドロドロとした暗い感情が感じ取れる顔になる。

この雰囲気の変わりよう。

どれほど恨みを抱いているのか隠そうともしていない。


『暮れの大輪』は冒険者ギルドにしてはとても珍しい存在で、実力だけじゃなく商売や自らいろいろな事業に手を出している。

比較的若く、柔軟な考えと、いざとなればリーダーを筆頭とする、自ら動けるトップが付いているギルドだ。

その成長速度は凄まじいものがあった。

一方で、封建的な体制の商売や古い事業などを、無情にも蹴散らしていった。

今日来ている男もその被害者の一人だ。


「あの男が来てから、私たちの商売は衰退の一途だ! あいつらは、この街のことを何も分かってない!横のつながりも分からない新参者に、この街を牛耳らせるわけにはいかないんだよ!」


「旦那様……」


後ろの女が感嘆のような、同情のような声を上げる。

しかし、それを冷たく遮る声も聞こえて来た。


「事情はどうでもいい。大事なのはこちらの要求を飲めるかだ」


「ああ、分かっている。誠意を尽くそう」


人を殺してくと頼むのだ。

しかも、相手はただの一般人じゃない。

今も第一線で冒険者としても活躍している人物。

この男もそれなりの覚悟はしてきている。


「いい返事だ。……そうだな、30でどうだ?」


男は逡巡する。

金貨30枚は安くはない。

だが、月の生活にかかる金が金貨3枚ほどだと考えたらどうだ。

全く惜しくない。

この程度の金額であいつを消せるなら、まるで痛くない出費だ。


「金貨30枚か。なるほど、安くはない。しかし、」


その言葉をカミラが遮る。


「違う違う、こっちの言葉が足りなかった。30っていうのは金貨じゃなくて年数の事だ」


「年数?」


「ああ、そうだ。お前の娘の寿命30年で手を打ってやる」


「娘の……寿命……」


「お前の寿命でもいいぞ、その場合は60年だ。足りない分は娘からもらう」


「無茶苦茶だ!」


「無茶苦茶? なら、帰ってもらって結構。その代わりこの店に関する情報は一切忘れてもらう。そして、あの男を殺すことは二度と出来なくなる」


カミラは動揺する女とうろたえる男を冷たく見て、ゆっくりとソファーに体重をかけようとする。

しかし、自分が幼女であること事を忘れていたためか、その動作をするには身長が足りない。

このまま体を倒すと半分寝そべったような体制になってしまう。

それに気が付いたカミラはむっとした表情を浮かべる。


「アルノ、どっかにクッション無かったか? とってきてくれ」


「自室のやつで、いいですかね?」


「何でもいい」


その、言葉を受けてアルノは「失礼します」と一度頭を下げて部屋を出ていく。


「さて、彼が戻ってくるまでには決めてもらおうか」


「なぜ娘のことを知っているんだ!」


「つまらない事を聞くなよ。それを聞いたところで要求を吞むかどうかが変わるのか?」


男は手に冷や汗を握りながら、必死にこの場における最適解を考える。

しかし、どうにも答えが出ない。

その時、娘の顔が浮かぶ、と同時に前から声が掛かる。


「このまま手ぶらで帰ったところで、今の生活はどれくらい続きそうだ? 娘に贅沢させてやれる金はもう今までのようには稼げないぞ。だから、ここに来たんじゃないか? エリック・カーター、今が決断の時だ」


