日常一抹怪異譚
べに
Day.1 黄昏
放課後の薄暗い廊下を僕は歩いていた。
ふと、廊下の先に人影が見える。薄暗いから顔は良く見えないけれど制服が見えたから誰か生徒であるのは間違いない。
「サトウ君」
人影から発せられた声が僕を呼んでいた。この声はクラス一の美人と称されるヒトミさんだ。ヒトミさんは顔が良ければ、声も良いのだ。
「ヒ――」
「駄目だよ」
返事をしようとした僕の口を塞ぐのは指の長い綺麗な手。
耳朶を打つのは僕が返事をしようとしていたヒトミさんの声。
あれ? それじゃ、あの廊下の先のヒトミさんは? あれは誰?
それとも僕に密着しているヒトミさんが偽物だというのか? でも、この良い匂いはヒトミさんのものだ。変態臭いと言うなかれ。ヒトミさんは良い匂いがするというのは、クラスでも公然の秘密なのだ。
そんな混乱する僕の前で、人影が煙のように消えた。
同時にヒトミさんの手が離されて背中から温もりが消える。嗚呼、勿体無い。
「あの――」
ヒトミさん、と呼ぼうと振り向いた僕の口はそれ以上開くことは無かった。
だって、そこには不思議なことに誰も居なかったから。
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