オルフェウスの戦士と死の筺の秘密〜VRMMOトップランカーの俺はオトナたちの戦争に巻き込まれたので世界を救う戦士になります〜

鈴木 桜

第1章 つながる世界

第1話 竜狩りのR


 21XX年9月1日。


 ──ジジジ、ジジ。


 ヘッドギアを装着すると、最初に聞こえるのは耳障りな機械音。


 ──バチバチッ!


 続いて、俺の全身を電気が走り抜ける気配。最後にバチッと大きな音と痺れを感じて、脳神経が接続されたことを知る。


『【ORPHEUSオルフェウス】にログインします。よろしいですか?』


 視界に表示されたメッセージに、


「YES」


 と答えれば、俺の身体が一気に浮遊感に包まれた。

 ぎゅっと瞑っていた目を開けば、眼前に広がるのは真っ青な空、巨大な入道雲、そして空に浮かぶ島々と空を駆ける翼竜。


 ──ヒュオオオオォォ。


 両手を広げて、全身に風を受けながら一気に落下していく。その先に視線をやれば、右手には巨大樹の森、広大な氷原、左手にはマグマを吹き出す火山、その向こうには大海原、そして真下には巨大な城壁に囲まれた城塞都市──この巨大な大陸には、まだ見たことのない場所が山程ある。


 ここが、世界ナンバーワンヒットVRMMOゲーム【ORPHEUSオルフェウス】の世界だ。



「よっと!」


 落下を続けた俺の身体は、〈城塞都市アウリス〉の上空で急減速し、ふわりとその路地に着地した。ログインする度に経験する演出なので、慣れたものだ。

 俺が着地した途端、周囲がザワリとさわがしくなった。


「おい、あれ……!」

「【蘭丸】じゃないか!」

「すげぇ、全身〈伝説の忍シリーズ〉だ。かっけぇ!」

「あれが、〈耿々こうこう〉か……。伝説級の武器、初めて見た」


 俺は内心でフフンと鼻を鳴らしつつも、そっとフードを被り直した。そうすると、特徴的な群青の髪と漆黒の瞳が見えなくなるので、俺とは分からなくなる。とはいえ、装備自体がトップランカーにでもならなければ手に入らない代物だ。黒いパーカーに裁付袴、革の編み上げブーツで全身黒尽くめの一見地味な格好だが、〈伝説の忍シリーズ〉と呼ばれる装備で、つい数日前にコンプリートしたばかりだ。腰に下げている愛刀〈耿々こうこう〉は、この世界に一振りしか存在しない。

 騒ぎになるのも面倒で、俺は人気のない路地裏に移動した。


「さて。今日は、っと」


 素早くシステムウィンドウを立ち上げ、まずは仲間のログイン状況を確認する。単独で遊ぶかパーティーで遊ぶかによって、選択するクエストが変わってくるからだ。


「お。【REDレッド】さんも【リボンナイト】さんもログインしてるじゃん。今日は仕事早く終わったんだな」


 この二人は社会人なので、夕飯を終えたばかりの時間帯にログインしているのは珍しい。俺はマップを立ち上げた。二人もまだ〈城塞都市アウリススタート地点〉にいるらしいと分かって、すぐに移動する。


「【蘭丸】くん!」


 移動を始めると、すぐに声をかけられた。


「【Rabbitラビット】!」


 俺の幼馴染おさななじみ兼クラスメイト兼ゲーム仲間の宇佐川うさかわ美沙みさ──プレイヤーネーム【Rabbitラビット】、もう一人の俺の仲間だ。


「宿題終わった?」

「速攻で終わらせた」


 【ORPHEUSオルフェウス】にハマってからは、ゲーム時間を確保するために宿題は帰宅後に速攻で終わらせるクセがついた。『これだけは、ゲームに感謝ねぇ』とは、俺の母親の言だ。


「数学、ちょっと分かんないところあったんだよね」


 【Rabbitラビット】がちょっと眉を下げて言う。

 サラサラストレートの金髪に、キラキラ光る翡翠の瞳、真っ白の肌、とんがった耳。エルフを模したキャラクターメイクの可愛らしい聖女様は、そんな表情一つで周囲の注目を集めてしまった。


「ああ、問4な。難しかった」


 俺はさりげなく人の居ない方に彼女を誘導しながら答えた。


「後で教えてくれる?」

「いいけど」

「やったぁ!」


 【Rabbitラビット】が弾けるような笑顔でピョンと飛び跳ねた。いま身につけているのは天使系の装備で、真っ白なミニスカートからほっそりとした足が見えている。飛び跳ねるとスカートがフワリと広がって、下着が見えるのではとヒヤヒヤする。その証拠に、周囲ののプレイヤーがポッと頬を染めたり拍手を送ったりしている。


「おい、やめろよ」

「え?」

「……目立ってる」

「そお?」


 【Rabbitラビット】は周囲の騒ぎに頓着した様子など見せずに、俺の腕を引いた。


「おい」

「いいじゃん! はやく行こ!」


 俺と彼女は世界的に有名なパーティー【チームR】のメンバーだ。特に【Rabbitラビット】はそのルックスに人懐こい性格も相まって、かなりの人気プレイヤー。ヴァーチャルアイドルを売りにしている芸能事務所から声がかかったこともあるくらいで、道を歩けば次々と声をかけられた。その一つ一つに返事を返す彼女に、俺はいつも感心する。まさに『至純しじゅんの【Rabbitラビット】』と呼ばれるに相応しい少女なのだ。

