Day.4 滴る

 ビニール傘は楽しい。

 なんてったって普通の傘と違って透明だから降ってきた雨の雫を眺めたり、その先のいつもよりも低い灰色の空を眺めることもできるからだ。

「わ!?」

 そんな事を考えて上を向いて歩き続けてしまった結果、僕の足はアスファルトの凹みに出来た水溜まりに足を踏み入れてしまっていた。わざわざ500円かけて靴屋でやったスニーカーの防水加工が無駄になる足首まで浸かる深い水溜まりに。

「最悪だ……」

 僕が足を突っ込んだせいか、はたまた元々そうだったのか水溜まりは泥水のように濁りきっていて僕はげんなりする。これは間違いなくスニーカーが汚れた事だろう。あーあ。後で洗わなくちゃ。

 そんな事を考えながら足をいつまでも浸けている訳にもいかない。やれやれと足を引き抜こうとして、気付く。足を何かに掴まれていることに。「何か」というが、この感じはそうだ。


 人に、両手で、掴まれて、いる、ような。


 声は出なかった。代わりに冷や汗が雫となって滴り落ちそうな程に出て来たけれど。

 だっておかしいじゃないか。これは水たまりなのに、なんでそんな感触があるんだ。

「おや、サトウ君は水溜まりに入る趣味があるのかな? 変わっているね」

 その時、僕の心と正反対の軽やかな楽しそうな声と共に現れたのは黒い傘のヒトミさんだった。

「いや、あの……あれ?」

 足が抜けないんだ、と言おうとしたのに足は普通に水溜まりから脱出出来ていた。じゃあ、さっきのは僕の勘違い?

 だけど足に感じたものは確かにあって、あれは本当だった、はず。あの感触は嘘じゃなかった。

 水たまりを眺めていても、濁りがとれた水たまりには当然何も無いし何もいない。

「ヌレヨメジョにはあげないよ」

「え?」

「ううん、何でもない」

 ヒトミさんは何か言ったようだったけど教えてくれずに歩き出す。

 もしかして、これはヒトミさんの家を知るチャンスでは!?

 そう勇んで先程までの恐怖を忘れてヒトミさんの後を追った僕だったけれど、角を曲がればヒトミさんは煙のように消えていて結局家は分からずじまいだった。

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