全てを見透かすような、カミラの眼に魅入られる。

娘のことも、名前も、一切明かしていないのに、まるで全てを知っているかのように言い当ててみせる。

その事実は、そのエリックと呼ばれた男の心を屈服させるのには十分だった。


「……分かった、飲もう。娘の寿命30年だな」


「旦那様!?」


「さんざん考えてきたことだ。もう分かってるだろ、あのギルドがある限りうちはもう続けられない」


「ですが、娘さんの……」


「先の幸福を買ったと思えば、価値はある」


その言葉の後、少し静寂が訪れる。

それを見計らったように客室の扉にノックがされる。


「お待たせしてすみません、クッション持ってきましたよ」


「ご苦労」


短く労いの言葉をかけて、クッションを受け取りそれを自分の背に持ってくる。

そして、それにゆっくりと体重をかけて息を吐く。


「さて、腹も決まったようだし。契約を始めるか」


『契約』とはこの世界における、強制力を持った取引をする際に使われる言葉だ。

これは広く使われている一般的な取引の形である。

これをする際には魔力の込められた紙である、契約書に契約内容を書いて、お互いが署名するのが一連の流れだ。

契約書に込められた魔力の量によって、その罰は異なる。

契約を破ったと判明したとき、それを知らせ、契約内容を反故にするものから、その対象者に実質的な罰を与えるものもあるそうだ。


「私の契約は特別でな。契約書などは必要ない。私自身を媒介にして契約する」


「聞いたこと無いぞ! いや、そうでもないと寿命なんてものを取引は出来ないか……」


「察しが良くて助かるよ。契約内容は『暮れの大輪』のリーダー、アンドレー・マーティンの始末、代価は娘の寿命30年。間違いないな」


「間違いない」


「よし。私の肌が出ているところをどこでもいいから触れ」


「それなら、手を出してもらえますか?」


カミラはソファーから降りて男の前まで行き、無言で手を出す。

その手は斜め上に向けられていて、傍から見たら握手を求める子供みたいだ。

アルノはそう思った。

しかし顔には出ていない、はずだ。


「おいアルノ、私は子連れの子供役じゃないぞ、そんな目で見るな」


後ろを振り返らずに言う。


「え? 顔に出てましたか? すみません」


「やっぱり、思ってたのか……」


その言葉を聞いて、カミラは不機嫌な声を出し、もう片方の手で頭を抑える。

内容以前にその態度、仕草が、機嫌を損ねている子供のようだった。


「何をしている、早く手を触れ」


その会話の際に手を取っていいのか分からずに男は固まっていた。

少し呼吸を落ち着ける。

決して手を繋ぐことをせがんでる(ように見える)そこの幼女を、娘に重ねている訳ではない。

この手を取って、娘を幸せにする。

考えることはそれだけで十分だ。


「ああ、分かっている」


そう返して手を握る。

すると、手を握った所が若干暖かくなるような感覚を覚えて、その後「もういいぞ」と声が掛かった。


「これで契約は終わりだ。帰って吉報を待つんだな」


「そうさせてもらう、帰るぞ」


後ろの女が「分かりました」と答え、席を立つ。


「一つ聞いてもいいか?」


帰り際に男が質問する。


「好きにしろ」


「もし、契約が失敗した場合はどうなるんだ?」


「安心しろ、その場合契約は無効になる。その代わりに私の寿命が30年ほど減るが、まぁそっちには関係ない事だな」


何事もないように返す。

この自信と、裏での評判。

かつて、国を滅ぼす契約すら交わしたことがあるという彼女らにとっては、造作もない事なのだろう。

男は一刻も早く娘に会いたくて、足早に店を出た。



客が居なくなったその客室は大分広く感じられた。

さっきまでの所に変わらずカミラが、客が座っていた場所にアルノが座っていた。


「アルノ、早速だが着替える。少し外で待っていてくれ」


アルノは「分かった」と答えて客室の外に出た。

そして、今後の予定について少し目を閉じて考える。

最近は依頼が少なかったから、後でカミラの今の寿命についても正確に知っておく必要がある。

カミラが純粋な人間となるために。


「もう入っていいぞ」


部屋の中から声が掛かったので、部屋に戻る。

しかし、先程の幼女の声とは異なる大人の女性の声だ。

部屋の中を見ると、そこには一見すると20代ぐらいに見える美しい女性が居た。

長い髪に、すらっとした体つき、先程の小さい幼女とはまるで違う。


「その姿も久しぶりに見た気がするな」


「そうだな。私も自分の体なのに慣れない感覚だよ」


カミラは人間ではない。

正確に言うなら、半分人間ではない。

