第30話 帰る場所
「では、彼女はウォーケン様のお眼鏡にはかなわなかった、と?」
「実力はある。だが、師の元で腕を磨けば更に上を目指せる⋯⋯今はまだ早い、と判断した」
王都で出会った少年と共に、母親の元へと薬を届け、物見遊山を兼ねて帰路をのんびりと旅して2ヶ月、俺達はアレンポートへと戻った。
オラシオンの奴は何故か、俺が王都で衛兵をぶっ飛ばし、街中でスカウトマン──セインガル、という名前らしい──と揉めた事まで知っていた。
いや、噂って怖いな。
で、
「何故ウォーケン様は、彼女をそのままにしてきたのですか?」
と聞かれたので、俺は答えた訳だ。
いや、ぶっちゃけケーキは充分に旨かったし、連れて来れるものならそうしたかったわけだが。
だが実際の所は拒否され、連れて来れなかった訳だし。
それを素直に認めるのは、上官として格好悪い。
『ええっ、ダメだったんですか⋯⋯情けない』
となるのは⋯⋯いや、俺は良いよ?
ぜんっぜん構わないよ? どう思われようが。
でも、ほら、コイツらのモチベーション低下を考えるとさ?
尊敬してる人の失敗とか、見たくないじゃん?
俺も魔王様の失敗なんて見たくないし⋯⋯いや、いつか俺の女にするときには、負かさないといけないけどさ。
でも、俺以外の奴に追い詰められたりしてる所を見るのは嫌だ。
コイツらだって、俺の失敗なんて見たくないに決まってる。
だから、ここはあえて保留にした、そういう事にしておこう。
そう、これは見栄などではなく、部下のモチベーション管理だ。
できる男は、周囲にやる気を出させる事はあれど、やる気を奪うなんて事はしないのだ。
俺の言葉に、オラシオンは苦笑いを浮かべた。
「自分と敵対するかも知れない人物に、腕を磨く機会を与えるなど⋯⋯いや、ウォーケン様らしいと言えばそれまでですが」
⋯⋯敵対? 大袈裟だな。
ああ、魔族排斥派だからって事か。
まあ俺にケーキは売らない、とかになってしまえば、オラシオンに買わせればいいしな。
うん、そうしよう。
「まあ、俺の手に余るようなら、お前に任せよう」
俺の言葉に、オラシオンは伏し目がちに笑った。
「ふふふ、わかりました。私も現状に満足せず、高みを目指せ⋯⋯という事ですね? ご期待に添えるよう、より一層精進致します」
ほら。
部下のモチベーションアーップ!
何の高みを目指すつもりかは知らんが、高みを目指す事は良い事だ。
これが出来る男の話術よ。
「その通りだ」
「わかりました、その際はご用命下さい。我が命に代えても成し遂げます」
「うむ」
命懸けでケーキ買うとか何言ってんの? とは思うが、ここはモチベーション低下防止のため、鷹揚に頷く。
しかし、あのスカウトマン有名人なのか。
今までどんなスイーツ作ったんだろう? オラシオンに聞いてみようかな?
「オラシオン、パティシエについてだが⋯⋯」
「ああ! そうだ、お忙しいかと思いまして、こちらで全て手配しておきました、既にあのお店は再開してますよ。ウォーケン様がお戻りになったら是非訪ねていただきたい、と」
⋯⋯ん?
──────────────
「お、本当だ。店が開いてる」
アレンポートを出発する前、確かに閉店していたはずの店が再開していた。
店に入ると⋯⋯
「あっ、ウォーケン様、お待ちしてました」
出迎えてくれたのは、王都で会った、黄色いクリームの絶品ケーキを売っている店の売り子だった。
⋯⋯何故ここに?
「先日は王都でありがとうございました。自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私はマリベルと申します」
「マリベルか。覚えておこう」
「ありがとうございます。王都で過分なお言葉を頂き、あのお店を閉める踏ん切りがつきました」
「そうか」
「はい、それでお言葉に甘えてウォーケン様に雇って貰おうと思って、オラシオン様に事情をお話すると、このお店の再開を手配してくれたんです」
「なるほどな」
「はい。あの時はちょうど焼き菓子が焼きあがる時間だったので、話途中で中座してしまい⋯⋯大変失礼しました」
⋯⋯ん?
ということは、こいつがあの店のパティシエ?
売り子ではなく?
中座したのはパティシエを探しに行ったからではない?
