第16話 愛い

 ペンダントを開くと、足元に魔法陣が現れた。

 魔法陣から光が立ち上り、俺の体を包む。


「そう言えば、座標を特定するとかなんとか言ってたな⋯⋯」


 俺が感想を漏らした、次の瞬間──


 体が浮いた。



「お、おおお」


 思わず俺が声を出している間も、体はどんどんと上昇する。

 やがて雲を越え、肌寒さを感じた頃。


 体に強烈な負荷を感じた。

 今度は水平方向に、凄まじいスピードで引っ張られる。


 地上の景色が、グラッツオの背から見ていた数倍の速さで流れていく。


 不思議な事に、空気の抵抗は感じない。

 

 そのまま身を任せること、数十分。

 見えてきた。


 魔王城だ。



 すると、俺の体を引っ張る力は次第に弱くなる。

 といっても、慣性が残っているので急に止まる、といったこともなく。


 俺は魔王城に激突した。


 衝撃で壁をぶっ壊し、そのままゴロゴロと床を転がる。


 まあ、激突の瞬間壁をぶん殴って破壊したので、服とかは無事だ。


 そのまま起き上がると、そこは見慣れた場所、魔王城の謁見の間。


 玉座から魔王様がこちらを見ていた。

 結構派手な登場だったはずだが、魔王様は特に動揺した様子もなく声を掛けてきた。


「おお、戻ったか」


「⋯⋯あのー、これ、俺以外だと、普通に死にますよ?」


「そうじゃろうな。だからおぬしを行かせたのじゃ」


「なるほど、流石ですね⋯⋯ってなるかーい!」


「おや、妾にそんな口を⋯⋯これは躾が必要かな?」


 魔王様の瞳に、愉快そうな色が浮かぶ。

 瞬間条件反射のように、俺の身体が竦む。


 そう、俺はこの瞳に、何度も煮え湯を飲まされてきた。


 だが。


「魔王⋯⋯いや、ヴェルサリア!」


「ふふふ、何じゃ?」


「これを見ろぉおおあお!」


 自分を奮い立たせるため、叫び声とともに魔法返しの腕輪を見せつける。

 その瞬間、ヴェルサリアは顔色を変えた。


「それは⋯⋯!」


「流石に知っているか! そう、これは!」


「妾の失敗作!」


「そう! ⋯⋯えっ?」


 失敗作?

 いやいやいや、これ、あれだ。


 駆け引きだ。


 そんな言葉で、俺を怯ませようなどと⋯⋯。


 ヴェルサリアは見慣れた固有行動ユニークアクション、指二本をズラして立てた。


 相変わらず、速い。


 瞬間、俺の周辺に電撃が走った。

 あ、これいつもなら気絶する奴だ。


 しかし⋯⋯。


 何ともない。


「ははは、ほーら見てみろ! 騙されるところだった! この腕輪があれば、俺はお前を⋯⋯」


「腕輪を見てみぃ」


 ヴェルサリアのその言葉に誘導されたように、視線が腕輪へと引っ張られた。


 見ると、腕輪が白く発光している。


「それはな、確かに魔法を無効化する──一日一回な」


「一日⋯⋯一回?」


「ウム。まあ他の者にはともかく⋯⋯今は止めておいてやったが、妾は連続で魔法を撃てるからのー。お主がそれで妾に対抗するのは厳しいじゃろうな」


 ふむ。

 なるほどねー。


「さて。で、勇者は見つかったのか?」


 何事も無かったように、ヴェル⋯⋯魔王様が話を変えた。


「いや、その前に⋯⋯失敗作ってのは?」


「それを作ったのは、言葉通り妾じゃ。昔作ったものの、完全に魔法を無効化できないのが気に入らなくての。リューガスにお忍びで訪問した時に捨てたのじゃ」


「なるほど、わかりました」


 さてと。

 考えるに、今の状況は⋯⋯。


 魔将軍の下剋上~魔法が得意な魔王様に対抗手段があると思ってたけど、まだ早い、俺ではまだ魔王様に敵わない。許してもらう? 謝っても今更もう遅い~


 


 ってな感じか。

 いや、認めん。


 最善を尽くす。


「で、繰り返しになるが、勇者は見つかったのか?」


「いえ、まだ」


「ふむ。じゃあ何のために戻ってきた? 妾の顔が見たかったのか?」


「はい! 俺は魔王様の顔を見るのが生き甲斐なんで! 魚って水が必要じゃないですか? 魚にとっての水、それは俺にとって、魔王様の美しいお顔なんです!」


「ふふふ、そうか。嬉しい事を言ってくれるのう。なら用事は済んだな? 早よういけ⋯⋯と、せっかくじゃし、一応経費の精算でもしておくか」


「経費の⋯⋯精算?」


「うむ。まさかお主、この短期間であれだけの金を使ったりしておらんじゃろ?」


「⋯⋯」


「⋯⋯まさか、使ったのか?」


「⋯⋯まぁ」


「何に?」


「⋯⋯女と、ケーキ食うのに?」


「なるほどのぅ」


「んじゃ、中間報告終わり、ということで俺はそろそろ⋯⋯」


「いや、無理じゃろそれは」


 魔王様の指が再び動いた。










────────────────────





 魔王ヴェルサリアはウォーケンへと魔法を放ったのち、玉座からおり、気絶した彼の元へと歩み寄った。


 そのままウォーケンのそばに着くと、しゃがみこんで顔を観察する。


「⋯⋯ふぅううう、全くこやつは」


 自然とため息のような吐息が漏れる。

 幾度となく見てきた、気絶する部下。

 多少物事の分別を覚えたと思いきや、出会った頃と変わることのない、奔放で、自由気ままな振る舞い。

 しばらくそのまま眺めていたが、やがていつもの感想が胸に浮かんできた。


(⋯⋯い)


 頬を指でつつく。

 あらゆる攻撃を弾き返す外皮だというのに、指に弾力が伝わる。


(⋯⋯い、い)


 ウォーケンの唇を、指でつつく。

 ぷにぷにとした感触が伝わってくる。


(あーもう! ーい!)


 ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに!

 い!


 五年前に出会い、一目惚れした男。

 自分の全てを捧げると決めた相手。


 彼が気絶しているこの時は、彼の全てを独占できる気がする。


 ──と。


「はっ! イカンイカン! こやつが気を失うと、妾は理性を失う!」


 取りあえず、正気を維持するために理性を総動員し、ウォーケンの首からペンダントを取る。


 そのまま、そのペンダントを額に当てた。

 

 これにより、自分と離れていた間の記録が頭の中に流れてくる。

 しばらくして⋯⋯ヴェルサリアはウォーケンをキッと睨みつけながら、不満をぶちまけた。


「まだ小娘とはいえ、妾以外の女と楽しそうにケーキを食うなど! しかも次のデートの約束まで! このおなごも満更でもない顔をしおって! 浮気者! 浮気者!」


 そのまま、ウォーケンの股間をガシガシと踏みつける。

 手加減はしない、どうせ効かないから。


 何十発か踏むと、ようやく溜飲が下がった。


「まったく、こやつだけじゃ⋯⋯妾の心をこれほどかき乱すのは⋯⋯」


 そう。

 ヴェルサリアは自覚している。


 ウォーケンに出会った、五年前。


 あの日、夜に潜むナイトストーカーと呼ばれ、恐れられた自分は。


 ──ウォーケンのストーカーとなったのだ。



 



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