カミラは契約書を必要としない、特殊な契約が出来る能力を持っている血族の生まれだ。

そして、カミラはその異端児。

カミラは自分自身と契約が出来る代わりに、その対価として寿命を消費する。

また、他人との契約では寿命を相手に対価として要求することが出来る。

まるで、寿命を通貨のように扱う事が出来るのだ。


この異能のせいで、カミラには決まった寿命というものが存在しない。

自らの死すらも、寿命を代価に回避することが出来る。


彼女が日常では子供の姿でいるのは、寿命の消費を抑えるためだ。

力を使えば使うほど、寿命はどんどん消費していく。

今のカミラは、それを嫌っている。


「カミラ、今の寿命はどれくらいだ?」


その飾り気のない質問にカミラは少し顔をしかめる。

口元に手を当て、考えるそぶりを見せた後に答えた。


「目的のためにはあと780年ぐらい必要だな」


カミラが純粋な人間になるという目的。

その契約の代価の年数は1000年。

まだ、全く足りていない。


「そうか、答えてくれてありがとう。今回の仕事もきっちりこなそう」


「当たり前だな」


「それと、気になってたんだけど精神年齢が変わっても記憶は全部引き継がれてるのか?」


「ああ、引き継がれてる。けど、多分無意識的に抑制していると思う。小さい時は処理能力が落ちるから」


「なるほど、じゃあ今朝駄々をこねたことは覚えてるってことか」


「駄々をこねたって言うな!! それは卑怯だぞ!」


今朝の事を思い出して、アルノは口元を緩める。

反対にカミラが怒っているのは、言うまでもない。


「ごめんって。でも、今日の寝起きが悪かったのは何でかなと思ったんだよ」


「ああ、それは……」


「それは?」


カミラは言いよどむ。

もしかしたら、子供の時には伝えられない重要なメッセージの可能性もあるとアルノは考えていた。

現に今日、客が来たのは偶然ではないかもしれない。


「……昨日ちょっと夜更かししてて。その、読みかけの本が面白かったから」


言い淀んだ言葉を、ゆっくりと恥ずかしそうに紡ぐ。

アルノは息を吐き出す。


「なんだ、そんなことか」


「そんなこととはなんだ!お前も魔道具ばっかりいじってないで本を読め、本を!」


「分かったから。夜更かしはダメだよ、明日からはしっかり寝るように」


「私は子供か!」


「大体そうだけど」


「正論で返すな! 私の怒りが収まらんわ!」


その後、やいのやいのと言い合い、何だかんだで夜の街に繰り出す。

暗殺なんて、その程度のものだ。




ある日の朝は街が騒がしかった。

色々な人が皆同じ話題を、話している。

アルノが、良く食材を買いに行く店の店主も、同じことを話題にしていた。


「暮れの大輪、大丈夫かねぇ。あそこにはずいぶんお世話になっているから、続いてくれると嬉しいんけどなぁ」


「そうですね、大変だと思いますが頑張って欲しいですね」


と、何気なく会話を交わし家に帰る。

朝ごはんを作り、それをすませて店を開けた。

今日もぽつぽつと魔道具を見に来る人が居るぐらいで、街の雰囲気とは違い変わらない日常だった。

その日の暮れに一人、顔の見知った人が訪ねて来たことも、日常の範疇だろう。


優しい鈴の音が聞こえて、その人物が入ってくる。


「こんにちは、シエルさん。その、何といっていいか……」


「そんなに、気を使わないで。もうそんな感じの態度をいろんな人に取られたから。今は契約を見直す為に、一件一件回ってる最中なの」


シエルの態度は、いつものそれと何ら変わりなかった。

少なくとも、アルノにはそう見えた。


「それでうちも?」


「まぁ、確かにこれといった契約はしてないけどさ。忙しくなるから、今までみたいに気軽には顔出せないかもしれないと思って来たの」


「わざわざ、ありがとうございます」


「お礼なんてしないで、それとちょっと私の決意を聞いてもらおうと思って。勝手だけどさ」


「何でも聞きますよ」


「私、これからもっと頑張って夫が残してきてくれたものを守っていきたい。それで『暮れの大輪』というギルドがほかの街にも轟くぐらいにする!これが今の私の目標なの!」


シエラは自信満々にそう言って、目に涙を浮かべていた。

それをこぼれないうちに自分で拭う。


「ごめん、こんな空気にさせちゃって。こんなつもりで来たんじゃないんだけどな」


「大丈夫です、つらいのは分かってますから。何かあったら協力しますよ。何でも屋として」


アルノは柔らかい笑みを浮かべた。

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