【リクエスト番外編】王国の危機

神崎右京

第1話

 春の祭典も終わり、鮮やかな花が散って、生命の息吹を感じさせる若葉が芽吹く頃――

 王都は、いつもなら徐々に活気付いていくはずの季節と正反対に、どんよりと昏く重苦しい空気が漂っていた。

 絶望に似た仄暗い影が忍び寄るのに耐えられず、人々が救いを求め集うのは、言わずもがな、光魔法の粋が集まったクルサール王国の首都――王都が誇る、王立教会の中だった。


「聖女様!こちらに重症化している者がおります!」

「司祭様!新しく処置を求める者が列をなしています!最後尾が見えません!」


 見習いの聖職者たちまで全てを動員して、教会の敷地を礼拝堂まで全て開放しての上を下への大騒ぎ。

 ことの始まりは、おそらくひと月ほど前。不意に訪れた災害級の春の嵐を何とか乗り越え、強風で薙ぎ倒された街路樹や、被害を受けた家屋の復旧も進み、人々にやっと平穏が戻ってきたと思った頃――

 冬でもないのに、妙に発熱を訴えて治癒を求めに教会を訪れる者が多いなと思い始めた。その時は、春の嵐が過ぎ去った後ということもあり、急な気候変動や季節の変わり目に流行る風邪の一種かと思い、気に留めることもなく、いつも通り聖職者たちが光魔法で治癒を施しては帰していた。

 しかし、そのうち訪れる患者の数が徐々に増え始め――一週間もするころには、教会の外まで列をなして聖職者の治癒を待つ者まで出始めた。

 そこまでして、初めて人々は気が付く。

 これはもしや、未知の、流行病なのではないか、と。


(やっべぇ……マジでこんなん、終わりが見えねぇ……!今のところ、街ごと完全封鎖したおかげで王都以外では被害が出ていないって聞いてるけど、もしも辺鄙なド田舎で教会が一つしかないナイードみたいな領地まで広がったら、地獄絵図だぞこりゃ……)


 パァッと並べられた重症患者の二~三人にまとめて光魔法を雑に掛けながら、イリッツァは隣のシーツに転がされている次の重症患者に目を向ける。

 今や、王都中の人間がここに運び込まれているのではないかと思えるほどの大混乱だ。

 未知の病は恐るべき感染力を誇って、あっという間に教会はパンク寸前になった。

 国王は迅速に王都の閉鎖を決断し、王都の中で病を留め、解決を図ろうとしたが、そもそも国家の主要機関が揃っている王都がこの様だ。人口も馬鹿みたいに多い。

 ひと月以上も物流も含めた何もかもを閉鎖し続けることなど、到底不可能であり、病にかかっていないことを厳密に調査された厳選した者だけを外に派遣するようにしたと聞いているが、おそらくいつかは限界が来るだろう。半永久的に感染拡大を王都に限定しつづけることは不可能だ。

 何としても、王都に感染を限定出来ている今のうちに、この未曾有の事態を解決出来なければ――王都の危機は、やがてそのまま国家の危機に発展してしまう。


(最悪、俺が数日ぶっ倒れるの覚悟で全魔力つぎ込んで国中に治癒魔法かけるとしても、根治出来ないんじゃ、何の意味もない……!いろいろ試して、早く解決策みつけねぇと……!)


 額に浮かんだ汗を拭って、厳しい表情のまま次の患者へと取り掛かる。

 患者の収容所になっている礼拝堂は、熱に浮かされて譫言のように神への祈りを繰り返す患者の声で、まさに地獄のようなありさまだった。

 この王都に暮らす者は、どこぞの騎士団長のような特殊な人間を覗いて、皆それなりに敬虔なエルム教信者だ。一人一つは聖印を象った首飾りを持っているのが常識で、それには毎週末の礼拝で聖職者が加護――すなわち光魔法をかけている。

 光魔法の効力は、基本的に信者が選べるが、強力無比な王立教会の聖職者が張った結界に守られ、魔物の脅威に晒されることのない王都では、退魔の効力を付与する者などいない。基本的には、無病息災を祈願して治癒の効力を付与する者が殆どだ。

 つまり――教会にまで足を運ぶ時点で、自宅で数度、光魔法での治癒を試みた後だということになる。


(そりゃ、一般人がかけるより、大陸最高峰の光魔法使いしかいない王立協会の光魔法の方が効果があるのは事実だけどよ――!)


 光魔法とて、万能ではない。限界はある。

 熱を下げたり、咳を止めたりといった、ある程度原理がわかっている病状に対しての対処療法としては、完璧と言ってもいい光魔法だが、基本的には、その魔法の効果で一時的に元気になっているうちに栄養のあるものを食べて休息を取って、自己免疫力を高めることで病を治していくだけだ。

 魔力の大きさによって、その”元気”でいられる期間が延びる――あるいは、より重症化した者も”元気”になるまで復活させられる――それだけだ。

 魔法の行使の結果は、常に、術者のイメージに左右される。

 原理がわからない未知の病に対して、光魔法はとことん無力と言わざるを得ない。 


「クソッ……」


 口の中で小さく毒付きながら、イリッツァは意識が無くなるほどの高熱に浮かされる者を中心に治癒していく。


「聖女様、聖水を……!」「そろそろ、聖印の作成にも――」

「わかっています!ちょっと待っていてください!」


 恐る恐る後ろから声をかけてきた見習い聖職者の少年に少し語気を強めて答えながら、命が危険なのではと思うほどに苦しんでいる者にだけ優先して光魔法をかけていく。

 ”聖女”はこの国において、最期の希望なのだ。

 比類なき光魔法の力を宿すイリッツァにしか出来ないことがある――それはわかっていても、目の前の苦しむ患者を一時捨て置いて、別の作業に向かうのは、どうしても後ろ髪引かれる気持ちになった。


「……っ、よし!ではアラン!後を頼みます!」

「かしこまりました!」


 己の無力さに歯噛みしながら、王立教会の司祭に後を託し、昼も夜もなく魔法を使い続ける聖職者たちの回復に使う聖水と、回復した患者に渡す加護付きの聖印作成のため、礼拝堂を後にする。


「神よ……」「エルム様……どうか、ご慈悲を……」「私が何をしたと言うのですか……」


 熱に浮かされた譫言は、祈りというよりも、呪いの言葉にすら聞こえる。

 イリッツァは、鼓膜を犯すそれらの言葉を断ち切るように、胸の中で舌打ちをする。


「っ……早く帰ってこい、ヴィー……!」


 こういう時、一番頼りになる男の姿を脳裏に描いて、信者に聞こえぬように小さな声で毒つくのだった。

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