しばし俺が考えていると、マリベルが不安げな表情になる。
おっと、ここは出来る男として、気の利いた事の一つも言わないとな。
「ふっ⋯⋯俺の話す事など、せっかくの焼き菓子を焦がす事に比べれば、些細な事だ。俺の言葉なんて、お前が作る菓子程の価値はないぞ、マリベル」
俺が言うと、マリベルは儚げな雰囲気にそぐわない、紅潮した表情で言った。
「やっぱり⋯⋯ウォーケン様は、私が思った通りの方です」
「そうなのか?」
「はい。今まで知り合った男性は、最初こそ『お菓子づくりができるなんてすごいね』なんて言ってくれますが⋯⋯私が仕事に夢中になっていると、すぐに『お菓子づくりなんて』と言い始めるんです」
「ひどい話だな」
「はい。だから私はびっくりしました。王都でのウォーケン様のご様子見は、お菓子づくりやお菓子そのものに深い愛情を感じました」
「そうか」
「だから私⋯⋯ウォーケン様のお側で、お菓子をつくりたい⋯⋯そう思ってこの街に戻ったんです」
そう言って、マリベルが縋るように俺を見てくる。
ふむ。
何て返そうか⋯⋯まあ、変に言葉を飾らず、そのままでいいか。
「マリベル」
「はい」
「俺は使命があってこの大陸に来た」
「⋯⋯はい、存じてます。色々と噂は聞いていますので」
「これからも、この大陸中を回る必要がある。この街に滞在するのも、一時的な事でしかない」
「⋯⋯っ、はい」
マリベルはエプロンを掴み、下を向いた。
ふふふ、心配するな。
ここまではあくまで前置き。
ここからが大事な話だ、俺は次の言葉を続ける。
「だが使命の途中、お前(の作るケーキ)に出会ってしまった。俺の心を強く縛り付ける、お前(の作るケーキ)に」
「⋯⋯! は、はい!」
「だから、ここで待っていて欲しい。この大陸でここが⋯⋯俺の帰ってくる場所だ」
「はい、私は⋯⋯ここで待ち続けます! ウォーケン様にいつでも、私のケーキを召し上がって頂けるように⋯⋯!」
「ありがとう。では早速、ケーキを貰えるかな?」
「はい、ご用意します!」
運ばれてきたケーキは、王都で食べた物よりも良い香りがした。
「あのケーキをさらに改良しました⋯⋯どうですか」
「うん、旨い⋯⋯こんなケーキを食える俺は幸せ者だ」
ケーキを食う俺を、マリベルは嬉しそうに眺めている。
それは、単に自分が作った物を美味しそうに食べる姿が微笑ましい⋯⋯という範疇を越えているような?
⋯⋯じゃあその感情は何か? と聞かれたらサッパリわからんが。
なぜなら、今はそれどころではない。
視線を受けながら、俺の脳内を一つの疑問が支配していたからだ。
王都で会ったあの二人⋯⋯誰?
なんか話が噛み合っちゃったけどさ⋯⋯いや、思い返せば、あの偽パティシエ⋯⋯。
俺の言葉に「お前は何を言っているんだ」みたいな顔してたぁあああ!
そうか、あの女、俺が頓珍漢な事言っても、「頑張ります」とか、気を使って適当に話を合わせてくれたんだ!
まるで子供に適当に返事する親みたいな感じで!
恥ずっ! 俺恥ず!
あの二人には、もう合わせる顔がない!
⋯⋯よし、あの女の匂いや気配は覚えたし、出逢わないように気をつけよう。
エンカウントを避けまくってやるぜ、俺の鼻を駆使すれば簡単だ。
二度と会わない相手なら、かいた恥も無効!
だから、あの女とは絶対に会わないようにしなければ。
あと、オラシオンとあの二人について話すのもよそう。
偶然話が噛み合ったが、話し過ぎればボロが出そうだ。
王都での出来事は、もう部下たちとも今後は話さない。
高みがどうのこうの言ってたし、オラシオンが何か言ってきたら「まだ早い」とでも返しておこう。
よし、方針決定!
もしあの女が近くに来たら──全力で逃げてみせる!
しかしまあ、悪いことばかりではない。
これで食べたい時には、いつでもこのケーキを食えるって事だ。
当面の目標は完全に達成した。
後顧の憂いなしってやつだ。
細かい事は気にしてもしょうがないし。
ではそろそろ。
──ちゃんと勇者でも捜すとしようか。
─第一部・完─
───────────────────────
あとがき
『魔将軍最弱の俺、『伝説の魔王』の生まれ変わりだと勘違いされる』
大体の文章量が本一冊分となりましたので、これで一区切りとなります。
本人的にはとても楽しく書いた本作、もし楽しんで頂けたなら幸いです。
このあとがきを書いている時点では、それほど多くの読者様に読んで頂けたという訳ではありませんが、それでも皆様に頂いたフォロー、いいね、★、レビューはとても嬉しかったです。
カクヨムで長編を掲載するのは初めてで「全く読まれなかったら⋯⋯」と心配してましたが、読んで頂ける方の存在が励みになりました、ありがとうございます。
実際カクヨムに投稿してみて
『誰がどの程度★を付けたのか』
が分かるのは、とても面白い仕組みだと思いました。
そこでお願いなのですが、ここまで読んで頂いたあなたに、今後の本作の取扱いについて、下を参考に御意見をいただければ幸いです。
今後の活動の参考にさせて頂きます。
★なし──あまり面白くなかった、自分には合わなかった⋯⋯など。
★1──そこそこ面白かった、でも別に続きは読まないかな? ⋯⋯など。
★2──面白かった、続きがあれば読むかも知れない。⋯⋯など
★3──とても面白かった、是非続きが読みたい。(そう思って頂けたなら、とても嬉しいです)
以上はあくまで参考です。
別の理由で★を付けて頂いてももちろん構いません。
★を頂けた際に、作品に関してのコメントがあればなお嬉しいです。
フォローや応援も執筆の励みになります。
よろしくお願い致します。
こんなあとがきまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
では。
↓閑話を1話追加してます!
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