獣王無尽のナイチンゲール

たけもふ

第1話 記憶

「被告人、ジョニー・クリステンセンを国家反逆罪で終身刑に処す」



 自由って、望んじゃいけないものなのかな。


 言いたいことを言って、書きたいものを書いて、何がダメなの?


 父は「自由こそが平和な世界の象徴だ」とよく言っていたのに。


 小さい頃の私は、そう思いながら、法廷で力なく背中を丸めている父の背中を黙ってみていた。



 十年後。



「サーリャちゃん、もう学校の時間じゃない?」

「あっ、ヤバッ!」


 朝。私、サーリャ・ナイチンゲールは、叔父さんに声を掛けられてようやく時間が迫っていることに気が付いた。もうちょっと撫でていたかったのに。


 私の叔父が開いている動物病院は、珍しく動物園からの委託を受けてライオンなどの猛獣も受け付けている。私は毎朝この可愛い動物たちをモフモフしてから学校に行くのが日課だ。猛獣といっても、大人しくてカワイイ子が意外と多いのだ。特にオスライオンのあのたてがみがもうたまらない。


「じゃあ、行ってきまーす!」


 私はドアを勢いよく開けて外に出た。春とは言ってもすでに若干日差しがキツイ。


「時間ヤバいなあ。しょうがない。ショートカットしよ」


 そう言って私は下半身に力を込めて脳内である動物を想像する。

 これはこの世で私にしか使えない能力。



「〈想像イメージ 狩猟豹チーター〉」


 

 一瞬で全身が軽くなり、足を踏み出して駆けだした三秒後、走る速度は約百キロに達していた。周囲の茶色の木造の建物からコンクリートの無機質な建物へとあっという間に景色が変化していく。私は大通りの車道の端を全力で駆け抜けた。



 私立ローエングラム女子高校、そこが私の通う高校だ。この春で私は二年生になった。


「ふう、間に合ったあ……」

「――間に合ったじゃない」

「ひぐっ!」


 突然私の自慢の銀髪が後ろから掴まれた。恐る恐る振り向くと、恐ろしいほど無表情の、肩まで届かない短い黒髪で切れ長の目が特徴的な長身の女子生徒が私を見下ろしていた。


「あ、おはようございます会長」

「おはよう。また遅刻寸前だったな。一体何回言ったら余裕をもって来れるんだ?」

「あの、これでも急いで来たんですよお」

「ほお、急いでこれか。ならもっと早く来ないとな」


 その女子生徒の名前はアイシャ・フランツ。この高校の生徒会長だ。外見はとても端正でイケメンの男の子のようにも見える。ゆえに女子生徒の間でも人気で憧れの的だった。


「会長、今日も美しいですね」

「お世辞はいい。それよりお前……」


 会長は声を潜めると私の耳元に顔を近づけて来た。


「また『能力』を使ったな? あれは普段使うなといつも言っているだろう」

「てへっ!」

「褒めてない」

「痛い!」


 男の人かと思うほどのキツイ拳骨を脳天に食らった私は蹲って頭を押さえた。じんじんと痛みが頭の中心から拡がっていく。


「とにかく、早く教室に行け。今日は全校集会がある」

「はーい」


 私は言われるがまま教室に向かって行った。



 始業のベルが鳴ってしばらくすると、私たち生徒は全員体育館に集合した。これから毎週恒例の全校集会が始まる。これがまた眠たくて仕方がない。貧血と称して横になりたいくらいだ。


「それでは、まずは国歌の斉唱を行う」


 一人の教員がそう言うと、眼前の大きなスクリーンに一人の男性の顔が映った。重厚感のある前奏がスピーカーから流れてくる。


 サン・ノワール王国首相、グリムノーツ・エンゲル。三十年前のクーデターで実権を手にしたこの国の絶対権力者。


「……」


 私の悪い癖。あの太った顔を見ると思わず両手がぴくっと動いてしまう。獲物なんて持ってないのに。いけないいけない。


「グリムノーツ・エンゲル閣下に敬礼! 『本日も我が忠誠は不変なり!』」

『本日も我が忠誠は不変なり!』


 全くなんでこんなことを声を揃えて言わなきゃいかんのか。ちなみに私は国歌から今の唱和まで全部口パクだ。バレたら即退学だろうが知ったこっちゃない。しかし、この国は統治者に一瞬でも歯向かった人間は即座に消されるのが日常なのだ。困ったものだ。



「――先輩先輩!」


 全校集会が終わり、体育館を出る時、一人の生徒に声を掛けられた。


「おお、リリナちゃん。おはよー」


 その生徒はリリナ・ホーエンハイム。眼鏡を掛け、緑色のショートボブの髪が特徴的な一年生の後輩だ。小さくてくりくりしていて可愛い生き物だ。


「今日も遅刻したんですかあ? 懲りませんねえ」

「遅刻じゃないもん。ギリ間に合ったもん」


 私は彼女の重大な勘違いを訂正した。


「その長くてキレイな髪は会長に掴ませるためにあるもんですよねえ」

「違うし。これはあんな怪力剛腕女のためにあるんじゃないし。乙女の命だし」

「誰が怪力で剛腕だ?」

「「ひっ!」」


 私とリリナが振り向くと、優しい笑みを浮かべたアイシャ会長が立っていた。


「あのですね会長。今のは別に会長の事を言っているわけじゃ……」

「はあ、まあいい。今夜、『来れる』か? 召集がかかっている」

『!』


 私とリリナの顔が一気に緊張で強張った。全身の筋肉が引き締まっていくのを感じる。


「はい。時間は?」


 私の問いに、会長は時計を見ながら答える。


「一八○○。場所はいつも通り」

「「了解」」


 私とリリナは、無表情で返事をすると、そのまま黙って教室へと戻った。

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