 その隣を歩く俺はと言えば、


「【蘭丸】だ」

「目を合わせるなよ、殺されるぞ」

「眼光やば」

「このあいだもガンつけてきた奴を半殺しにしたって」

「こわ……」


 この有様だ。


(ガンつけてきた程度のことで半殺しにするかよ。あっちから一方的に喧嘩をふっかけられたから、やり返しただけだっつうの)


 俺の職業は『剣士』だ。防御系のスキルを全く持たず、剣術系のスキルだけで戦うというプレイスタイルから、かなり好戦的だと思われているらしい。俺の性格を勘違いしたヤツらから、あっちこっちで喧嘩を挑まれた。それらに律儀に応えて対戦していたら、いつの間にかこういうイメージが定着してしまったのだ。


「すごい噂されてる! さすが、『瞬殺の【蘭丸】』だね!」


 【Rabbitラビット】がこっそりと耳打ちするので、俺はがっくりと肩を落とした。


「どしたの?」

「それ、ダサいからやだ」

「なんで! カッコいいよ、『瞬殺の【蘭丸】』!」

「いや、それ、本気で言ってる……?」


 なんて話していると、前方に目立つ二人組みをみつけた。


「あ! 【REDレッド】さーん! 【リボンナイト】さーん!」


 二人を見つけた【Rabbitラビット】が嬉しそうに笑って駆けていく。


「おう!」


 【REDレッド】が片手を上げて破顔した。


 【REDレッド】は2メートルを超える筋骨隆々の巨体に、褐色の肌と真っ赤な髪という目立つ容姿だ。フルダイブ式のVRでは、リアルの身体とかけ離れたキャラクターメイクは不利にしかならない。脳の信号を使って、自分の身体を操るのと同じ要領でPCを操るからだ。つまり、現実にはあり得ない背格好のキャラクターメイクは、それだけで巧者であるとの証明とも言える。この人が俺達【チームR】のリーダーで世界屈指の超有名プレイヤー、『紅炎の【REDレッド】』だ。


「【Rabbitラビット】は今日もカワイイねぇ」

「【リボンナイト】さんも!」

「ほんと?」

「はい! 今日も最高にカッコよくてカワイイです!」


 【Rabbitラビット】の言う通り、彼女のルックスは、カッコいいとカワイイを見事に融合させている。フリルたっぷりのドレスシャツに、王子様みたいなかぼちゃパンツ、膝まで覆うロングブーツ。昔のアニメで見たままの可愛らしい姫騎士の姿だ。長身のスラッとしたシルエットでこのコスチュームなので、主に女性ユーザーからの人気が高い。その気高くも可愛らしい姿から、彼女は『凛然りんせんの【リボンナイト】』と呼ばれている。


「よし、これで揃ったな」

「はい」

「この時間に揃うのは珍しいな」


 【REDレッド】が言うと、【リボンナイト】も頷いた。


「うちの会社、システムの不具合とかで業務停止になっちゃって」

「【リボンナイト】も? 俺もだ。ラインが止まって、仕事にならんからって有給とらされた」

「へえ。そんな偶然あるんだね」

「なあ」


 社会人二人がしみじみと頷いている横で、俺と【Rabbitラビット】はシステムウィンドウを開いた。クエストの一覧を開いて、今日はどこに行くかと心を弾ませる。


「どこ行く?」

「私、〈翼竜の卵〉が欲しい!」

「今、なに揃えてんの?」

「〈熾天使セラフィムの衣〉だよ」

「おお。必要素材は上位クエストばっかりだな」

「だよ」


 俺と【Rabbitラビット】がわいわいと話しながらウィンドウの一覧を見ていると、


 ──ピコン!


 と、聞き慣れたシステム音とともに、俺たちの前にシステムウィンドウがポップアップした。


『新クエスト解放! 〈いざ、神竜を討て!〉』


 表示されたメッセージに、周囲から歓声が上がる。


「きた!」

「いよいよか!」

「待ってたぞ!」


 少し前から、【ORPHEUSオルフェウス】のラストステージ的な位置付けのクエストが近々解放される、そのクエスト名が〈神竜を討て!〉だと、まことしやかに噂されていたのだ。


 ──ピコン!


『受注しますか? YES・NO』


 続いて表示されたメッセージを前に、俺の胸がドクドクと音を立てた。期待で胸が膨らんでいく。


「……さて、どうする?」


 ニヤリと笑った【REDレッド】のセリフは、もちろん問いではない。俺も【Rabbitラビット】も【リボンナイト】も、ニヤリと笑った。


「俺達は、『竜狩りのR』ですよ?」


 【チームR】の別名だ。竜をラスボスとして位置づけている難関クエストをことごとくクリアしていることから、こう呼ばれるようになった。


「よぉし! 行くぞ!!」


 【REDレッド】の咆哮を合図に、俺はシステムウィンドウに表示されていた『YES』の文字をタップした。

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